第49話 自問自答

「満足か?」


 発狂したように泣き叫び、疲れたように蹲る。


「満足か?」


 振り絞るように、声が出る。


「こんな結末で、本当に満足か?」


 その声は『如月勇人』のものだった。

 だけど、違う。そうじゃない。


 この声は、


「聖女様を殺して、本当にお前は満足か?」


 『勇者』のものだった。


「ああ、満足だ」


 同じく口から答えが出た。


「大勢殺したのに?」

「ああ」

「世界を壊したのに?」

「ああ」

「聖女様、好きな人を殺したのに?」

「……ああ」


 頷く誰かは『如月勇人』のものだった。


 ――それは自問自答に似ていた。


「それでも俺は満足だ」


 『如月勇人』が答えれば、『勇者』は顔を歪めて、


「本当か?」


 切り返してきた。


「よかったのか、これで?」


 一つの体で別々の意識をもって対話をしている。

 まるで、自分が多重人格になったような錯覚を覚えた。


「現実に戻ってどうするつもりだ?」

「俺は、」

「うまくいくわけがない」


 『勇者』は断言した。


「現実はこの世界とは違う」

「……そうだな」

「体力だってない。人より俺は劣ってる」

「……そうだな」

「誰もがお前を助けてくれるわけじゃない」

「……そうだな」


「『九条梓』が振り向いてくれる保証もない」

「……そうだな」


 こんな最低な自分を知ってもなお、彼女に見てもらえれるなんて

 そんな自信、俺にはなかった。


「現実に戻っても、辛いだけかもしれない」


 『勇者』の言葉は正論だった。


 例えば『如月勇人』が現実に戻ったとして。

 待っているのは日常だ。


 遅れた勉強量をこなさなければいけない。

 体力もないから運動もしなければいけない。

 

 もう病気を言い訳にはできない。


「だとしても」


 『如月勇人』は全ての可能性を呑んだ上で、断言した。


「俺は現実に戻りたい」

「なんでだ?」

「言いたいことができたんだ」

「言いたいこと?」

「ああ」

「誰に?」

「梓に」


 彼女の名前を口にした。


「聞いてもらえるか分からない。けど、会って話がしたいんだ」

「……病的じゃないか?」

「否定はしない」

「……そうか」


 『勇者』は静かに目を閉じる。

 そして、何かを決めた様子で目を開けた。


「なぁ、『勇人』」

「なんだよ」

「『勇者おれ』を殺してくれないか?」

「は?」


「聖女様の後を追いたいんだ」


 切実な願いだった。


 だけど、


「できない」

「なんでだ?」

「『勇者おまえ』は『如月勇人おれ』の体にいるからだ」


 この世界でそのまま『勇者』を殺せば、『如月勇人』の体を傷つける形になる。

 その場合、何が起こるか分からない。


 目覚めることができなくなるかもしれない。


 俺はそれが怖かった。


「なら、」


 『勇者』は笑って答えた。


「なら、別の体になれば問題ないだろ?」


 直後、目の前に俺と全く同じ顔をした、


 全く別人の『勇者』が現れた。


「なんで……」

「ここは『勇者おれ』の世界だ。俺が望んで叶わないことはない」

「……」

「それと言い忘れてたけどさ」

「?」

「俺も病原菌なんだ」


 下手な嘘だった。


「このまま、お前らといたら、病気が再発する可能性だってある」


 少しでも罪の意識を軽くする為の、下手すぎる嘘だった。

 それぐらい分かる。


 分かったものの、


「なら、殺さないとな」


 その嘘に騙されたふりをする。


「お人好しだな」

「お前に言われたくない」

「確かに」


 どこか乾いた笑いだった。


「……なぁ、聞いていいか?」

「なんだよ」


「『勇者おれ』ってどっちが好きだった?」

「はぁ?」

「魔女と聖女様」


 意味が分からなかった。


「そんなの――」


 言いかけて、妹の言葉が脳裏を過ぎる。


『何言ってるの、兄さん』


 妹もこんな気持ちだったのだろうか。


「……そんなの決まってるだろ。聖女様だ」

「そうか?」

「そうだろ」


 肩をすくめて、断言した。


「でないと後追い心中なんて誰が思いつくか」

「……だよな」


 『勇者』はホッとした様子で息をついた。


「そうだ、俺は、」


 泣きそうな声で、『彼』は言った。


「貴方のことが好きだったんです、聖女様」

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