第47話 正解

 聖女様は息を呑んだ。

 揺れる紅の瞳に、俺が映っていた。


「ここは『如月勇人おれ』の為の世界じゃない。『勇者』の為の世界だ」


 なら、答えは簡単だった。


「貴女が何故囚われているのか。何故梓の姿をしているのか」

「……」

「何故、梓の姿なのに、梓の性格を受け継いでいないのか」


 この世界は、勇者が強く在れる場所だ。

 その為の望みを叶えるだけに、存在しているのだとしたら。


「最低な話ですよ」


 出た結論に、そんな感想が零れ落ちた。


「勇者にとって、九条梓は、」


 包丁を握りしめる手に力が入る。


「弱者じゃない」


 守られてもくれない。


「だから、都合が悪かったんです」

 

 ここは勇者が強く在れる場所。

 裏を返せば、勇者よりも格上の相手が場所だった。


 仮にいたとしても、仲間になり、勇者を存在。

 その立ち位置にいなければいけない。


 ここはそういう世界だった。


「もし、梓がこの世界にいれば、」


 自嘲気味な笑みを浮かべる。


「確実に支える存在だけではいてくれない」


 それは魔女として力を振るった事実から、証明できる話だった。


「だから、貴女だったんです。聖女様」


 もう一歩、足を踏み出した。


「聖女様、貴女は間違いなく九条梓そのものだ」

「……」

「だけど、性格はそうじゃない。それは勇者にとって都合がいいからですよね?」


 睡眠過剰症候群の大元は、患者にとって最も魅力的な存在になっていく。

 かつて鬼頭先生が言っていた。


 言い換えれば、最も都合がいい存在と化していくのだ。


 だとすれば、目の前にいる少女は、


「聖女様、貴女は間違いなく勇者にとっての想い人です」

「……」

「勇者に守られていてくれる。そんな存在なのですから」


 九条梓の姿をしていて、

 人の為に懸命に祈りを捧げ、

 『勇者』が『守りたい』と思えるような、そんな存在。


 それが聖女様だったのだ。


「絶対に死なないと、貴女は言っていた」


 言葉の代わりに、感情が読み取れない眼差しを向けられた。


「それも当たり前だった。俺が、勇者だったから」


 他の何を壊せても、勇者に聖女様は殺せない。

 聖女様は世界の象徴そのものなのだから。


「だけど、俺なら殺せる」


 勇者としてではなく、如月勇人としてなら、

 彼女に刃が届いたのだ。


「死んでください、聖女様」


 言葉を合図に、は一気に駆け出した。


 包丁の切っ先を、聖女様へと向けて、そして、



 鈴が鳴るような声音で、名前を呼ばれた。

 

「正解です」


 その言葉が告げられたのは、

 勇人が彼女の胸元に包丁を突き刺したのと、


 ほぼ、同時だった。

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