第9話 殲滅
「……全滅?」
「はっ」
「たかだが魔女の一人に、王直属の軍勢が全滅したというのですか……?」
「左様です」
「…………」
目玉が落ちるのではないかと思うほど、大きく目を見開いて、
「な、何をやっているのですか!!」
恐怖と混乱が混じった声がガンガンに響き渡る。
「王のための剣がそのような体たらくでよいと思っているのですか!!」
「申し訳……」
「謝罪すればよいというものではございません!!」
「やめろ」
神父が伝令役を叩こうとした瞬間、勇者は神父の腕を摑んだ。
「命がけで帰ってきた人に何やってるんだ、あんたは」
「命がけ? 命を懸けたのでしたら、相打ちの一つや二つするべきでしょう」
「神父様、あんたは神に仕えているんだろ?」
「何を当たり前のことを――」
「なら、この人もそうだ。この人は、あんたじゃなくて国王陛下に仕えている方だ。そんな方に手を上げて言い訳がないだろ」
教会の力がどれだけ偉大だろうが、王の庇護があり、成り立っている面がある。
その王の臣下に、王の許可なく罰を与えるなどあってはならない。
また、最弱と謗られようとも、自分は勇者だ。
自分はともかく、他の誰かが不当な扱いを受けるのは見過ごせない。
「……っ」
睨みつけられても、勇者は神父の腕を離さない。
抵抗しようが、神父の力では勇者には敵わない。
「大丈夫ですか?」
「……ありがとう、ございます」
魔法使いは伝令役を心配げに見つめた。
「一体何があったんですか?」
「……」
「教えて下さい」
「分かりました」
伝令は震えながら、語り始めた。
魔女が発見し、総攻撃し、軍勢が殲滅される瞬間を。
* * *
「大袈裟じゃないか?」
「仕方ない、陛下のご命令だ」
軍勢を統率する指揮官達は、そんなことを話しながら、魔女の行方を追っていた。
魔女は、ドラゴンに代わり、世界中で出現、命を奪い尽くしているという。
魔女は決して珍しい存在ではない。
薬草や医学に精通し、その知識と薬を売り買いする『職種』のようなものだった。
魔力はあれど、人を害すことなく平穏に暮らすのが一般的だ。
無論、教会側は魔女の存在を否定、時には悪魔の遣いと称し、根絶やしにしようとした時代さえあった。そのため、
「今回、魔女の脅威を知らしめ、駆逐するのが最終目的だろう」
それが国王の懸念だった。
ただ、かの『魔女』の存在は決して無視できないほどだった。
「かの『魔女』を国王の力で断罪し、教会側の勢力拡大を防ぐのだ」
だからこそ、国王は魔女討伐のため、軍勢を動かしたのだ。
そして、世界を危機に陥れている魔女は、いた。
逃げる気がないのか。
その場に佇んでおり、夜空を見上げて、一歩も動かなかった。
軍勢に囲まれていようが、魔女は変わらずちらりとその様を見つめていた。
赤黒い瞳に何の感情も見えないことに、一種の畏れを抱いた。
だが、逃げ出すなどあってはならない。
「かかれ!!」
心に巣食う不安を押し殺し、軍勢は一斉に魔女に襲いかかったのだ。
* * *
「あまりに一瞬のことでした……」
伝令役は軍勢の側にいた。
伝令役は魔女の捕縛もしくは殺害を見届けたら、早馬に乗り、報告する務めを持っていた。
しかし、
「何が起きたか分からぬまま、気付けば、三万の軍勢は一人残らず皆殺しにされていたのです……」
その時の光景を思い出したのか、伝令役は震えあがった。
「魔女は何一つしませんでした。文字通り何もです。にもかかわらず、軍勢は魔女に刃どころか近付くことさえ叶わぬまま、何も分からず死んでいったのです……」
それが伝令役が見た、魔女の力の全てだった。
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