第31話 侵食

「あの方がいらして下さるのですか?」


 銀色の髪が靡く。


「どうかお伝えください」


 微笑みで可憐で、所作は美しく、儚く、


「あの日の約束を胸に祈っております」


 誰もが見惚れるであろう微笑は、


「ですから、どうか教会にいらしてください。――お待ちしております」


 私と全く同じ容姿なのに、


「勇者様」


 全く違う『聖女様』らしい笑みだった。



* * *



「九条君?」


 我に返れば、鬼頭妃先生が深刻な顔でこちらを見ていた。


「聖女様は?」

「……いないよ、そんな人は」


 言われて気付いた。

 そうだ、勇人に連れられて、病院に来て、診断を受けて、それで――


 ――それで?


 何故か前後の記憶があやふやだった。


「九条君」


 穏やかで、苦労が滲む声に、顔を上げれば、

 先生が私に言った。


「如月勇人君を呼んでくれるかな」



* * *



「単刀直入に言うけど、九条梓君は睡眠過剰症候群だ」


 何の前置きもなく、鬼頭先生は『俺』に断言した。


「……確かですか」

「結果待ちだが、ほぼ確定で間違いない」


 先生の言葉に、『俺』は制服のズボンに握り締めた。


「……俺のせい、ですか」


 震える声で聞いた。まともに先生の顔を見られなかった。


「俺の病気が、九条さんにうつったんですか……」

「……」

「だから、俺が元気で、九条さんが……」

「君のせいじゃない」


 先生は否定しながらも、ゆっくりと息を吐いた。


「ただ、うつっていないのかと言えば、うつったとも言える」

「……どういう意味ですか」


 曖昧な言い方に顔を上げれば、先生は立ち上がった。

 そして、ある物を取り出した。


「それ……」

「以前、九条君が君を助けるために使用した装置だ」


 あのヘルメットが先生の手の中にあった。


「これは対睡眠過剰症候群用に作られた装置だ。これによって第三者が患者の脳――意識にリンクし、患者を蝕む病原菌を壊すことができるんだ」


 以前、説明された言葉を言った後、先生が目を伏せた。


「だが、この装置が患者を救うために使われることはほとんどない」

「どうしてですか?」

「危険だからだ」

「え?」

「この装置は第三者が医師から受けた『制約』を


 「でないと、」と、先生は続けて告げた。


「でないと、その第三者が睡眠過剰症候群になってしまう恐れがあるからだ」

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