疑問



 着替えを渡せば着方が解らないと言う、礼儀は全く知らない。

 そんな娘に疑問を抱いた。

 文化もなにもかも違う国から来たというのは間違いではなさそうだ。


「お前はどこから来たのです?」

「ホッカイドーのハコダテ。知ってる?」

「なんです? それは」

 聞いたことに無い地名。

「ニホンってわかる?」

「日ノ本ですか?」

 彼女の宙に書いた文字は森羅の文字に似ているが若干違う。

「わからない。でも、私のいた場所は、凄く雪が降っていたよ」

 他よりは少し少ないけどねと彼女は笑う。

 クレッシェンテではほぼ雪は見かけない。その代わりに雨が多く、一年を通しても晴れている日は稀だ。生まれてから一度も雪を見たことがない人間も中にはいるかもしれない。

「家族は?」

「母さん一人。二人暮らしだったよ。中流のホッカイドー住宅に、ぽつんって。一人のことが多かったな。母さん忙しかったし」

 そう言いながら、薫は寝台に横たわる。少し懐かしんでいるようにも見えた。

「でも、時々一緒になると、本当に時々だけど、一緒に寝ること、今でもあるよ」

 少しだけ恥ずかしそうに彼女は言う。

「本当に餓鬼ですね」

「う、うるさい!」

 枕を投げつけられるが、当たる前に叩き落す。

「いーだっ、スペードなんてカルメンのことママンだと思ってるくせに!」

「お前は……どうしたらそういう解釈になるのですか」

 怒る気すら起きない。

 むしろ、疲れた。

 薫は見た目だけではなく精神も幼いようだ。それは僕から見れば相当幼いだろうが、それにしても普段触れあうどの人間よりも幼い。

「もう寝なさい」

「はぁい」

 どうせすることもないし。と彼女は素直に従う。本当にただの子供だ。

 こんな子供相手に僕は一体何をしようとしているのだろう?

 全く自分が理解できない。

 薫を部屋に閉じ込める。

 そう、鍵を掛けようとした。

 けれども、なんとなく、開けておいたらどうなるだろうなんて考えて、鍵は掛けずに扉だけ閉めて自室へ向かった。

 そして、電話に向かう。

 彼の賑やかな家に電話をかけたらまず最初に誰がでるだろうかなどと考えながらあえて名乗らない。

「僕です」

「なんです? その安っぽい詐欺みたいな掛け方は」

 受話器からセシリオの笑い声が聞こえる。少し酔っているのか楽しそうだ。

「冗談ですよ。スペードです」

「知ってますよ。それで? こんな時間になんの用です?」

 こんな時間にと言うくせに、彼は気にした様子もない。そもそも、彼の仕事はこれからが稼ぎ時だろうに。

「見せたいものがあるんです。来てくれますか?」

「今日はこれから任務です。後日改めてというわけには?」

「構いませんよ。あれは逃げたりするかもしれませんが、再び捕まえるくらい容易いでしょう」

 むしろ逃げたほうが楽しめる。 

 そう思わずには居られない。

「三日後にそちらに向かいます」

「ええ。待っていますよ」

 楽しみが出来た。

 電話が切れる音がする。

 部屋に、一人きり。灯りが消え、闇に包まれた。

 けれども、不思議とあの寂しさを感じることは無かった。

「おや?」

 この感覚は一体なんだろう?

 空の器に何かが注がれたような、そんな感覚だ。

 格子の窓を覗けば、妙に明るい月が笑っているように思えた。




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