第37話 渇望
「なんでお前なんだよ」
言葉は詰っているのに、その声は辛そうだった。
* * *
「何百面そうしてるんだよ、掃除中だぞ」
「……勝行」
学校の掃除中、俺は声をかけられた。
幼馴染みの
「何がっかりした顔してんだよ」
「……してたか?」
「してたな」
「……悪い」
一瞬、肩を叩かれた瞬間、梓かと思ったのだ。
反射的に振り返り、勝行だと分かって、
落胆に近い感情が広がったのは否定できなかった。
「九条さんか?」
びくりとした。
「分かりやすいな、図星かよ」
「……悪い」
笑う勝行に、俺は目を逸らした。
何となく気まずく思った。
「喧嘩でもしたのか」
「喧嘩……」
『早く仲直りしてよね、兄さん』
和葉の言葉を思い出す。
仲直りと言われても、喧嘩したわけじゃない。
むしろ、
「喧嘩の方が楽だったな……」
「なんだよ、急に」
「いや……」
言い淀んでから、俺は言った。
「振られた」
「……は?」
「振られたんだよ、梓に」
言葉にすると、ずしりと重みがのしかかってくる。
そこまで重くないゴミ袋が、急に重くなった気がした。
「……冗談だろ?」
「冗談じゃない、俺は」
「冗談だろ」
先程よりも強い口調で、勝行は俺の言葉を遮った。
様子がおかしい。そう思い、振り返れば、憎悪にも近い眼差しが、俺を見ていた。
「あり得ないだろ、お前が振られるなんて」
「何言って、」
「お前が振られるわけがない」
胸倉を掴むような勢いで、勝行は断言した。
「でないと、オレが、」
吐き出すように、勝行は言った。
「オレが振られた意味がない」
「どういう意味だよ、それ……」
「言葉のままに決まってるだろ」
真意を明かさず、勝行は俺を睨みつけた。
「オレがお前が羨ましい」
『オレは、お前が羨ましい』
一瞬、前に聞いた言葉を思い出す。
「オレは誰かを羨んだことなんかなかった」
「……」
「羨まれることはあってもな」
傲慢にさえ感じる言葉だが、勝行の場合は妙に納得してしまう。
彼は何でも持っていたからだ。
「だけど、勇人。お前は別だ」
睨みつけてくる強い眼差しは変わらない。
なのに、同時に憎悪とはまた違う、感情にすり替わっていた。
「お前は俺が欲しいものを持ってる」
理不尽なものを見るような目だった。
「正直、意味が分からないんだ」
俺を睨みつけながら、何故か別のものを見ているような様子だった。
「なんでお前なんだよ」
答えをもらえず、途方に暮れているような、
そんな声だった。
「…………」
正直、なんと言えばいいのか分からなかった。
目の前にいる幼馴染みは、俺に答えなんか求めてない。
「俺は、」
だけど、何故かこんな言葉を口にした。
「俺はお前が羨ましかった」
勝行からすれば、何の意味も持たない言葉かもしれない。
何度も向けられた言葉かもしれない。
それでも言わずにいられなかった。
「俺は何にもなかったから、なんでもあるお前が羨ましかった」
ほとんど覚えていないはずなのに、何故かそんな感情があった。
それだけは覚えていた。
「……過去形なんだな」
ぽつりと、勝行が呟いた。
顔を上げれば、勝行と目が合った。
「今は羨ましくないのかよ」
「今は……」
首を傾げた後、俺は言った。
「今は勝行が近くに感じるな」
「なんだよ、それ。やめろよ気持ち悪い」
失礼な言い草をした直後、掃除を終わりを告げるチャイムが鳴った。
「やべえ、掃除道具片付けないと」
勝行の言葉に、俺は我に返った。
そういえば、俺もゴミ袋を持ったままだった。
慌てて、片付けに向かおうとした直前、
「なぁ、」
勝行に声をかけられた。
「なんだよ」
「今更だけどさ……」
「?」
「俺の名前、覚えてるんだな」
「は?」
本当に今更な話だった。
「覚えてるに決まってるだろ」
「……そうか」
どこかほっとした様子で、勝行は、
「なら、よかった」
笑っていた。
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