運命-出逢い-
「アンタにぴったりの子だと思うよ」
カルメンがそう言って連れてきたのは新入りだと言う小娘だった。この国ではまず見かけないというよりは、異国風とも言えない奇妙な格好をしている。素材は毛織物だろうか。袴とも少し違う丈の短い服は襟も妙な形をしている。
カルメンは彼女の装いを気にした様子もなく、彼女を椅子に座らせる。
「シルヴィア、ここじゃそう呼んでる。けど、口が利けないらしい。本当の名前は解からない。けど、ここの娘たちはそんなもんさ。今日入ったばかりの新入りだ。あんまり苛めないでよ」
カルメンはそれだけ言って、虚ろな瞳の少女を置いて行った。
「つまり、押し付けたと?」
一言も口を開かない、何を考えているか解からない目の前の娘に腹が立つ。
「何か言ったらどうです」
「必要を感じない」
ただそれだけ、凛とした声で娘は言った。
「口を利けるではありませんか。名は?」
口を利けないのではなく、カルメンの言葉がわからなかったのかもしれない。
「
必要以上何も話したくないと言うように彼女は言う。
「で? 兄さんは?」
訊ねる割にあまり興味がないように見える表情をしている。
「ハハン、生意気な餓鬼だ。口の利き方に気をつけろ」
「知らないよ。そんなこと。名前、教えてくれないの? ドけち」
子供じみた言い方だ。しかし不思議と腹は立たない。
だが……。
「生意気なことを言うのはこの口ですか?」
思わず頬を抓る。
なんというか苛めたい。そんな感覚だった。
「いひゃい! ったく……三十に片足突っ込んでるくせにてんで子供じゃん」
「残念ですが、お前よりは四百は長生きしていますよ」
何故かはわからない。気づけば目の前の娘をお前と呼んでいた。
僕はあまり、初対面の人間に近づかない方であると自覚していたはずが、目の前の娘はずっと昔から付き合いがあるかのように感じられる。
「げぇ、化け物だ。で? 名前は? 化け物兄さん」
「……スペード。スペード・J《ジョアン》・A《アンジェリス》」
「うわー長い名前。ガイジンさんって長い名前多いね」
娘は驚いたように目を開くが、どうやらあまり頭は良くないらしい。
「そういうお前が外人でしょうが」
異邦人だ。この国の住人である僕に対して外人と言うのはおかしな話だ。
「あ、そうだった」
ようやく気がついたように言う彼女に呆れる。
「何故お前のような娘がこんなところに居るのか不思議です」
こういう店には不釣り合いな娘だ。見るからに教養もなさそうだし、美人というわけでもない。愛嬌があるかといえばそれすらも疑わしい。
「家出したから」
彼女は短く答える。
「は?」
「お世話になってたところ、すっごく良い人だったんだけど見るからに貧しそうでさ。負担増やしたくなかったから自力で何とか生きていこうと思って飛び出したはいいけど、まともな仕事無くってさ。困ってたら、カルメンって人が声掛けてくれた。払いの良い客が居るから一晩過ごせばしばらくは生活できるって」
妙に真面目くさった表情で言う薫に思わず笑ってしまった。
「面白い。良いでしょう。僕が買い取ってあげますよ」
カルメンの言葉をちゃんと理解できていたのに、話を出来ない不利をしていたのか。
「はぁ?」
薫はというと、こいつは一体なにを言っているんだという表情をしている。
「一生生活には困りませんよ? 金は有り余っている」
「私になにさせる気?」
少しばかり警戒したように言う。それもそうか。急に買い取るなどと言っても警戒されるだけだろう。
「そうですね。退屈しのぎです。僕の退屈をどんな方法でも構わないので紛らわせて下さい」
「うわっ、いいよ。難易度高そうだし」
自分でも、なぜこんなことを言ったのか理解できない。
相手はほんの子供だと言うのに。妙になにかを期待してしまったのだろうか。
退屈しているせいだ。
この果てない渇きのせいだ。
「一晩、お前を買ったのは僕です」
幼い少女を押し倒す。別にこの娘をどうこうしたいわけではないが、立場というものはわからせなくて。
「ふーん、アンタ、寂しいんだ」
薫は呟くように言う。
「は?」
なにを言っている。この娘は。
僕が寂しがっている? そんなこと、あるわけがない。
「一人が不安で仕方ないって目してる」
少女に見つめられる。
セシリオの目に似ている気がした。
真っ直ぐ、ただ、僕の瞳を覗き込む。それ以上でも以下でもない行為。
それが妙に恐ろしく感じる。
「スペード、だっけ? いいよ。居てあげる。アンタのママにはなれないけど、クマのぬいぐるみよりは縋れると思うから」
細い腕に抱きしめられる。
「何故、クマなんですか?」
状況に困惑したからだろう。どうしようもない質問をしてしまう。
「なんとなく」
妙な娘だ。
だけど、背中に回された手が温かくて、どこか懐かしい気がした。
「ここから出してあげましょう。遊郭には汚れた大人しか来ない」
通う僕の言えたことではないが。
「だったらアンタも汚れてる?」
あまり興味のなさそうな声色だ。
「ハハン、そうでしょうね」
「大丈夫、人間ってみんな汚れてるから」
薫の言葉に驚いた。なにを考えているのかわからないのに、その言葉が寄り添うように感じられる。
「それにさ、アンタのこと、嫌いじゃないよ」
そう、微笑んだ薫が、なぜか彼女と重なって見えて、酷く胸が痛んだ。
「……傍にいてください……」
思わず零れる。
寂しいわけじゃないと頭の中で言い訳をするが、あの懐かしい温もりに近づける気がしてしまう。
こんなにも幼い娘に縋って何になると言うのだろう。
それでも僕は、目の前の少女に縋らないでは居られなかった。
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