第12話 滅亡

 討伐隊が進軍する中、次々と報告が訪れる。


 どこかの村が焼け落ちた。

 どこかの国が、一晩で滅んだ。

 どこかの大陸が、地図から消えた。


 真偽の怪しい情報が錯綜し、吟味され、やがて、どの情報も真実だと行き当る。

 中には討伐隊の隊員の故郷があった。

 隊員は泣き崩れ、「一人になりたい」と討伐隊を離れた後、

 死体となって発見された。


 せめて埋葬をしようとしたが、死体は灰となり、骨も残さず消えてしまった。

 そんな芸当ができるのは、一人しかいなかった。


 討伐隊は一様に仲間の死を嘆き、『魔女』への怒りを露わにした。

 ただ一人を除いて。


(……おかしいだろ)


 勇者は違和感を覚えていた。

 隊員の死を悼む一方で、どうしようもな違和感が付き纏っていた。

 

 『魔女』の力は強い。

 だが、それは諸刃の剣だ。

 勇者の仲間、魔法使いがいる。


 魔法使い曰く、少しでも『力』を感知すれば、その存在を気付けるらしい。

 魔法使いの力の強さは折り紙付きだ。


 その力を持ってしても、『魔女』に辿り着けない。

 何より――


(なんで誰も、魔法使いでさえその違和感に気付かないんだ……?)


 何故、勇者だけが違和感に気付くのか。


 『魔女』への怒りを露わにする隊員達が、不謹慎にも滑稽に見えてしまった。



* * *


「勇者」

「……魔法使い」


 味気ない小さな石で作られた墓の前に、小さな花を添えた。


「気持ちは分かるけど、そろそろ気持ち切り替えないと」

「そうだな」

「……」


 魔法使いはじっと見つめている。


『兄さん』

「……っ!」


 あの声だ。夢の中に引きずられるような感覚。

 それを懸命に振り払おうと、首を振る勇者に、魔法使いは言った。


「勇者、『魔女』のことを考えていたの?」

『兄さん、『    』さんのこと考えていたの?』


 魔法使いと『妹』の声が同時に重なって聞こえてくる。

 同じ声が全く別のことを尋ねてくる。


「なん、で」


 頭を押さえ、震える声で聞けば、魔法使いは図星を指されたと勘違いしたらしい。

 肩をすくめながら、魔法使いは言った。


「勇者って分かりやすいもの」

『兄さんは分かりやすいから』


 徐々に魔法使いの姿が、別人の姿になっていく。


「『魔女』のことは――」

『『    』さんは――』


 魔法使いの声は聞き慣れている筈だ。

 けど、懐かしさを覚えるような感覚が芽生える程じゃない。


「……っ」

「勇者?」


 怪訝そうな声音が、懐かしい声で、近付いてくる。


『兄さん』

「違う……」

『どうしたの?』

「違う」

『まさか、また――』

「俺はお前の兄貴じゃない!!」


 触れようとする手を払いのけ、大声で怒鳴った。

 びくりとする気配を、『俺』は精一杯拒絶した。


「俺は、お前なんか知らない……知らない筈なんだ」


 懐かしさが込み上げてくる。

 何故か焦燥感に駆られてしまう。


 何か何か何か、


『綺麗だね』


 目の端で、綺麗な黒髪が揺れる。

 それだけで泣きたくなるような、訳の分からない感情に苛まれる。


「……勇者?」


 ハッと我に返ると、魔法使いが傷付いた顔をしていた。


「……悪い。少し一人にしておいてくれ」


 だけど、気遣う余裕もなく、型通りの言葉を吐き出せば、魔法使いは『分かった』と言って、隊員達のいる場所に戻っていった。


「……何をやっているんだ、俺は」


 木に寄りかかりながら、息を吐く。

 余裕がなさすぎる。


「……聖女様」


 無性に聖女の顔が見たくなった。

 そうすれば、息苦しさを覚えなくなるような気がしたのだ。


「……」


 目を閉じる。

 聖女の姿を思い浮かべようとして、


 ふわりと何かが舞い降りる。


「え……」


 目の前で、綺麗な長い黒髪が揺れ動く。

 顔を上げて見てみれば、


 会いたくて仕方がない聖女と全く同じ顔をした、


 全く別人の『魔女』がいた。

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