伝道



 朝、薫の部屋を訪れると彼女はやはり眠っていた。


「起きなさい」

「んー、あと五分……」

「何ですか、その暗号は」

 この娘は本当に理解できない。知らない単語や単位で話すし、口から電波を吐いているに違いない。

 ああ、だからか。セシリオと同じ空気を持っている。彼もまた違う軸で生きているような不思議な空気がある。不気味に感じられることもあるが不思議と嫌悪は抱かない。

「お前がセシリオの娘だと言われても驚きませんよ」

 セシリオも異界から来たのだとすれば、薫がその隠し子や親族であっても驚かない。それほどに二人ともずれている。

「んー? 嫌だ……」

 寝ぼけた顔で薫は言う。それはセシリオと同類扱いされるのが嫌なのか、それとも。

「早く支度なさい。朝食は応接間で取ります。客人が来ていますので口を開かないように。何を聞かれても決して」

「は?」

 ようやく目覚めたらしい薫はなにを言っているんだこいつはと言わんばかりにこちらを睨む。

「口が利けないことにしておけば問題ありません」

 今日の客人は厄介だ。非力だが殺しても死なない。金と権力だけはある。そしてしつこい。めんどくさい男だ。

「せめてどんな人が来るか教えて」

「お前には関係の無いことです」

「じゃあここに居てもいいじゃん」

 珍しく反抗的だ。あまり薫を見せたくはない。あまり関わらせたくはない。けれども下手に断るとそれがまた厄介だ。

「お前を見せろと煩いんです」

「へぇ」

 疑わしそうにこちらを見る眼に嫌悪を抱く。

「ここに居るのが嫌になりましたか?」

 不機嫌に訊ねれば薫は視線を逸らした。

「別に」

 不服そうな薫にどうしてそうしたのかわからない。

 

 気が付けば彼女の唇に唇を重ねていた。


「……ねぇ、何でこうなるわけ?」

「僕に訊かないでください」

「いや、あんた以外訊く相手居ないから」

 自分自身理解できない。不機嫌な薫にでっち上げた理由で言いくるめることさえできない。

 ただ、微かに残る、少女の唇の感触と、唇から伝った熱が全身を麻痺させるようだった。

「お前のせいです」

「は?」

「お前が僕を狂わせる」

「安心して。あんたは最初から傾いてるけど狂ってはいないから」

 そういう薫の表情からは本心が読めない。

「あんたはまだ自分があるでしょ?」

 覗きこまれた。

 彼女の瞳に映る自分が妙に小さく見えて、お前はこんなにちっぽけな人間なんだと言われているようで恐ろしい。

「今日は大人しくお人形になってるけど、嫌だからね。変な人だったら」

「ああ、変人ですよ」

「変人?」

「究極の自己愛者ナルチーゾです」

「ふぅん」

 興味なさそうに彼女は言って、着替えるから出て行ってと追い出される。

 まだ、唇に微熱を感じる。

「あの子も、魔女なのですかね……」

 強い魔力の反応。なのかも知れない。

 けれど、この四百年、こんな熱を知らない。

 呼吸さえ苦しい。

「僕を殺す気ですか?」

 いや、絶対に死ぬものか。

 僕は誰より長く生き、永遠を生き続ける。

 

 誰がなんと言おうと、僕は永遠に生に執着し続ける







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