牢獄



 あの娘ときたらまるで犬だ。

 部屋に閉じ込めて三日も経ったというのに、寝台に蹲って動こうともしない。 

 逃げ出そうと足掻いた後も無く、ずっと眠っていたかのように寝台の上で丸くなっている。


「……逃げないのですか?」

「めんどい」

 本当にめんどくさそうに答えられてしまう。

「……おかしな娘だ」

 折角留守にして逃げ出す機会をやったというのに。

 逃げ出そうとすれば嬲り殺したというのに。

 つまらない。この娘はちっとも泣き叫んだりなんかしない。

「ねぇ」

 不意に薫が口を開く。

「何です?」

「今日は出かけないの?」

「何です? 逃げ出す気になりましたか」

 少しだけ期待して、それでも彼女が逃げ出したりしないと知りつつ訊ねる。

「逃げるつもりなら堂々と訊いたりしない。そうじゃなくて」

 薫は言いかけて口を閉ざす。

「何です?」

「……やっぱいい」

「言いなさい」

 中途半端に言われれば気になるものだ。

「……傍にいて?」

「は?」

 突然、甘えるように不器用なことを言われ驚く。

「……もう、留守番は嫌だ」

 一体何を言い出すんだ、この娘は。自分の立場をわかっていない。間違っても僕はこの娘が甘えていい相手ではない。

「この家、広すぎる。この部屋だって。私には広すぎる。なのに、私しか居ないなんて……寂しい」

 そう言って薫は背を向けた。

「……本当に……困った子供だ」

「……そうだよ。子供だよ。アンタから見たら何百も幼い子供」

 自棄になったように少女は言う。

「僕はお前が理解できません」

 思わず溜息が出る。これは呆れか、それとも諦めか。

「え?」

「お前は不可解すぎます」

 そう、不可解だ。

 生意気で妙に人生を諦めていてどこか悟っているくせに時々年齢以上に子供じみた振る舞いをする。

 かつて師とした彼女にも、セシリオにも、彼の娘にも似た雰囲気を持つが誰とも似ていない。

 ただ、時折この娘の目がセシリオと、そしてあの女と重なる。

 僕はこの目が嫌いだ。

 嫌いなはずだ。

 なのに……。

「僕はお前が嫌いです」

「……私はあんたのこと嫌いじゃないよ」

 この娘は……。

 嫌いじゃないなんて容易く口にするものではない。本気にしてしまったらどうするつもりだ。

「僕は……お前を殺したかったはずだ……」

 そうだ、絶望を与えて苦しみ命乞いをする様を堪能して殺すはずだった。

 なのに。

 この娘は死を恐れない。

 それどころか……。

 僕を揺さぶる。薫」

「なに?」

 幼い雰囲気が消えてまたいつもの無表情。これだからこの娘は理解できない。

「お前は何者なんです?」

「人間だよ。ただの」

 薫はそう笑う。そこには本当に、深い意味も特別な感情もない様子だ。

「私にはスペードのほうが分からないな。だって、若く見えるのにそうじゃないんでしょ?」

 口で言う割りに、彼女は興味なんて持っていない態度だ。

 この娘は常にそう。

 興味を示さない。

 必要以上に好奇心を持たないのだろう。

「お前が人間なら僕は何です?」

「化け物、じゃないの? ずーっと年を取ってないんでしょ?」

 言い方なんてどうでもいいと彼女は言う。

「お馬鹿さん」

 軽く小突けば彼女は驚いたように見る。

「何です?」

「ちょっと意外だっただけ」

 それっきり彼女は黙り込んだ。

「食事にしますか」

「ホント?」

「……こんなことで嘘を吐いてどうするんですか」

 それに、餓死させてはつまらない。

「そうじゃなくて、いまさらおなかすいてきた」

 今まで空腹すら忘れていたと?

 本当におかしな娘だ。

「汁物の方がよさそうですね。お前も手伝いなさい」

「はぁい」

 妙に素直で、どこを見ているのか分からない。

 僕はこの娘に惹かれている?

 いや、ただ興味の対象にあるだけだ。

 そう、言い聞かせる。

 僕はただ、この娘を殺す瞬間を楽しみにしているのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る