第19話 黒

 赤が黒に見えたのは気のせいだろうか。


 村がまた滅ぼされた。

 その情報を元に辿り着けば、地獄絵図が広がっていた。

 人の死体が至るところに転がっている。


 男も女も老人も子供も赤ん坊すらも、皆等しく死んでいた。

 無残に引き裂かれ、八つ裂きにされ、


 原形が残っている死体は殆どいない。

 正直、これが死体だったと分かるだけでも御の字と言えるぐらいだった。


「……ひどい」

「ああ」


 魔法使いや剣士を筆頭に、隊員達が呆然と立ち尽くす中、

 勇者だけは何故か吐き気に襲われることなく、その場を見渡していた。


 ――いない。


 『魔女』の姿はない。

 これだけの規模の殺戮が行われたのだ。

 まだ近くいそうなものなのに、勇者達以外の気配は何もない。


 前までは、それだけ『魔女』の力が強く、殺すだけ殺して素早く逃げたのだと思っていた。だが、違和感ばかり膨らんでいき、


 錬金術師の声が響く。


『もう魔女に会わない方がいい』


 まるで勇者が望んだからこそ、『魔女』が出現したかのような言い方だった。

 誰かが死ぬなんて望んだことはない。

 むしろ平和が一番だとすら思っている。


 そう思っていた筈だ。なのに、


「勇者」


 そっと肩を叩かれる。振り返れば、剣士が励ますような眼差しを向けてくる。


「気持ちは分かるが、今はこの人たちの埋葬だ」

「……分かってる」


 死んだ筈の友人が生きている。

 勇者が会いたいと願っただけで、生きていることになってしまった。


 今でも覚えている。

 潰される音、逃げろと言う言葉。血塗れの魔女の姿。

 弔いの言葉を聞いた日。


 全部、覚えているのに。

 まるでそちらの方が嘘だったと言わんばかりの状況だった。


 一瞬、全部自分の妄想じゃないかと疑いたくなった。

 だけど、友人が死んだなんて、酷い妄想にもほどがある。


「……っ」


 手が震える。

 何が現実なのか、何が幻なのか。


 足元がぐらぐらと揺れ動き、視界さえ覚束ない。


 時折、あの夢を起きているのに見てしまうせいで、

 ますます、不安に駆られてしまう。


 誰でもいい。誰でもいいから、

 誰か、これが現実だと教えてくれ。


 最近、そんなことばかり考えている。

 最低、そのものだ。


「勇者、手伝って」

「……ああ」


 覚束ない足取りで、無残な死体を運ぼうとした時だった。

 死体から流れる血が見えた。


「――え?」


 一瞬だった。

 死体の血が何故か黒に見えた。


 赤黒くではない。

 黒。暗闇を思わせる黒だった。


「あ……」


 確かめように確かめられない。

 死体が全て、目の前で溶けて、消えてしまったのだから。

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