第46話 完全否定

 ――ああ……。


 教会がまるでパズルのように、

 粉々に分解されていく。


 代わりに別の建物を構築していく。

 それは見覚えのある場所だった。


「ゆうしゃ、さま」


 動揺する聖女様の姿が、半分変わっている。

 それが別人の姿に見えた。


 ――そうか。


 なんで気付かなかったのか。


「どうして、」

「俺は勇者ではありません。聖女様」


 真っ直ぐに、聖女様を見た。


「それと、」


 同時に切っ先を向けた。


「貴女は九条梓じゃない」


 姿

 彼女だけじゃない。


 教会が、学校の廊下へと姿を変えていく。

 だが、定まらない。


 廊下になったかと思えば、夕焼け色の教室にも変化する。

 おそらく、迷っているのだろう。


 どちらの光景が、どちらの姿が、


 如月勇人に、壊されない世界なのか。

 

「俺、気付いたんです」


 だからこそ、この世界の真相に気付けた。


「この世界は俺の為にあるわけじゃない」


 この世界はこの上なく都合が良い。魅力的でもある。

 だけど、その魅力的な世界は、『如月勇人』にとってではない。


 この世界は、


俺の為の世界だったんですね」


 『如月勇人』は自分の名前を嫌っていた。

 自分には不釣り合いな名前に、息苦しさを覚えていた。


 そんな息苦しさをなくす世界を欲していた。


 その為の勇者としての役柄だったのだ。


 勇者になって、敵となる対象を排除し、世界を救い、

 仲間もいて、好きな人もいる。


 その為の世界。

 同時にこの世界は、勇者には壊せない。


 自分が強く在れる世界を、壊したいと思うわけがないのだから。


「名前がないのは、俺が名前を嫌っていたから」


 村人だとか、勇者だとか、魔法使いだとか、剣士だとか。

 役柄ばかりを呼んでいたのは、


 名前を呼ばれたくない。

 魅力的な世界ですら、息苦しさを覚えたくない。


 そんな幼稚な我が儘だった。


「ある意味、『如月勇人』にとっても都合がいいですね」


 思わず笑ってしまう。

 名前に固執するあまり、名前のない世界を構築させてしまうのだから。


 滑稽としか言いようがない。

 それが、どうしようもない真相の一つ目。


 あと一つは、


「どちらが好きか」

「え……?」

「九条梓と聖女様」


 一歩踏み出した。


「ずっと考えていたんです」


 頭の片隅で燻り続けていた、疑問。

 

 ――梓と聖女様。


 鏡に映したように、瓜二つの少女。

 なのに、性格はまるで違う。


 そんな二人の少女に、どちらに対しても想いを寄せていた。


「どちらが好きか、そうじゃないか」


 最低だが、そんなことを考えていた。

 だけど、


「そんなことを考える自体、そもそも間違っていたんです」


 最低だと思うなら、最低な自分をもっと理解すべきだった。


「聖女様」


 もう一歩踏み出した。


「……っ」


 聖女様は怯えたように、一歩下がった。


「貴女を好きなのは、俺じゃない」

 

 構わず、俺は断言した。


俺が、貴女を好きだったんです」

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