第7話 目覚め

「今日は何食べる?」


 『君』は振り返らず、『俺』に聞いてきた。


「夕飯、入らなくなるだろ」

「入ったら問題ないでしょ?」

 

 屈託なく、言い返す『君』の後ろ姿を見つめた。

 夕暮れ時の姿は妙に様になっていて、見惚れると同時に若干呆れた。


「なんで夕飯の話してるんだ……」

「お腹が減ったからに決まってるでしょ」


 断言して、『君』は『俺』に聞いてきた。


「『    』は? お腹空かないの?」

「俺は……」


 帰り道。

 夕飯と家族が待つ家。

 『君』の後ろ姿を見つめながら、歩く道のり。


「俺は……」


 もう少し、『君』と一緒に話して歩いていきたい。

 そんな本音を呑み込んで、笑いながら、誤魔化した。


「じゃあ、何買って帰る?」

「そうだな……」


 考える『君』だったけど、何か思いついたかのように立ち止まった。

 同じように、『俺』も立ち止まる。

 振り返る『君』は嬉しそうに笑いながら、


「じゃあ、」


 その後なんと続けたのか。

 覚えていない。

 覚えていないけど、多分『俺』は、

 『君』が笑ってくれるなら、なんでもよかったのだ。


* * *


「勇者!!」


 ハッと目覚めれば、全身に痛みが走った。

 見上げれば、魔法使いが心配げにこちらを見つめていた。


「まほう、つかい……っ」

「無理にしゃべっちゃだめ」


 ベッドに横たわる勇者に、魔法使いはそう言った。


「起こしてごめん。でも魘されてから」

「そうなのか?」

「うん……」


 魘されるほどの悪夢を見たのだろうか?

 覚えていない。ただ、目覚めは特段悪くなかった。

 むしろ、夢を見ていた時、『俺』は――、


「無理もないよ。剣士があんな、」

「剣士? そうだ、剣士は!?」

「……」


 魔法使いは悲痛な顔つきで静かに首を振った。


「そうか……」


 そうだ。あの『魔女』に剣士は殺されたのだ。

 怒りが湧いてきた。

 少なくとも、あの瞬間は。

 しかし、今は怒りが何故か湧いてこない。


 あんな表情をした『魔女』が目に焼き付いて離れない。


「勇者、騙されないで」

「え?」

「いくら聖女様と同じ顔をしてても、相手は『魔女』よ」


 殺意にも近い敵意をむき出しに、魔法使いは断言した。


「あいつは剣士を殺した」

「分かってる」

「きっと聖女様と同じ姿なのも、何らかの策だと思うの。だから用心しておいて」

「……分かった」


 魔法使いの主張は正しい。

 勇者も頭では理解していた。


 なのに、警戒しないといけない。

 その感覚を覚えなかった。


「……」

「剣士の葬儀、明日執り行われるってさ」

「……」

「魔女に壊滅させられた村の人々の供養も」

「……分かった」


 参加するとだけ伝えれば、魔法使いは席を外した。

 食事を持ってきてくれるらしい。

 その姿を見送った後、勇者は目を閉じた。


 先程見た筈の夢はもう覚えていなかった。

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