第51話 告白
「なんか……」
「何?」
「前にもこんなことがあった気がする」
薬品の匂いがする、清潔な部屋。
傍らには、椅子に腰かける梓の姿。
あれは、いつだったのだろうか。
「私も」
ポツリと梓が呟いた。
「私も、そんな気がする」
夜を切り取ったような、黒い瞳。
その中に、俺が映っていた。
「梓」
「何?」
「好きだ」
飾らない言葉を口にした。
「戻ってきたら、言いたかったんだ」
「……」
「梓が、好きだ」
「……」
唐突すぎたせいだろうか。
梓が黙ったまま、動かない。
「梓――」
もしかして、聞こえなかったのだろうか。
不安に駆られたまま、名前を呼べば、
「私、記憶がないの」
そんな事実を告げられた。
「生活に支障はないけど、色々覚えていないみたい」
「……そう、か」
「それでも、覚えてることがある」
梓の目が真っ直ぐに俺を見た。
「勇人、私は聖女様みたいにはなれない」
二度目の拒絶は、どこか不安を孕んだものだった。
「誰にでも優しいわけじゃないし」
「……」
「誰にでも公平なわけじゃない」
「……」
「慈愛とか、そんな言葉から程遠いし」
「……」
「それでも、勇人は私が好きだって言える?」
「好きだ」
三度目の告白だった。
「誰かに似てるから好きなんじゃなくて、梓だから好きなんだ」
俺は自分に自信がない。
だとしても、この気持ちには自信がある。
「梓だから、好きになったんだ」
息を呑む音がした。
「……そう」
どこか気まずそうに、梓は目線を逸らした。
「言いたいのはそれだけで、あとは……」
「?」
「隣を歩きたい」
「……隣?」
梓はきょとんとした。
「後ろじゃないの?」
「後ろじゃない」
「ずっと後ろだったのに?」
「そうだけどさ……」
「?」
「歩いてみたくなったんだ」
「……私の隣を?」
「ああ」
俺は梓の言葉に頷いた。
「ずっと、梓の隣を歩きたかったんだ」
梓の目が見開いた。
「だから、隣歩いていいか?」
「……いいけど」
「いいのか?」
「いいに決まってる」
断言して、梓は嬉しそうに笑って言った。
「私も、勇人の隣を歩きたかったの」
その笑顔は鮮烈で、思わず視線を逸らした。
「……そうかよ」
「けど、勇人」
「なんだよ」
「一つ、条件出していい?」
「は? 条件?」
勢いよく視線を戻せば、目が合った。
「隣歩くのに、条件出すのかよ……」
「大丈夫。常識の範囲内だから」
「何が大丈夫なんだよ……」
そういえば、九条梓はこういう奴だった。
「なるべく俺が叶えられる範囲で頼む……」
「分かった」
頷いて、梓は言った。
「勇人」
「ああ……」
「私と付き合って」
「ああ……」
げんなりしていて、その言葉を理解し遅れて、
「…………は?」
理解してから数秒後。
間抜けな声を発していた。
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