悋気
「ウラーノ・ナルチーゾだ。よろしく」
ウラーノは薫を見るなりご自慢の白い歯を奥歯まで輝かせ完璧な笑みを浮かべて見せたが、薫は退屈そうに皿の上の果物を転がし何も聞いていないようだった。
「ウラーノ無駄ですよ。この娘は何を言っても反応しない」
口が利けない不利をしろと言ってある。今のところ薫は言いつけを護っていそうだ。
「おや? その割りにスペードは随分気に入っているようだけど……そうだ、いっそ殺して剥製にしてしまえばいい。どうせ反応しないなら観賞用にしてしまえばいいだろう?」
相変わらずの悪趣味に反吐が出そうだ。
ウラーノ・ナルチーゾという男は自分の容姿に絶対的な自信を持ち、まぁ、世間の基準でも美しい方に部類される外観ではあるが、中身は異常だ。美しい物はなんでも蒐集したがる。それこそ、生きものでさえ。そして、集めた物は全て永遠の美しさを維持しなくてはいけないと考えているのだ。
「あなたとは趣味が合いませんね」
「まったくだ。君の家はいつ来ても地味だね」
「風流と言ってください。あなたみたいに無駄に飾り立てたりしないだけです」
ウラーノには余白の美などという物は一生掛かっても理解できないだろう。
「ふぅん、まぁいいや。薫、君は私の屋敷にこないかい? 今よりずっと豪華な服を着せてあげるし、もっといい物も食べさせてあげる。退屈だってさせないさ」
ウラーノは彼女の柔らかな手を握りながら言う。
それは僕のものだ。
勝手に触れるな。
ウラーノを殴り飛ばしたい衝動に駆られる。
薫は何も考えていないのか、ただ、ぼんやりとしている。
「ねぇ、薫。スペードよりも、私のほうが君に良い暮らしをさせてあげれるよ。私は伯爵、彼は指名手配犯だ。ねぇ? 私の屋敷においでよ」
本気かどうかはわからないが、ウラーノは彼女を誘惑しようとしている。
どうせ屋敷に連れて帰って、地下牢で血を抜いて人形にでもしようと言う魂胆だろう。
ウラーノの悪趣味は昔から良く知っている。
セシリオに捕まえさせた女を人形にする過程を見せられたことさえある。
「薫、耳を貸してはいけません。人形にされますよ」
彼女に声が届いたかは解らない。
ただ、彼女はウラーノに口付けられた右手を忌々しそうに服の裾で拭いた。
「返事くらいしてくれてもいいよね?」
「……うざい」
薫は心底うっとうしそうにそれだけ言って席を立った。
「悪いけど、もう限界。スペード、お人形にはなれなかった。ごめん」
彼女はそれだけ言い残し、部屋に戻った。
「振られましたね、ウラーノ」
「まぁね。でも、珍しい子だ。是非コレクションに加えたいよ」
「させません」
「おや? 随分気に入っているようだね」
「まさか。どうやって殺そうか迷っているだけですよ」
そうだ。どうやったら悲鳴を上げるか、どうやったら苦しめて殺せるか。
そう考えていたはずだ。あの子は僕の物だ。他人に渡したくない。それだけだ。
「君のほうが悪趣味だと思うけどね」
「ではセシリオに決めさせますか?」
「ダメだ、セシリオが一番悪趣味だ」
「激しく同感です」
毒薬集めが好きな悪友は今頃何をしているのだろう?
「ウラーノ」
「ん?」
「あの子、似ていませんか?」
ふと思いついて訊ねてみる。
「誰に?」
「セシリオに」
そう訊ねればウラーノは少しだけ考え込んだ。
「いや、似てないと思うけど?」
「そうですか」
思い違いだった。
「それより、彼女に似ているさ」
「彼女?」
「君の師匠」
ウラーノの言葉を聴いて眩暈がする。
「まさか」
「いや、似ているよ。どこか雰囲気がね」
ずっとセシリオに似ていると思っていた。
「僕は彼女の目がセシリオと重なって見えました」
「ふぅん。まぁ、そう見えてしまうかもしれないけど、やっぱりセシリオよりは彼女に似ているよ」
思い出したくない。
「帰ってください」
「おや? あんまりだ」
「帰れ。ここは僕の屋敷だ」
「わかったよ。呪われる前に退散だ。今度はナルチーゾに遊びに来ておくれ」
ウラーノが屋敷を出て行くのを確認する。
どうかしている。
完全に八つ当たりだ。
この僕がウラーノ如きに?
「薫、来なさい」
「なに?」
部屋から出てきた薫を腕に閉じ込める。
「薫」
「どうしたの?」
彼女の手が顔に伸びた。
「怯えてる」
驚いた様子さえ見せずにそう言う薫に腹が立つ。
「ふざけたことを」
「何に怯えているの?」
「怯えてなどいません」
「嘘、震えてる」
彼女に言われて、ようやく自分が震えていたことに気がついた。
「薫」
「何?」
「お前は……いえ……」
この子に言っても仕方がないことだ。
「もう寝なさい」
「まだ夕方」
「寝なさい。どうせ寝坊するのですから早く寝なさい」
「えー、じゃあ、一緒に寝る?」
この娘は何を言い出すのだろう。
「ふざけないでください」
「はぁい。じゃあ、おやすみ。多分寝れないけど」
「眠りなさい」
「じゃあ寝るまで傍に居てよ」
「は?」
「寂しいよ。一人は」
そう、言われて驚く。
この娘がそんなことを言い出すとは思わなかった。
「傍に居てよ」
「仕方ありませんね」
もしかすると、と思う。
この娘は僕の寂しさを埋めようとしているのではないかと。
少女の隣に寝転ぶ。
「狭いですね」
「まぁ、あんたでかいからね。私一人だと結構余裕あるよ?」
「お前が小さすぎます」
「セシリオとあんまり変わらないと思うけど?」
「本人に聞かれたら殺されますよ」
「こわっ」
思ってもいないくせにそういう彼女に思わず笑みがこぼれる。
どうやら今夜は寂しさに襲われることは無さそうだ。
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