欠落



 どうやら薫は何かが欠けているようだ。

 鍵もかかっていない部屋から出ることもなく、夕食を運んだ時も変わらず寝台で横たわっていた。


「何をしているんです?」

 天井を観察しているようにしか見えない薫に問う。

「何も。ただ、大地を感じたいだけ」

 なにも考えていなさそうな声が返ってきた。そもそも寝台の上で大地を感じられるのだろうか。

「ならば床に寝ればいいでしょう?」

「土足の住宅で?」

 妙な所にこだわる。

 一瞬、薫が彼女に似ている気がした。

「食事です」

「へぇ、食べさせてくれるんだ」

 わずかに驚きを見せられる。

「折角買い取った娘をすぐに殺してはつまらない」

 ただの気まぐれだ。

「ふぅん。まぁ、ありがと」

 礼を言う娘は始めてだ。

 他の娘は大抵酷い罵声をあげ、泣きわめく。だが、この娘にはそれがない。

「お前は変わっている」

「よく言われる」

 この娘といると僕の方がおかしくなりそうだ。

「ねぇ、これなに?」

 娘は料理を指さして訊ねた。

「ハデスの好物です」

「は?」

「料理の名前、でしょう?」

「ふぅん。初めて見る」

「一般的な家庭料理ですが?」

 そういうと、驚いたように見られる。

 ただ根野菜を煮込んだだけのこれがそこまで珍しいだろうか?

「アンタが作ったの?」

「それ以外に何が?」

「何か意外だっただけ」

 そう言って彼女は料理を口に運ぶ。

「あっ……おいし……」

 驚いたように呟く少女に思わず噴き出した。

「お前は……何がしたいんです」

 ああ、腹が痛い。

「は? 普通に食事しただけじゃん」

「そういう反応は初めてです」

 とっさに出ただろう言葉は本心だったのだろう。

 悪い気はしない。

 そう思ってしまう自分が不可解だ。

「アンタ、料理上手いんだ」

「このくらい普通です」

「ううん。上手いよ。すごいね」

 そう言って少女は笑う。

「べ、べつに……」

 らしくない。

 心乱すこの娘は一体何者なんだろう。

「はやく食べなさい。お前の着替えを用意してあげます」

「うわぁ、待遇良すぎ」

「お馬鹿さん、お前のその衣がこの屋敷に会わないと言っているんです」

 妙に丈の短いものを履いている。それに上着だって妙な素材だ。靴なんて革でも木でも布でもない、革靴のふりをした偽物だ。

「まぁ、学校の制服だからね」

 スープを飲みながら彼女は言う。

「私から見たらアンタの服が妙。中華?」

「これは森羅産の布で作らせた特注品です」

 靴も漆塗りにした特注品。とは言っても娘に価値が解かるはずもない。

「絹や毛皮もお前には価値が解からないのでしょうね」

 この娘の着物はこの国では見ることのない素材だが、かといって本人はその付加価値にも気付いていないようだ。

「シルクとかミンクとか言われても、あんまり有難く思わない人種だからね。なんでそう拘るのか理解できないよ」

「お前には麻で十分です」

 どこかに使用人の服があったはずだ。

 そう考えながら、彼女の食事が終わるのを待った。

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