第8話 葬儀

 この国では火葬が主流だった。

 今回も火葬で剣士や村の人も弔われる予定らしい。


 しかし、派遣された兵士が、死体を回収しようと村を訪れた際。

 死体は全て、なくなっていた。

 村があった痕跡も、無残に打ち捨てられた死体も全て、

 最初から何もなかったかのように消えていたらしい。


「きっとあの魔女のせいだ」


 報告を受け呆然とする中で、怒りに満ちた声が耳に届いた。


「あの魔女が死体を消したんだ」

「魔女に消す理由があるのか?」

「死体って触媒としては優秀だから」


 そのために使用したのではないかと、魔法使いは推測した。

 その推測に、勇者は違和感を覚えた。

 魔法を司る者たちにとって、触媒は価値ある物だと聞いたことがある。

 あって困るものではないことも。


 そうだとして、あの大量の死体を一体何に使うつもりなのか。

 あの『魔女』が使うとは何故か思えなかった。


 ――結局、葬儀は形ばかりの物になってしまった。

 英雄の一人が犠牲になったことも理由に、最高位の神父様が呼ばれた。


「全く、本来わたくしの仕事ではないのですがね……」


 神父は本来、聖女の保護及び監視が主な仕事として与えられており、

 葬儀の仕事は葬儀屋と呼ばれる身分の低い者達の仕事になっていた。


 ただ民衆の要望もあり、神父がこうして駆り出される羽目になったのだ。


「全く、魔女に殺されるなど、英雄として恥ずかしくないのでしょうかね」

「……!」


 あまりの暴言に、魔法使いは苛立ちを露わに、胸倉を掴もうとしたが、勇者がそれを止めた。神父は気にした様子もなく、空に向かい、つらつらと言葉を謳い上げる。


「主よ。我らの崇高な創造主よ。今我らの同胞が主の御許へ旅立ちを始めました。その同胞らの気高き魂に安寧をもたらし、主の寵愛と慈愛をお与えください――」


 荘厳な言葉によって、魂が救われる。

 その信仰を胸に、勇者は空を見上げる。


 ただ、生憎と空は曇り空で、旅立つ魂たちの姿は一向に見えなかった。


* * *


「ご足労頂き、有り難うございます」

「全く、これから仕事ですよ、仕事」

「……」


 ブツブツと文句を言い続ける神父を、魔法使いはじっと睨んでいた。


「何ですか、その顔は」

「いえ、何でもありません」

「おい、魔法使い……」

「全く、まぁいいでしょう」


 眼鏡を拭きながら、神父は勇者と魔法使いに目を向けた。


「あ、そうそう、魔女の件ですが……」

「! あ、はい」

「あれ、さっそく刺客を送り込みましたのでご安心を」

「……は?」


 思わず間抜けな声が出た。


「聞こえませんでしたか? わたくしが直々に国王陛下に要請し、兵を出動させました」

「な……」

「数は三万。少々大袈裟かと思いますが、これだけの兵力があれば、魔女を八つ裂きにすることも容易いことでしょう」


 ――『魔女』を、八つ裂きにする。

 それを聞いた瞬間、たまらず勇者は声を上げた。


「何故そのようなことを勝手に……」

「勝手ではございません。これはこの国のみならず世界のためを思えばこそなのです」

「どういう意味ですか」

「国王陛下が魔女の存在を警戒されておいでです」

「陛下が?」

「魔女の襲撃と見られ、滅ぼされた場所が各地で上がってきているのです」

「な」

「もし、魔女を野放しにすれば、世界の存続に関わります」

「俺達には、なぜ何も言わずに……」

「貴方方は敗北したではありませんか」


 鋭い指摘に、勇者は言葉を窮した。

 神父は嘲笑うように、勇者に言った。


「最弱の勇者様のお力はなくとも、国王陛下の親衛隊たちがいます。今日明日にでも決着がつくことでしょう」

「……っ! 神父様、流石に言葉が過ぎるんじゃないですか!」

「過ぎていません。事実を言ったまでです」

「だからって……!」


 神父と魔法使いの口論を、勇者はどこか遠くのことのように感じていた。

 ――『魔女』が殺される。

 仲間を殺されたのだから、『魔女』は相応の罰があるべきだ。

 なのに、受け入れきれない自分が確かにいた。


 聖女と容姿が似ているから?

 あんな顔を見たから?


(俺は一体何がそんなに嫌なんだ……?)


 答えのない迷路に入り込もうとした直前だった。


「神父様、ご報告いたします!!」


 緊迫した声が響き渡る。

 見れば傷だらけの伝令役が、馬から降りてきた。


「何ですか? 魔女は? どうなさったのですか? 首は狩りましたか?」

「それが――、」


 傷だらけの伝令役は、一瞬躊躇した後、一息に言った。


「三万の軍勢、魔女と衝突し――全滅、いたしました」

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