13話「小さな神様」
新学期。僕は無事に進級することができた。
別に成績が悪いわけじゃないけれど、だからといって何も聞かないでほしい。あえて言うならば僕はがんばったんだ。以上。
始業式を終えて新しい教室で新担任からの軽い挨拶と今後の予定なんかを聞いてお昼の時間が来る前に解散となった。
青葉とは今回も同じクラスだ。なんと頼もしい。だけど、新学期初日から陸上部の活動があるらしいから一緒に帰ることは叶わなかった。
折瀬先輩も今年から受験生だからか、今日から
そんなわけで、僕は一人学園の校門を潜る。そこでふと、声が聞こえた。
「?」
聞こえた方へ視線を向けると、学園に通う初等部の生徒が三人ほど、歩道で集まっているのが見えた。
そこには小さな家。いや、あれは寺や神社で見るような
通学路に社なんてあっただろうか。と、僕は首を傾げていると、その社の屋根の上に。
「……え?」
そこに、何かがいた気がした。
人の見えない所に怪物が潜む町。そんな小さな町には忘れられつつも僅かに残る信仰がある。
この町に住む小さな神様。これはその神様のお話。
信仰、あるいは信心。
宗教に存在する神や仏などを信じることである他に、人や物事を信用、信頼することや証拠抜きで確信を持つことなど様々な意味を持つ。
基本は宗教的概念で使われる言葉だ。畏怖よりも親和の意味が含まれることが多い。
その信仰の対象とされる神と仏だが、神は信仰の対象として尊崇、畏怖されるもの。仏は仏教等で「覚者」「悟った者」を指す言葉とされている。同じように見えて本質は違うのだ。
~(中略)~
さて、私が現在住む時坂町はM県の某市にある町だ。この町にも信仰の対象となる神がいる。
一般的に言われる宗教、仏教であったりキリスト教とはまた違う宗教。所謂、民間信仰による宗教。その土地ならではの宗教。
外では妖怪か怪物と呼ばれるものでも、何処かの地方では神と崇められる。
――――――――――――(オカルトタイムズ記者、
初等部の生徒たちが今度こそ帰路についたのを見計らって、僕は社へと近づいた。遠目でこの社の屋根の上に何かがいた気がしたのだ。
少し離れたところから見ていたし、気のせいかもしれないが、僕の立場上確認しないといけない。かもしれない。
「……」
そういえばこの社、通学路にあっただろうか。と、そんな疑問が頭を過った。僕が気づいていないだけで本当はずっと前からあったのかもしれない。こうして初等部の生徒が手を合わせているのだから不自然に感じるものではないのだろう。
気にしていないだけで、これだけ近くにあるのに気づかないなんて実際に体験することになるなんて不思議な感覚だ。
改めて社を見る。石の土台に乗せられた社は少し高めの位置に置かれている。さっき手を合わせていた初等部の生徒達の目線と同じぐらいの高さだ。赤い鳥居に、それと同じ色の屋根。神社やお寺の建物をそのまま小さくしたような作りだ。
見ただけじゃ、特に違和感を感じるようなものはない。ロギだったら何かわかるだろうか。
「やっぱり気のせいかな」
「何がじゃ?」
「……は?」
僕の何気ない独り言に問いかけるような声が聞こえた。思わず顔を上げると、社の上に座るようにして僕を見ている人。いや、あれは人じゃない。少なくとも人じゃない。白い狩衣を来たそれは、幼児と言うにはあまりにも小さい体は小人と言っても差し支えなさそうだし、何よりもその頭。黒い髪に紛れて生える獣の耳がすぐ目に付いた。
「え?」
いきなりよくわからないものが出てくるのもあれだが、出てきた存在があまりにもいろんな要素があり過ぎて反応に困る。
「犬?」
「失礼な!」
またさりげなく言った言葉に小人は怒ったのかまたすぐに声を上げた。よく見ればもふもふな尻尾?が忙しなく動いている。やっぱり要素が多い。
「わしはな、この町をを守る土地神“送り狼”なるぞ!」
これ以上の要素を追加された。
「は?神様?」
「そうじゃ!この地で人々の帰り道を守る神じゃ!」
「……もう無理。意味わかんない」
こういう時ぐらい自分で考えて行動しないといけないんだろうけれど、僕一人でどうにかできる気がしない。
「おい、
フリーズしかけていた僕に自称神様が話しかけてくる。
「わしも一緒に行くぞ!」
「は?」
自称神様が言い出すや否や、社の屋根から僕の頭に飛び乗ってきた。頭に何かが触れた感触はあるが、重さ自体は特に感じない。紙が一枚頭に乗っているような感覚だ。
「ずっとここに居るのは飽きるからの。気晴らしにお主と一緒に行ってやろう!」
「……」
僕はなるべく静かに頭の上に乗っている自称神様を両手で持ち上げて、そっと社の屋根の上に置いた。
「――――それじゃあ」
「待たんか、たわけ」
「あだっ」
社に背を向けて家へ向かって走ろうとしたら、僕の後頭部に飛びついてきて、その勢いで盛大に転んだ。ちなみにそのせいで僕は鼻と額を軽い擦り傷を作ることになった。
それから僕は家に帰ったのだが、結局自称神様は家に着くまで僕の頭から離れることなくついてきた。
「ほー!ここがお主の家か?」
「そうだけど……何でついてくるかな……」
どうにか振り切ろうとしたのだけれど……さっきみたいに社に置いて行こうとすれば後頭部や背中に飛びついてきてまた転びそうになり、適当に歩道や道路に置いて走り出せば足にしがみつかれてバランスを崩しては結局転びそうになり……。こうして自称神様を連れてきたのは結局は僕が折れたのだ。
「さっきも言うたじゃろう?わしは暇なのじゃ」
「ああもう……ロギに何て説明しよう」
新学期早々に厄介ごとに巻き込まれた事実に憂鬱な気分になりながらリビングに入ると、いつものソファーで横になるロギの姿があった。ただ眠っていたわけじゃないようで、僕がリビングに入れば視線だけ僕に向けてきた。
「……」
「ロギ、ただいま」
「……」
「……えっと?」
普段なら眠そうに返事をしてくれるのに、今日に限ってそれがない。僕に視線を向けてはいるのだけれど、眠気がまだ含まれる視線ではなくしっかりとしたもので、それがどうにも僕より少し上を見ている気がする。もしかして、僕の頭の上に乗っている存在が見えているのだろうか?
体を起こしてソファーから立ち上がったロギはテーブルに置かれていた雑誌を手に取って僕に近づいてきた。手に持っていた雑誌がいつの間にか筒状に巻かれていて、振り上げていた。
「ロギ?」
巻かれた雑誌が僕の頭上目掛けて振り下ろされた。
「あだっ」
すぱんと音が響いて、頭がすごく痛い。
「何をするか!不敬な奴め!」
「虫が喋るな」
「虫ではないわ!わしはこの地の土地神なるぞ!」
「土地神なら、なおさらうちに来ないで仕事してろよ」
叩かれた頭を押さえて蹲る僕を余所に、頭上で何やら会話をしている。とにかく僕もこの状況について物申したいところだけれど、それよりも頭の痛みが酷過ぎてそれどころじゃなかった。
「え?じゃあ本当に神様なの?」
「さっきからそう言っておるじゃろうが!」
ソファーに座った僕とロギ。その前に置かれているローテーブルに座布団替わりに折り畳んだタオルを敷いてその上に胡坐をかいて座る自称神様もとい、土地神は本物らしい。なんせさっきの会話でロギが神を自称したことを否定しないで「仕事をしろ」と言ってのけたのだ。自分のこと棚に置いて。
「ロギ、本当に神様なの?」
「少なくとも、この町じゃあこいつは神様として扱ってるよ」
「この町?」
ロギの言葉に僕は首を傾げていると、彼は面倒くさそうにため息を吐いてから口を開いた。
「地域によって余所じゃ何とも思わないような奴や、妖怪として知れ渡ってるような奴でも神として扱われることがある。それがこの犬ってこと。所謂土地神ってことだな」
「そうじゃ!この小童の言う通りじゃ!」
彼の説明に間違いがないのか神様は機嫌良く頷いている。
そういえば、あの社で僕に神だと自称した時に“送り狼”だと名乗っていたことを思い出した。
「“送り狼”って言ってたね」
「うむ。わしは他の地方では“送り狼”と呼ばれる妖怪の一種じゃ」
ふふんと胸を張って語る神様もとい“送り狼”のその姿は随分と幼い。
「“送り狼”って、確か帰り道を守る妖怪だっけ?」
「それで間違いないな。地方によっては“狼”じゃなくて“犬”って呼ばれてる。というよりは“狼”が珍しいかもな」
僕の予想していた“送り狼”で合っていたらしい。だから通学路というか、学校の近くに社が建てられているのか。
「あれ?」
“送り狼”と聞いて僕は思い出したことがある。
「僕、さっき転んだんだけど……」
もし“送り狼”の話が本当なんだとしたら、転んだ人を襲う襲うなんて話があった気がする。
「ふむ。わしがただの妖怪じゃったら、食うていたかもしれんが、今は紛いなりにも神じゃからの。襲う気も起きんのじゃ」
“送り狼”は僕の話を聞いて思ったより丁寧に答えてくれた。襲われなかった理由は分かったけれど。
「……ねえ、もう一つ聞きたいんだけど」
「ん?なんじゃ?わしが答えらる範囲であれば答えてやろうぞ」
「……じゃあ、こうして僕やロギに姿が見えているのはどうして?」
僕の疑問はそこだった。確かに普段から“怪物”と対峙することが多い日常を送ってはいるが、僕は霊感を持っているわけじゃない。というより“怪物”は霊感を持っていようがいまいが、出会ってしまえば誰にでも見えるのだ。
だけど、今回はそれとは違う。と思う。少なくとも、この“送り狼”は神様なのだ。実際、放課後に手を合わせていた初等部の生徒たちは“送り狼”の姿は見えていなかったのだ。
僕の問いに“送り狼”は「ふむ……」と考えるような仕草を見せるもすぐに僕の顔を見上げた。
「お主は別に霊感を持っているわけじゃないのじゃろう?」
「……多分」
「うむ。お主には見える目は持っておらんよ。じゃがな、だからとそれら一切が全く見えんというわけじゃないのじゃ」
どういうことだろうと僕は首を傾げる。
「別に霊感を持ってなかろうと、見える時はあるのじゃ。それはわしらが姿を見せようとしている時もあるが……それは悪意か善意がある時じゃな」
「悪意?善意?」
「霊が誰かを脅かすために見せたりとかだろ?」
「ああ……そういうこと」
「そういうのはわしらが誰かに姿を見せようとする意志があるから起こることなんじゃが……稀に見える目を持っとらん奴がな、わしらを認知する時がある。今のお主らのようにな」
“送り狼”は僕たちを指差しながら言う。
「どうして見えるの?」
「ふむ……予期せず見えてしまう理由は状況によっていろいろとあるのだが……お主の場合は波長が合ったからじゃな」
「波長?」
「霊にしろ神にしろ、その姿を見えるには波長を合わせる必要がある。それが霊感を持つ者は勝手に合うんじゃが、持っておらん者は意図してやろうとしてもそれができない。じゃが、たまに持ち合わせている波長が霊や神の波長と最初から合っていたり、知らず知らずに合わせてしまっていたりと、そんなことがあるんじゃ」
最初から波長が合っていたのであればそれは霊感というものを持っていることになるんじゃないかと思ったが、“送り狼”曰く、それは違うらしい。
霊や神にはそれぞれ固有の波長というものがあるのだという。霊感を持っている人は、ラジオのチューニングを合わせるようにその姿を見ることができるらしい。だけど、霊感を持っていない人はそんなことできることではない。だけど、最初から特定の波長を持っていて、その波長に合う霊や神を稀に見えることができるらしい。
だけど、僕の場合は後者、知らず知らずに波長が合ってしまったほうなんだという。これはいろいろと原因はあるけれど、僕が“怪物”という非日常に触れる機会が多かったせいだろうというのが“送り狼”の見解だった。
「僕が“怪物”と関りがあったから……」
「そうじゃのう。お主が人ならざる者との関りが深くなっていくうちにわしを認知できるようになってしまったんじゃろうな」
“送り狼”がその小さい体でお菓子を抱えて食べ始める。その小さい体で全部入るんだろうか。それ以前にそれ僕のチョコパイなんだけど……。
「洋菓子もなかなかなものじゃの!」
「僕のおやつ……」
「諦めろ。絶対にお供え物だと思われてるぞ」
僕のお菓子が“送り狼”の小さな体の中に消えたところで、彼は僕の膝の上に飛び移ってきた。
「そういえば、わしが忘れているだけかもしれんが、お主の名を聞いておらんかったな」
「……そういえば、言っていなかった気がする」
「うむ!名を申してみよ」
「
「シンギじゃな。覚えたぞ。しばらくお主のところでお世話になるとしよう!」
「……は?」
僕の名前を聞いた途端に、この犬は何かを言い出した。
「ずっとあの社に居るのも飽きるのじゃ。わしの役割はあくまで帰り道を守るだけじゃからな」
そう言いながら“送り狼”は僕の頭の上までよじ登っていく。
「霊感もなくわしを見た奴なんぞ久方ぶりじゃ。シンギにしばらくくっついていれば面白いじゃろうしな」
「神様お仕事してください」
「いーやーじゃー。わしが仕事をせんでも皆はちゃんと帰れるのじゃ。寄り道してもちゃんと家に帰るいい子達じゃからの」
僕の頭の上で駄々を捏ね始めた“送り狼”に僕はどうしたものかと溜息を吐いた。これ以上厄介事なんて増やしたくない。ただでさえ僕のことで手一杯なのに。思考を巡らせていると、急に影ができて薄暗くなった。
「……ロギ?」
僕の隣で静かに座っていたはずのロギが立ち上がって僕を見下ろしていた。いや、正確には僕の頭の上にいる“送り狼”を見ているのだろう。その右手にはさっきも見た筒状に巻かれた雑誌が握られている。
「これ以上厄介事を増やすわけないだろうが」
いつもと変わらないテンションではあるのに、そのどこかに呆れだとか怒りだとかそんな感情が声色に混じっているのはなんとなくわかった。
それからまた僕の頭にさっきと同じ痛みが走った。
「あだっ」
叩かれた頭が痛い。
「何をするか小童!」
また“送り狼”を虫でも潰すように雑誌で叩いたんだろう。僕という犠牲を作って。
後日談というかオチというか。
結局、この町の土地神こと“送り狼”はロギの家に居候となることになった。もちろんロギが嫌がって力尽くで追い出そうとしたし、僕も外に連れ出して学園に設置してある社に置いて行こうとしたけど“送り狼”は子供みたいに駄々を捏ねてロギの家に居たがった。
これには僕もロギも折れた。“送り狼”は紛いなりにもこの町じゃ神様なのだ。僕ら人間が敵うものじゃない。と、騒動の後に疲れたようにロギが言っていた。
止む無く“送り狼”を家に置くことになったため、ロギが条件を提示した。
まず“送り狼”は僕の部屋に置くことにした。まあ寝泊まりは基本的に僕の部屋ということだ。それとロギの部屋には絶対入らないこと。それさえ守れば家に居てもいいとロギが言い出した。当の“送り狼”はというと、それをあっさりと呑んだ。さすがの神様も無理矢理居候するからということに罪悪感を感じていたのかもしれない。
それから、僕は彼を“送り狼”だとか“土地神”だとか呼ぶのが面倒だったから、簡単に名前を付けることにした。
クロ。それが“送り狼”を呼ぶための名前。クロはというとその名前に特に嫌がることは無かった。なのでしばらくはクロと呼ぶことにした。
新学期早々の厄介な出来事だった。
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