歪形
何故そうしたのか今となってはわからない。
ただ、祭りの賑やかな場に、薫を連れて訪れた。
人混みはあまり好きではない。こう賑やかな空間は異国の民も多く、特に我が国は少しでも自分の利益を優先しようという商人が多い。珍しい品もたくさん並ぶが、同じくらい粗悪な品も多い。目利きのなっていない薫をなぜ連れてきてしまったのか理解できない。
「意外だな。あんた、こういうの好きなの?」
驚きよりも呆れを含んだ様子で訊ねられる。
「いえ、興味はありません」
「じゃあ何で?」
そう訊ねられても理由などないのだから仕方が無い。
答えることなど出来ない。
「お前は興味はないのですか?」
「あんまり人混みは得意じゃない。それに、あんたを見失ったらどうして良いかわからないよ」
少しだけ困ったようにそう言う薫がなんともおかしい。
「普通、子供は喜ぶんですけどね」
普通ではなかった僕は子供の頃からあまり楽しめてはいなかったが。
「子供扱いしなくていいよ」
「僕から見れば十分子供です」
「でも、あんたは私の父親には見えないと思う。見た目が若い」
「そうですか?」
若いと言われて悪い気はしないが、外見で舐められるのは気に入らない。
「そうだよ。あんた、結構綺麗だし。私と並ぶと違和感しかない」
薫は何を考えているか分からない表情でそう言う。
「綺麗? 僕がですか?」
「え? あ、うん。多分、あんたみたいなの綺麗っていうか、美人って言うんだと思う。あれ? 美形だっけ? よくわからないけど」
おかしな娘だ。容姿にはそれなりに自信はあるし、整っている自覚はある。しかし、綺麗と言われるのは少し違う気がした。
「よくわからないことなら言わない方がいい」
「そういうものなの?」
「そういうものです。質問が多いですね。今日は」
「あんたもよく喋る」
確かに今日は饒舌かもしれない。賑やかな空気に触発されたのだろうか。
「祭りの日ですからね」
「祭りか。私の居た世界にはこんなに賑やかな祭りは無かったなぁ」
「ほぅ、どんな祭りがあったんです?」
「そうだね、出店があって、太鼓が鳴ってその周りを人が踊る程度かな。ああ、花火はあった。だけど、あんな風に動物が居たりはしなかったなぁ。こんなに仮装している人も多くないし」
「仮装? そんな人が居ましたか?」
「え? 仮装じゃないの?」
薫は不思議そうにあたりを見渡す。
彼女が指差したのは宮廷騎士や雇われ警備の兵士なんかだ。
「あれは、仕事中の人間です」
「へぇ……仮装かと思った」
薫は興味深そうに見渡す。
「ねぇ、スペード」
「はい」
「あの人は仮装じゃないの?」
薫が指した相手はクォーレだった。
「あれは……ああいう趣味です。放っておきなさい」
「誰が仮装ですって?」
不機嫌そうなクォーレに見つかってしまった。
「あら、珍しいじゃない。アンタが女を連れてるなんて。それに、ガキだ」
クォーレは薫を馬鹿にしたように見る。薫は少しだけムッとしたような表情をしたが、直ぐにどうでもよさそうにクォーレと見比べてくる。
「なんです?」
「……スペードにクォーレってなんだかタロッキみたい」
一体どうしてそんな発想になるのかが理解できない。
本当に妙な娘だ。
「この子、変わってる」
「ええ、僕もそう思いますよ」
「スペードにだけは言われたくない」
「黙りなさい。お馬鹿さん」
お前が出るとややこしくなる。
軽く頭を小突けば「痛い」と呟くが、それ以上の反応は無い。
クォーレは下手に触れると面倒な女だ。
「なんか、鈍いな」
厄介なことにクォーレは僅かばかり薫に興味を示している。
「ええ、鈍いんです」
困った娘だ。
クォーレが気になって仕方がないという顔をしている。早くこの場を去りたい。
「帰りますよ。薫」
「え?」
「人混みは嫌いなんです。帰ります」
急に苛立って、薫の腕を掴む。
「付き合い悪い男だ」
幸いなことにクォーレはまだ機嫌がいいらしい。
「黙りなさい。お前といるところをあまり見られるわけにはいかない」
「そりゃ同感だ。またな」
声と共に人混みに消える。
「なんなの?」
「質問するな」
「不機嫌だね。スペード。あの人のことは気に入ってるくせに」
「……黙れ」
本当に、この娘は気味が悪い。
考えを読んで精神に介入してくる。
「私、邪魔だった?」
「そうは言っていません」
そう言っても、この娘は首を傾げるだけだ。
「素直じゃないんだから」
呆れたように言う薫。
「黙れ、早く歩け」
苛立つ。
苛立ちを隠すことすら出来ない。
そんな自分に更なる苛立ちを覚えた。
僕は醜い。
醜いが故に己の醜さを隠そうとする。
けれども、既に僕は、その醜さを隠すことが出来ないほど歪んでいた。
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