14話「ナイカー」
水辺の
そもそも、幽霊は水場を好むと言われることが多い。そういったことから様々な話が出たのだろう。
海外ではメキシコの『ラ・ヨローナ』の他、『ウィルオウィスプ』というジャックオランタンの元になった鬼火の伝承がある。海外では都市伝説や怖い話というよりは、妖精や人魚のような神話に絡むような話が多いためもしかしたらそこから派生した可能性もあるだろう。
日本ではどうだろうか。幽霊が水遊びをしていた人を引き摺り込んで溺死させるような怪談話は有名だろうし、他には定番は水の妖怪の『河童』や『海坊主』にオカルト話で有名な『トイレの花子さん』あたりだろうか。
日本でも海外でも水にまつわる怪異譚はメジャーなものからマイナーなものまでたくさんある。
水辺に関する話題を出したが、最近、
暖かくなってきたこの時期、花見などの飲み会で泥酔した人が誤って川に落ちて溺れたものと当初は考えられていた。実際に、遺体からはアルコールが検出されていた。しかし、警察はその捜査方針を変更した。何故ならその水死体が数日中に複数体が連続で発見されたからだ。最初の遺体が発見された翌日から連日少なくとも一体の水死体を河川敷、もしくは水面に浮いた状態で発見されていた。
当初は連続殺人とし、殺害した被害者を川に遺棄したと警察側は考えていたようだが、発見された遺体は司法解剖の結果、死因は窒息によるものであり、外傷に関しては川に流された際に石などで引き摺ったような傷痕があるだけで、特に目立ったものもなかったという。
だとしたら、誰かがその被害者を川へと突き落としたのだろうか。その可能性も否定しきれないが、その遺体の幾つかは引き摺られたような外傷に、河川敷にも同様な痕跡が残っていたという。つまり、誰かが水中から被害者を引き摺り込んだ。と考えるのが妥当な死因と考えてしまうような出来事が起こっている。
さて、この事件の真相とはどういうものなのか。難しく考えすぎているだけで案外簡単なトリックなのかもしれないが、もしかしたら、我々が知らないだけで、水にまつわる怪異がそこに存在しているのかもしれない。
――――――――――――(オカルトタイムズ記者、
僕が住む町、
僕とロギはその川の調査をするようにと
「通常、そういう下調べや調査は番犬の仕事だろうが」
仕事の流れを考えるなら、ロギの意見が合っている。実際、事件でも噂でも怪物の気配を感じればその調査を行うのが番犬だ。それを今回は怪物を狩る側である猟犬に行わせようとしているということになる。その不満を訴えるロギに君原はため息を吐いた。
「それぐらい知っていますよ。ですが、今回はそうも言っていられないんです」
君原は持っていたバインダーをロギへと差し出した。ロギはそれを受け取って、たぶん今回の件についての資料が挟まれているんだろう、バインダーに挟まれている紙を静かに見つめて、すぐに眉間に皺を寄せた。
「ロギ?」
「なるほど……めんどくせー」
溜息を吐きながら、今度はロギが僕にバインダーを渡してきた。見てもいいということだろうけれど、僕が見て理解できるのか不安でしかない。とりあえず受け取って、内容を確認した。
とりあえず分かったのは時坂町にある大きな川、そこで水死体が発見されている。しかも1人2人という数じゃない。たった一週間で連日発見され、合計で10人が犠牲になっている。間違えて川に落ちて溺れたという事故で処理できるような話じゃ済まない。これは連日ニュースで報道されていたから内容は僕も知っていた。だけどここから先はそのニュースでは報道されていない、いや報道することはない内容だった。
「番犬も被害に遭ってる?」
辛うじてわかる内容を見るにというものではあったけれど、僕にはこうだとしか思えなかった。
「ええ」
僕の呟きともいえる言葉に君原は頷いてくれた。どうやら合っているらしい。
「実際、事件が発生してから番犬に調査を行うよう指示を出していました。でもすぐに問題が発生したんです」
「調査に出した番犬が戻ってこないと?」
「……はい。番犬とはいえ、その仕事は優秀です。怪物との戦闘こそほとんどないようなものですが、それでも自衛の手段は学ばせています。ですから倒すことは出来なくても逃げ帰ることはできるはずなんです」
番犬の事情は僕にも詳しく知っているわけじゃないけど、君原の言う通りだとしたらそれこそ異常事態なんだろう。
「その番犬の人たちは、どうなったんですか?」
「……」
僕の問いに君原は重々しく口を開いた。
「他の被害者と同様、調査の指示を出した日の翌朝に遺体となって発見されています。ですから、本来の被害者数はニュースで報道されている数よりずっと多いんです」
だとしたら、僕がまだ持っているバインダーの資料に書かれている番犬の名簿リストはその被害に遭って亡くなった人たちなんだろう。
「この件の重大性を鑑み、龍御寺さんと話し合った結果。獅琉さんと真宮君、二人にはこの調査と原因を起こしている怪物の討伐を兼任して行ってもらいます」
君原から指示を受けたその日の夜。僕とロギは件の川まで来ていた。この川は時坂町の東西を地区で分ける程度に大きいだけあって、橋もいくつか作られている。
クロはというと、僕達の仕事についてくることはなかった。というのも、今回の一件をニュースで知り、帰り道で誰かが死ぬという状況に一応土地神としての危機感を感じたらしく、しばらくは
「夜桜」
この川は河川敷に桜の木が植えられていて、それはこの川に沿うように生い茂り、毎年春になると綺麗に桜が咲く。そしてそこは毎年花見のスポットとなっているし、夜になれば夜桜を楽しむ姿を見ることもあるという。
だから水死体が発見された当初は、夜桜見物に訪れた人が酒に酔っていて、誤って川に落ちたりしてしまったんだと考えられていたのだ。
「今回は何が原因なんだろうね」
「さあな。でも、俺たちがこうして駆り出されるということは、怪物のせいだってことなんだろうな」
バイクを路肩に停めて、ロギは近くの橋へと歩く。僕もそれに続いて川の様子を見る。川も河川敷も今のところ違和感を感じない。静かで居心地の良い場所という印象だ。
「静かだね」
深夜という時間帯もあるが、人一人いないこの空間に僕はロギにそう話しかける。
「夜中だしな。それか、あのニュースのせいで外に出ようとしないだけか……」
原因不明の水死体となればこの川に近づくことなんて、余程のことが無ければしたいと思わないだろう。
「怪物だとしたら、いったい何が……」
「それをこれから調べないといけない。まったく……余計なことばかりしてくれる」
ロギは橋の欄干に寄り掛かり河川敷を眺め始める。
「番犬が調査の過程で怪物に襲われて帰ってこないなんてことは稀にだがあることだ」
「だからそうならないように訓練させてるんだよね?君原さんが言ってた」
「そう。でも俺らみたいな猟犬と違って、怪物と出会って倒せるわけないから逃げ帰る。それでも情報を拾ってるんだからまあまあ優秀だな」
「それが全部帰ってこない」
「君原の話だと最初は一人でやらせてたが、死体で帰ってくるから二人で調査の続行をさせた。結果は変わらずだったがな」
二人で調査をさせても水死体になって発見されることには変わらなかった。番犬とはいえ、怪物との対峙の仕方というのはわかっているはずなのに。それともわかっていても対応できるような相手じゃなかったのだろうか。
「一人が襲われて助からないとすぐに判断して、すぐに逃げ出せばよかったのにな」
「助けようとしたの?」
「さあな。もしかしたら怪物を見つければ、その答えがわかるかもな」
ロギが桜を見ながら「酒持ってくればよかった」と呟いたのを聞いて、この仕事に早々に飽き始めていることを察した。
「ロギ」
「あ?」
「さすがに飲酒運転はちょっと……」
「……歩いて帰れば?」
「それはさすがに……」
僕もロギの隣で欄干に手をかけて橋の下を見てみる。水の流れる音と、風で木々が揺れる音しか聞こえない。つい仕事を忘れてそれに癒さて聞き入ってしまう。と、思っていたのだけれど。
「……ん?」
その水の流れる音に違う音が混じり始めた。
「シンギ?」
僕の異変に気付いたロギがこちらを見ていた。だけど僕の名前を呼んだだけでそれ以上声をかけることはなかった。水流の音に混じる異音を聞き取ろうと集中する。
川の流れる音にぱしゃぱしゃと、水の中を走るような音なのはわかる。だけどそれは人が走るときの音とは違う。聞いたことがある気がするのに、それが何か思い出せない。だけどわかったことは。
「後ろ」
僕達が今いる欄干の反対側から聞こえていること。その一言を呟いた途端、ロギは弾かれたようにこの場から離れて、自分たちがいた場所から反対側の欄干へと駆け出す。
欄干から身を乗り出して下を覗くロギを追って、その隣で同じように川を見る。周囲の街頭で僅かに照らされた川上の奥からこちらへと走る音が聞こえる。それから程なくしてその音の正体が見えてきた。
「馬?」
街灯によって僅かに照らされた川から見えたのは、水の上を走る青白い“馬”だった。いや、暗がりのせいでちゃんと見えないだけで本当は真っ白なのかもしれないけれど、青白い“馬”にしか見えなかった。その“馬”がこちらへと近づいてくるともう一つ分かったことがあった。
「誰か乗ってる?」
「というよりは引き摺られてんな」
ロギも“馬”の様子を見ることができたようで、すぐに状況を理解していた。その“馬”にしがみつく様にして誰かが川の上を引き摺られていた。
「もしかしてあれが?」
「今回の件の犯人ってことだろうな。となれば、俺たちの仕事だ」
そう言って、彼はさっきと同じように欄干から離れた。また反対側へと移動する。さっきよりも動きが早く感じる。というより反対側の欄干に到着して止まるようなスピードじゃない。むしろ助走をつけているような走り方をしている気がする。どうしてそんなことをしているのか聞く前にすぐにわかった。ロギは何の躊躇いもなくアスファルトを蹴り、欄干に躊躇いなく飛び乗り、それから向こう側へと落ちていった。
「は?ロギ!?」
おそらく川を走っていた“馬”の対処のために動いたのだろうと容易には予想できる。だけど、それなりに高さのある橋から飛び降りるなんて誰が予想できるだろうか。急いで欄干の下を覗くと、ロギは河川敷へと降り立っていた。
「シンギ、君原に連絡入れろ」
ロングカーディガンの中に隠しているククリナイフを取り出しながらロギは言う。
「巻き込まれた奴をどうにかしないといけない」
グリップに繋がれた紐を握り、ククリナイフを回す。
「ああでも……間違えて一緒に首でも落ちてくれれば楽でいいな」
そんな不穏な言葉を聞きながら遠心力の勢いを借りたククリナイフは、今ロギの目の前を走り抜けようとする“馬”の首を切り落とすようにして宙を舞った。
首を切り落とされたことで“馬”は他の怪物と同じようにその形を崩して消えた。引き摺られていた被害者も“馬”が消えたことで助けることができた。
君原の話だとその被害者は当初昏睡していたものの、すぐに回復したそうだ。
それからの調査であの日何があったのか聞き取りをしたら、覚えている範囲で答えてくれた。
あの日の夜、帰路についていたら時坂川の近くであの“馬”と会った。最初は何処からか逃げ出したのかと思ったが、妙な違和感を感じたのだという。その違和感が最後までわからなかったが、それでも距離を取ろうとした。だけど“馬”の方が動きが速かった。
自分の服をその口で摘まみ、軽々と体を持ち上げたかと思えばその背に自分を雑に放り投げるようにして乗せ、途端に走り出した。その時点ですでに異常だった。どうにかその状況から逃げ出そうとしたが、あの“馬”の体から離れることができなかったという。まるでその体にぴったりと張り付いたように、身動きがまともに取れなかった。それから自分が気絶するまで逃げ出そうとしたが、結局は脱出することはな叶わず、中途半端に“馬”に体を預けたような状態で引き摺り回された。
それが被害者である人物のことの顛末だという。
僕としては被害に遭ったあの人が無事だったことに安心した。ロギが“馬”を倒した時に間違えて被害者も殺してしまっていたらと思うとぞっとする。
結局、あの“馬”が何者なのかわからず仕舞いだ。ロギにもあれが何だったのか聞いてみたけれど。「水に沈める馬に纏わる怪異譚は知らない」と答えたのだ。
だけど後日、意外なところで正体の一説を聞くことになった。
それは学校の昼休み、学園内の教会で青葉と折瀬とで件の話をしていた時のことだ。教会に飾られている花瓶と活けられていた花の手入れをしていたナサリオが丁度話を聞いていたようで、僕たちの会話に割って入ってきた。
「僕、なんとなくわかった気がするよ。その怪物の正体」
「え?」
突然のことに僕たちは驚いて彼を見た。ナサリオは変わらず作業を続けている。
「まあ水辺で人を溺れさせる馬なんて、特定しやすいキーワードがあれば答えも限られるものだからね」
「……ナサリオ先生も結構詳しいですよね」
「まあ、職業柄ね」
それはどっちのことなんだろうかと言いたくなったが、さっさと答えを聞きたいので僕たちは黙った、
「“ナイカー”っていってね。確か、アイスランドで語り継がれる馬の幻獣だよ。馬の怪物なんて、都市伝説に限らず神話や伝承なんかでも結構な数はいるけど、人を溺れさせ、一度触れればくっついて離れない体を持つといったら、そのあたりだろうね」
「アイスランドって……海外の都市伝説?」
「そう。海外の都市伝説なんかが話題に上がることはあっても、“ナイカー”はあまり知っている人って少ないだろうし、それに、
ナサリオが語った“ナイカー”と呼ばれる馬は海外で語られる都市伝説。それがここで姿を見せたということになる。誰かに語られなければ形を作ることなんてできるはずないのだから、噂が立ったのだろうけれど、誰が発端なのか僕達にはわかるはずもない。
「でも、
良くないことの前触れかもね。と花瓶に生ける花の茎を切り落としながら言う彼の言葉に僕は無意識に頷いた。
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