第10話 罪悪感

 勇者達は絶句していた。

 死闘を繰り広げたドラゴンの姿が脳裏を過ぎる。


 同時に『魔女』の姿が脳裏を過ぎる。

 どれだけ力があろうと、『魔女』はたった一人だ。

 その上、十代半ばにも見える少女だった。


 そんな相手が、三万の軍勢を圧倒したどころか、

 歯牙にもかけず、根絶やしにするなど、もはやドラゴンの力すら優に超えている。


 ゾッとした。


「……よく生きて帰ってきましたね」


 労わりが混じった魔法使いの言葉に、伝令役は頷いた。


「はい、自分でも不思議なほどで……」


 ぴたりと声が止んだ。

 微動だにしない伝令役に、違和感を覚えた。


「どうかしたんで――」


 伝令役は、ゆっくりと倒れた。

 慌てて抱き留めようとしたが、できなかった。


 伝令役は、死んでいた。

 伝令役の血に広がり、その赤が地面に吸い込まれていく。

 その様を、呆然と見つめるしかできなかった。


「なんで……」


 先程まで生きていた筈なのに。


「死んでたんだ……」


 ポツリと呟いたのは、魔法使いだった。


「死んでたって……」

「この人自身に自覚はなかったみたいだけど。多分、殺されてから一時的に動かされていたんだと思う」

 

 伝令役は走った。殺された自覚もなく、『魔女』の力によって報告の義務を果たされたのだ。報告が終われば、すぐにその場で息絶えるように。


 その目的は一つしかない。


「……俺達に対する宣戦布告か?」

「そうだよ、きっと」


 目が開いたままの伝令役の瞼をそっと下した。

 その魔法使いの手が怒りで震えていた。


「こんなの馬鹿げてる」

「魔法使い……」

「勇者、仇を取ろう」


 誓いにも似た魔法使いの言葉が向けられる。


「また世界を救うために、一緒に戦おう」

「俺は……」

「勇者」

「……分かった」


 魔法使いの言葉に思わず頷いた。

 ――戦いたくない。

 そんな本音が、零れ落ちかけて、呑み込んだ。


* * *


 その後、王の布告の下、『魔女』討伐が正式に決定した。

 この国だけではない。

 各国が、選りすぐりの力を持つ者達をかき集め始めた。

 『魔女』の首を最初に取った者から、栄誉と望みの褒美を得られる。


 恩賞目当てで、 我先にと『魔女』を殺そうとする者がいた。

 中には、『魔女』に遭遇した者がいたらしい。

 その者がどうなったのか、言うまでもない。


 そして、勇者達は王命の下、『魔女』討伐隊に組み込まれた。


 目まぐるしい日々の中、勇者は己の中に芽生えた感情に葛藤していた。

 それを払うべく、勇者は教会へと足を踏み入れた。


「聖女様」

「……勇者様」


 銀色の髪が揺れる。

 鎖の音に胸が痛みながらも、変わらない彼女の姿に安堵を覚えた。


「明日の明朝、俺達は国を出ます」

「はい。どうかご武運を」

「……」


 変わらない勇者と聖女のやり取り。

 ただ、あの日の告白を思えば、どうしてもぎこちなさと居心地の悪さを覚えた。


「聖女様、」

「はい」

「俺は、怖いです」

「……勇者様」

「仲間を殺され、怒りが湧いた筈なのに、俺は、」

「勇者様」


 聖女の手がそっと勇者の頬を包む。

 驚く勇者に、聖女は微笑んだ。


「私は明日、討伐隊の方々に祈りを捧げます。神のご加護と、私の力を少しでも分けられるように」

「聖女様……」

「勇者様、生きて戻って来てください」

「!」

「生きて戻って、あの日の続きを聞いて下さい」

「聖女様……」

「私はここで待っています」


 聖女の言葉に、勇者は自分の手を聖女の手に重ねながら、「はい」と答えていた。


* * *


 怖いのは、死ぬことも恐れているから。

 それだけだったらどんなに良かったか。


 あの日、伝令役から知らされた時。

 

 『俺』は確かに安堵した。


 軍勢が皆殺しにされたのに、まず真っ先に『魔女』の無事を喜ぶ自分がいた。

 そのことを、勇者は誰にも言えないまま、


 魔女討伐隊の出陣の日を、迎えようとしていた。

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