異変
娘の部屋に食事を運ぶが、娘はまだ眠っているようだった。
「起きなさい、薫」
毛布を被り顔を出す気配すらない彼女から毛布を剥ぎ取る。
「父さん……」
娘は泣いていた。
それが何故か理解できない。元々美しいとは言い難い造形ではあるが、泣けば余計にみっともない顔だ。
「誰が父さんですか。僕は貴方の父親ではない。起きなさい、食事です」
この娘が理解できない。
セシリオであればこの娘の扱い方が理解できるのだろうか。もしかするとなんらかの怪電波で意思の疎通ができるのかもしれない。
「……スペード?」
「寝ぼけていないで早く支度なさい」
「ごめん」
驚いたような表情をして、それから慌てて起き上がる。
「机に置いておきます」
「うん」
もう既に冷めているそれを机に置く。
「何故泣いていたのです?」
「え?」
「いえ」
気になって訊ねたが彼女は自分が泣いていたことを認識していないようだったので止めた。
「明後日、客が来ます。お前も会う相手です。それまでに一通りの礼儀は身に着けなさい」
「え? 私も?」
なぜどうしてと困惑する様子が面白い。
「当然です」
「何したらいいの?」
反抗はしない。
ただ、純粋な疑問としてぶつけられた。
「まずはお前の着物の着方から直す必要がありますね。その不器用な帯の結び方では人前に出られないでしょう? それと、食器の持ち方、器の持ち方、歩き方、話し方、全て不合格ですからね。食事が終わったらさっそく帯の結び方から教えます」
そう告げれば僅かに嫌そうな顔をするがそれでも反論ひとつ無い。
大人しく蓮華を取り食事に手をつけ始める。
既に冷めて旨くはなかろうに。
そう思ったとき、僅かながら気まぐれを起こしたらしい。
彼女が食べている最中の器に手を伸ばしてしまった。
「ん? あんたも食べてなかった?」
どうやら取られると思ったらしい。
馬鹿な娘だ。僕が与えたのに奪うはずがないだろう。
「違いますよ、お馬鹿さん」
僅かながら魔力を熱に変えて注ぐ。
「あっ、温めてくれた?」
「そのままでは不味いでしょう。次からは起きられなかったら自己責任です」
「ありがと」
はにかむように礼を言われる。
変な娘だ。
この娘と口を利くと時々妙にくすぐったい。
そして何かに苛立って、時折酷く恐ろしいもののように感じる。
何よりあの悪友と似ている。そしてあの人にも。
「お前は離別をどう捕らえますか?」
なんとなく訊ねた。
「何? 急に」
食べながら、僅かな驚きを見せる。
「考え方を知りたいだけです。深い意味はありません」
「そう? 出会いと一緒じゃない? 付き物。人生に不可欠で、苦しみを伴うもの。満足?」
「ええ」
妙な娘。
既に離別の苦しみを知っているのだろうか。
「僕の友人は離別を決別と解釈しました。憎悪を伴うと。彼は裏切り以外に別れなど無いと信じたいのでしょうね」
「人はいつかは死ぬのに、そんな考え方は出来ない」
「お前は常に死を考えているようですね」
嫌な娘だ。
死を既に受け入れる覚悟があるようで、こんな娘を殺したところで面白くもない。
「死をどう捉えますか?」
「生きることと同類項。誰にでも平等に訪れるもの。金持ちも貧乏人も生きていることと死ぬことだけはみんな一緒だから」
随分と褪めた目で淡々と告げる。
「お前は、死を恐ろしいとは感じないのですか?」
「恐れてどうなるの? いつかは死ぬんだよ。私も、勿論あんたも」
本当に、この娘は嫌だ。
こういう考えを持っている人間は恐ろしいとさえ感じる。
似すぎている。
セシリオに。
あの男は常に死を望みながら生きながらえている。
いつか来る終わりの為に生きている。
「僕は、生き続けるための努力なら惜しみませんがね」
この娘の言葉が正しいのなら、僕が今まで贄まで使って永らえた命は無駄であることになるのだろう。
この娘はきっと僕の全てを否定できる。
「食事が終わったら僕の部屋に来なさい」
「うん」
少し頭を冷やそう。
そう思って薫を残し庭へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます