渇望



 稼ぐことに飽きれば、遊郭へ向かう。

 酒場と遊郭を行き来するだけの日々。

 自宅へ戻らなくなってから何日経ったかさえ解からない。ただ、だれもいない屋敷に戻りたくない日が増えた。

「カルメン」

「ああ、スペード、また来たの? あんたも飽きないね」

「黙りなさい」

 褐色の肌の女を押し倒し唇を奪う。

 体を重ねても満たされないことは理解している。

 それでもこの渇きを満たしたい。

「あのねぇ、お金貰ってるからあんまり強くは言わないけど、あたしたちは玩具じゃないの。そんな人形に縋りつく子供みたいなこと止めてくれる?」

 呆れたように言う生意気な小娘に苛立つ。

「子供? この僕が?」

「そう、なに? 失恋でもしたの? 兄さん」

 話してごらんと、まるで友人にでも話しかけるような態度を見せる彼女は僕に殺されるかも知れないなどと言う危機感は全く抱いていない。怒らせた自覚はないのだろうか。

「僕にそんな感情はありませんよ。あるのは満たされない渇きだけだ」

 セシリオを抱いた時も結局満たされなかった。その上しばらくタダ働きをさせられた。

 娼婦を数人買った時も満たされず、結局すべて殺してもまだ満たされなかった。男娼にも手を出したが、満たされることなどなかった。

「肉体の繋がりで人は満たされるのではないのですか?」

「あのね、アンタみたいなの、本当はここに来るべきじゃないの」

 溜息を吐かれる。

「僕は客ですよ?」

「そうね。金払いが良いもの。みんなアンタの相手は大喜びだろうに。だけど、アンタは自分も見えてないのよ。何が足りないのか理解できていない。それじゃあ満たされないよ」

 褐色の肌に黒い瞳、黒い髪の若い娘が何故か忌々しいあの女と重なって見えた。

 似ているのは髪の色と癖くらいだが、何故かこの娘の言葉はあの女と重なる。

 うんざりしていると、カルメンはじっとこちらを見つめていた。

「で? するの? しないの?」

「醒めました。眠い……」

 女のこういう態度は苦手だ。

「ったく、ここで寝てくのはアンタとヴェントだけだよ」

 図太い神経してるわねと彼女は言う。

「金は払ってるんだ。どう過ごそうと僕の勝手だ」

「はいはい。ホンっと、性格最悪だよ。アンタ」

 呆れたようにそう言いつつもカルメンは膝を出す。

「アンタのマンマじゃないのよ?」

「ええ、母の顔は見たことがありませんが、間違えても褐色の肌ではありませんでしたね」

「ほんっと嫌な男」

 ため息を吐きながらも髪を撫でる娘を見て、滑稽だと感じる。

 恋人の真似ごとでもない。

 一体僕らは何をしているのだろう。

 何故この空間に居るのだろう。

「カルメン」

「なに?」

「この渇きはなんですか?」

「知らないわよ。アタシは精神科医じゃないの」

 そう、四百以上歳の離れた娘に言われるのは奇妙な気分だ。

 それにこんな娘に訊ねてしまった自分自身を情けなく思う。

「満たされない」

「それは、足りないと思うからよ」

 ああ、この言葉だ。

 あの女がよく口にしていた。

「人の望みは尽きることがない。欲望は……果てがない……魔術師たるもの欲を捨てよ……」

 ああ、今更になって、突き刺さる。

 あの女は何故今も僕を解放してはくれないのだろう。





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