第50話 寝顔
目を開ければ、安堵した誰かがこちらを見つめていた。
「おはよう、九条君」
鬼頭先生だった。
「気分はどうだい?」
その言葉に相槌を打ちながら、隣を見てみれば、
勇人はまだ、眠っていた。
* * *
私と勇人の状況は、一進一退を繰り返していたらしい。
眠っていた私には分からないけど、
危険な状況が何度も繰り返され、
二人とも助からないかもしれない。
そんな宣告が、私と勇人の家族に告げられていた。
そのせいか、二人とも助かったと知らされて、
過剰なほど、私の両親は喜んだ。
ただ、先に目覚めた私と違って、勇人は眠り続けていた。
危機的状況は脱したから、昏睡状態とはまた違う。
夢の中とはいえ、病気の根源と戦った反動で、
精神的にも肉体的にも消耗が激しく、
勇人の体は勇人を守る為、休息を取っているらしい。
そんな状態だから、私は眠る勇人を見つめていた。
病み上がりだから、無理しないほうがいいと言われたが、
無理じゃない。
なんとなくそうしたかったのだ。
見つめる寝顔は年齢の割に、どこか幼い。
授業中、あるいは保健室で、
眠る彼の姿は何度か見たことがある。
今思えば、あれは病気によって引き起こされていた。
寝顔は一見穏やかだが
時折辛そうに顔を歪ませていた。
今の寝顔はまるで違う。
穏やかで、規則正しい呼吸音。
普通に眠っているだけだと、
安心できる顔だった。
「……」
そういえば、前にもこんなことがあった気がする。
『よろしくね、勇人』
起きた彼に向かって、手を差し伸べたこと。
ただ、それがいつだったのか、思い出せなかった。
――病気の後遺症、だそうだ。
自覚はないが、私には記憶の欠陥が起きている。
一時的とはいえ、病気に侵食された結果、
記憶はところどころ、病気に『喰われた』状態になった。
だから、思い出せない思い出があるらしい。
幸い、短期間で病気を除去できたため、
生活に支障はないとのことだった。
『勇人君のおかげだ』
疲れが滲んでいて、優しい声音が言っていた。
だが、勇人のことだから、
記憶がないと言えば、おそらく『悪かった』と言うだろう。
「気にしなくていいのに」
病気を移植したのも、記憶を失ったのも、
全部私の責任だ。
勇人が気に病む必要はないのに。
――ままならない。
思わずため息を吐きながら、彼を見た。
「……」
まだ、彼は目を閉じている。
――早く、起きないだろうか。
「……っ」
「!」
声が聞こえた。
見れば、彼がうっすらと目を開けた。
「起きた?」
「ああ……起きた」
そう言って、勇人は私に答えてくれた。
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