衝動



 近頃の僕はどこかおかしい。

 自覚はある。

 魔術の失敗も賭け事での損もないが、なぜか薫に触れる機会が増えた。

 料理に失敗はない。部屋の飾りだって抜かりはない。衣装への拘りも消えない。

 けれどもなにかがおかしい。

 日々繰り返す動作の中に余分な物が加わるようなそんな感覚だ。

 最初は頭を撫でたり、髪に触れ、それから時々抱きしめたり、手を握ったり。

 そうしていつの間にか唇を重ねる回数が増えた。


「……こーゆーのやめて欲しいな」

 唇を重ねれば、薫は少し不服そうに言う。恥じらっていると言うよりは、戸惑っていると表現する方がしっくりとくる様子だ。

「黙りなさい。お前は僕の所有物です。拒否権はありません」

 普通はこういうことをするために買い取るのだろうに、薫は自分の置かれた状況を理解していない。

 再び唇を重ねる。

 もっと、もっと触れたい。

 薫は僕の物だ。

 もっと、もっと。

 薫の熱を、感触を僕の物にしたい。

 唇から伝わる熱が全身に火を点けるようで、体が熱くなる感覚に襲われる。魂の底から魔力が高まりそれが渦巻くような強い目眩にも似た感覚だ。

「薫……どこにも行かないでくださいね」

 まるでこの幼い娘に縋っているようだ。

「……わかったから……あんた、本当に子供。子供がそのまんまでかくなったんだ」

 薫は呆れたように僕を見た。

「うるさい」

「都合が悪くなるとすぐそれだ」

 わかってる。薫に言われなくとも僕自身が一番それをわかっている。

 けれども抑えられない。

「黙れ」

 もう一度、唇を重ねる。

 ただ、黙らせたかっただけ。いや、それすらも触れる口実なのかもしれない。

 熱い。

 魔力を奪い取るように、その唇を貪れば、全身が火照る。

 呼吸を奪い合うように、その時間が過ぎれば、薫は大きく息を吸う。

 解放してやれば背を向けて蹲った。

 口を利きたくないという意思表示なのだろう。

「薫」

「うるさい」

「薫」

「話しかけないで。今日はあんたの顔見たくない」

 薫からは強い動揺と、拒絶が見える。

「薫! お前に拒否権はない」

 僕を拒絶するな。

 どこにも行かないと誓ったはずだ。

 その衝動は制御出来なかった。

 魔力ではなく、ただ、僕自身の理性がどこかに飛んでしまった。

 それは本当に衝動的だった。

「スペード?」

 薫が驚いたように見上げる。

 その瞬間、既に僕の手は薫の首にあった。

 その細い首を両手で掴んで。

「お前は僕の所有物だ! 僕の物だ!」

 薫の細い喉が跳ねるように。薫は痙攣した。

 腕は止まらない。

 僕の腕が、両手が、勝手に薫の首を絞める。

 そして、骨が折れるような音が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

運命の少女~スペード・J・Aの場合~ 高里奏 @KanadeTakasato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ