運命の少女~スペード・J・Aの場合~
高里奏
秘密
僕の歯車はまず、彼との出会いで大きく動いた。
「スペード、眩しいです」
「そうでしたね」
極端に日光を、いや、熱を嫌う悪友、セシリオと出会って間もなく四百年だ。
出会った頃に比べお互い多少は老けただろうが、どうやらどちらも化け物だったらしく、身体の成長は随分昔に止まったままだ。
「これからどうするんです?」
「僕は特にすることはありません」
セシリオとは暇つぶしの関係だ。一緒に仕事をすることも多く、馬鹿なことも共有してきた。退屈しのぎに体の関係を持つことも少なくない。しかし、セシリオはそんな関係を変えたいらしい。
「では、呼ばないでください。もう二度と。可愛い奥さんをあまり拗ねさせたくないんです」
「ああ、そういえば、結婚したのでしたね。忘れていました」
「結婚祝いまでくださったのに忘れないでください」
そう笑うセシリオはどこか幸せそうに見える。それが何とも腹立たしい。
別に僕とセシリオの間に恋だの愛だのそう言ったものは微塵も無いが僕と会話している相手が別の相手のことばかり考えているというのは気に入らない。
「ユリウスでもからかいますかね」
「あまり若い騎士を苛めると後が怖いですよ?」
「そうでもありませんよ」
生意気な虎目の青年。まだ二百にも満たない子供だが、中々才能には恵まれている。戦士としての才能だが。
「僕は退屈なんです」
「長生きしすぎましたか? 貴方の師匠は生き生きとしていますよ?」
嫌な話を持ち出される。
「あの女の話はしないでください」
もう、師などとは呼びたくもないあの女は、七百年以上生きていると言う魔女だ。できるだけ関わりたくない。
「そうでしたね。では、僕はこれで。ああ、用があるときは酒場に来てください。アジトに貴方が入るのを若い新入り達が警戒するので」
「ほぅ」
それはまた妙な話だ。
そもそもディアーナに新入りなど入るのか?
「貴方の妻を一目見たいのですがね」
幼い姿は何度か見たが、結婚後の彼女は見ていないはずだ。
「ダメです。変な術でもかけられたら大変ですからね」
そうは言いながらもセシリオは笑っている。さほど心配はしていないのだろう。
「貴方も早く結婚すればいいでしょう? なかなかモテてますよ? 性格は悪いが収入も顔も良い魔術師だって」
「嬉しくありません」
「そうでしょうね。結婚相談でも受けてきたらどうです? 遊郭通いなんて止めて」
「黙れ」
睨みつければ面白そうに笑う。セシリオは昔からそういう男だ。
「おお、怖い怖い。まぁ、構いませんよ。僕には関係のないことだ」
ちっとも怖がってなどいないくせに。どうせ殺しても死なない。
「早く帰ったらどうです? 朔夜が待っているのでしょう?」
「ええ。新婚なんです。僕だってむさくるしいスペードの顔よりも可愛い奥さんの顔をみたいですよ」
毎日見てきた娘を妻にしたくせになにを言っているのだか。
「二人揃ってマンゴーの肥料になればいいと思いますよ」
「なんでマンゴーなんですか?」
「たまたま机に置いてありますからね。マンゴー」
一体この宿の主は何を考えているの理解できない。
「帰りますよ。それで、ウラーノは?」
「連絡はありませんね。それより気になるのはクォーレだ」
「へぇ、貴方の口から女性の名前が出るのは珍しいですね。それで? どうなんです?」
「何が?」
「上手くいっているんですか? 彼女とは」
「セシリオ、貴方と一緒にしないでください。僕はそんな電波にはついて行けません」
セシリオは色恋の話を好む。けれどそのすべてが僕には理解できない。
「貴方の話はお伽噺だ」
「そうでもありませんよ。信じれば実現します」
そう言って、セシリオは出て行ってしまった。
「一人……ですね」
四百年の付き合いの彼にも言えない。
一人になることが酷く不安だなんて。
だから賭事に溺れ、遊郭に通う。
誰がこの真実を知ろうか。
「僕はここに存在しているのだろうか?」
酷く、不安になった。
そうしてまた、酒場へと向かう。
負の循環に陥っている僕は、決してここから抜け出すことなどできないのだ。
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