第9話 “こっくりさん”

 自分の知らない所で勝手に始まって、勝手に終わる。

 それは当たり前のことで、普通なら耳にも入らないことだろう。

 僕はそれをたまたま耳にした。

 僕は真宮真偽まみやしんぎ。高校一年生も後半。何もできずに終わった出来事の話。



 こっくりさん。といえば、大抵の人が知っている都市伝説だろう。

 こっくりさん。漢字で書くと「狐狗狸こっくりさん」となる。主に狐の霊を呼び出す降霊術とされており、そのため「きつね」「いぬ」「たぬき」の文字を当てて「狐狗狸さん」とかくようになったと言われている。

 降霊術であるため、以前書いた「ひとりかくれんぼ」にも似ているが、用意するものは違うし手順も違っている。

 机の上に「鳥居」「はい」「いいえ」「男」「女」0~9までの数字、五十音表を書いた一枚の紙を置き、その上に十円の硬貨を置く。そして参加者全員がその硬貨に指を置き「こっくりさん、こっくりさん、おいでください」と話しかけるのだ。そして十円が動き始めれば儀式が開始され、このときこっくりさんは参加者の質問に答えてくれるのだという。

 こっくりさんの起源は「テーブル・ターニング」と言われている。

 これは数人がテーブルを囲み、手を乗せる。やがてテーブルが傾いたり動いたりするもので、出席者の中の霊能力がある人を霊媒れいばいとして介し、幽霊の意思が表明されると考えられていた。また、霊の働きでアルファベットなどを記した「ウィジャボード」と呼ばれる霊との対話を行うという試みもなされていたことがある。

 その「テーブル・ターニング」が日本に訪れたのは1884年で、伊豆半島沖に漂着したアメリカの船員が自国で大流行した「テーブル・ターニング」を地元の住民に見せたことをきっかけに日本でも流行するようになったと言われている。しかし、当時の日本にはテーブルが普及していなかったためその代わりとしておひつを三本の竹で支えるものを作って行っていた。その時テーブルが「こっくりこっくりと傾く」様子から「こっくり」や「こっくりさん」と呼ぶようになったと言われている。

 さて、この「こっくりさん」の現象をみなさんはどう解釈するだろうか。

 幽霊説、潜在意識説、筋肉疲労説など様々な説が論じられている。

 冒頭で記した通り、「こっくりさん」は降霊術である。「ひとりかくれんぼ」のぬいぐるみに霊を憑依させるように、参加者がいる場に狐をもしくは霊を招き、参加者の誰かに憑依する。

 もしこれが本当に霊の仕業であるとするのなら、昔からある最も簡単で、最も危険な儀式だろう。

 ―――――――――――――――(月間オカルトタイムズ 岸谷拓真きしたにたくまの記事より)



 学校の学食で昼食を摂っている時がかなり平和な時間だと思う。最近冷えてきたからあったかい天ぷら蕎麦をすすりながら青葉あおばを待っていると、向かいの席に座ったのは僕の一つ上の先輩だった。

折瀬おりせ先輩?」

「やあ」

 自分の昼食らしい弁当を広げながら折瀬は何か言いたげな表情だった。

「どうかしたんですか?」

「うーん……とりあえず稲瀬君来てから話すよ」

 僕たちに関わりのある話だろうか。とりあえず青葉が自分が頼んだ昼食を持ってくるまで待っていようと、自分の天ぷら蕎麦を啜ることにした。

 少しして、青葉がいつもの運動部御用達の大盛り定食を持って僕の隣に座れば、向かいの席に折瀬がいることに気づいて軽く頭を下げた。

「先輩も来てたんすね」

「うん。ちょっと話したいことがあってね」

 折瀬は弁当のおかずを食べていたが青葉が戻ってくればその箸を止めた。

「昨日のことなんだけどね……」

 折瀬はそのまま話始める。すでに食べ終えた僕は折瀬の話を聞く。青葉は食べながら話を聞くみたいだ。

「昨日の放課後、忘れ物に気づいて、それで教室に戻るところだったんだ。そしたら、僕の隣のクラスで話声が聞こえてね。ついつい覗いちゃったんだ。一つの机に五人くらい、たぶんそのクラスの生徒が集まってて何かしてたんだ」

「何か……ですか」

「うん。ただ、話声から察するにあれは……“こっくりさん”をしていたと思うんだ」

「“こっくりさん”ですか?」

 それはあまりにも予想外の言葉だった。

“こっくりさん”は結構有名な都市伝説だ。大抵の人が大まかに内容だって知っているような、そんな都市伝説。

 それをこの学校で行った生徒がいたと折瀬は言う。

「たぶんね。会話の内容からたぶんこれだって思ったから」

 折瀬は一息つくように食事を再開する。僕は水を一口飲んでから質問をすることにした。

「先輩はそれを見つけて何かしましたか?止めに入ったとか」

「……いや、そういうことはしていないよ。途中で止めるのも危ないかと思って」

 彼の返答を聞いて、僕は安心したように息を吐いた。僕だって“こっくりさん”に詳しいわけじゃないが、途中で邪魔をしてはいけないことぐらい知っている。下手に中断させるようなことをすれば、何が起こるかわからないからだ。

「その方がいいと思いますよ。もしかしたら先輩も巻き込まれていたかもしれないですから」

「そうだね。もうああいうのはごめんだよ」

「でも“こっくりさん”ですか……」

 なんだか嫌な予感しかしない。ロギにも報告しておかないとと頭の隅に置く。

「どうしてそんなこと……」

「さすがにそこまではわからないよ。ただ、本音を言うとそういうことをやってほしくはないと思うけどね」

 そこまで話して、ついさっきまで昼食を食べていた青葉が口を挟んできた。

「シンギ、あのさ」

「ん?どうかした?」

「“こっくりさん”だっけか。俺詳しくは知らねーんだけどさ、もし中断させたらどうなるんだ?」

「…うーん」

 改めて聞かれると、どう答えたものかと考えてしまう。僕だって、都市伝説という怪物を相手にする職に就いているものの、都市伝説そのものに詳しいわけじゃない。どう答えたものかと考えていると、ふと僕の隣に誰かが座った。

「……」

 どうしてここにいるんですか?

「面白そうな話が聞こえたんでね」

 まだ何も喋ってないです。

 オカルト雑誌の記者、岸谷きしたにが何故か学校の学食のメニューにある肉うどんを手にテーブルについていた。

「岸谷さん……ここは関係者以外の立ち入りは厳しいんですよ?どうやって入ったんですか?」

 ただでさえこの学校の立ち入りは厳しい。以前、折瀬が原因で起こった殺人事件でさらに立ち入りが厳しくなったのだ。理由なしに入ることなんてできないはずだ。

「んー……俺はここの卒業生だからな。ここの学食を食べに来たと言って俺の学生証見せれば大抵は入れるよ」

 岸谷は何でもないようにそう言うとジャケットのポケットからこの学校の校章が印刷された学生証を取り出して僕に見せる。

「え?卒業生?」

「そうだけど?」

「……」

 世界は狭いなー……。

「シンギ……この人って?」

 青葉が僕の制服を引っ張って聞いてくる。そう言えばこの二人には岸谷のことを話していないことを思い出した。

「岸谷さん。オカルト雑誌の記者なんだって」

 そこまで話せば岸谷も青葉と折瀬にひらひらと手を振る。

「オカルト雑誌……」

「真宮君って本当にそういうのに縁があるね」

 折瀬の言葉に笑って言葉を濁せば、岸谷が口を開いた。

「ここで真宮君に都市伝説の相談ってことは、この子たちはもう巻き込まれてるって解釈していいかんじ?」

「……はい」

 隠してもダメだろうと判断して僕は頷く。でも詳しく話すつもりはなかった。

「岸谷さん。“こっくりさん”ってどれくらい詳しいですか?」

「そりゃあ、俺はその界隈を調べて回ってるからね。そういう有名どころはある程度知ってるよ」

 愚問だろうと言いたげに岸谷は答える。確かにと質問をした僕は頷いて、彼から話を聞くことにした。

「“こっくりさん”は昔、1884年に日本に訪れたものだ」

「訪れた?」

「そう。“テーブル・ターニング”と呼ばれている海外で流行していた占いだよ。今の“こっくりさん”の基になったものって感じかな。いわば“こっくりさん”は海外からの輸入品だった。“テーブル・ターニング”っていうくらいだからね、海外ではテーブルを使っていたんだけど、当時の日本にはあまり浸透していないものだったから、代用品として、三本の竹で板を支えたもので行われていたらしい。それがこっくりこっくりと傾くから“こっくりさん”と呼ばれるようになった」

 まさか事の始まりを話してくれるとは思っていなかった。本当に詳しいようだ。なら、僕達の知りたいことも知っているかもしれない。そう思って僕は岸谷に問う。

「じゃあ、もしその“こっくりさん”をちゃんと終わらせずに中断させるようなことが起こったら、何が起こりますか?」

 その問いに岸谷は少し考えてから口を開いた。

「……え?」

 その回答に僕たちは目を丸くする。

「あ、違うよ。言い方が悪かったね」

 岸谷はすぐに僕たちの様子に気づいたようですぐに申し訳なさそうに言う。

「『わからない』って答えたのはね、本当に何が起こるかわからないんだよ。少なくともよくないことが起こることは確実とされてはいるんだけどね。呪い殺されるのか、それとも祟り殺されるのか……」

 そう言ってまた考えるような仕草を見せる。

「そもそも“こっくりさん”は、狐や幽霊なんかを招く降霊術の一種だ。まあ“テーブル・ターニング”と同じで占いとも分類されることもあるんだけど」

 降霊術と聞くと、“ひとりかくれんぼ”がすぐに思い浮かんだ。長久保の親友、栗谷ナオは“ひとりかくれんぼ”をしてしまったことで怪物になった人形に殺された。

「少なくとも悪い方向で何かが起こる。ちゃんと終わらせて許してもらえるなら助かるかもしれないけど、基本的に何も知らない人がそういうのをやるのはあまりよろしくないと思うけどね」

 岸谷はそう言う。それからうどんを啜り始めた。

「じゃあ、折瀬先輩が邪魔しなかったのはよかったことなんだな」

「そうなるね」

 青葉の問いに岸谷が頷けば、折瀬は安心したような表情を見せる。だが、すぐに思い出したように目を見開いた。

「そういえば、あの後、忘れ物を取りに教室に向かったら、そのクラスに先生が入っていったのが見えたような……」



「“こっくりさん”……ねえ?」

 学校から帰ると僕はロギに折瀬から聞いたことを話した。ロギはその話を聞くと考えるような仕草を見せる。

「俺らができることもないと思うけどな」

「どうして?」

「“ひとりかくれんぼ”と同じでもう既に終わったことだから」

“ひとりかくれんぼ”のようにすでに終わったこと。ロギはそう言った。確かに栗谷ナオは夏休み中に“ひとりかくれんぼ”をしてしまったから、僕達に知られることなく終わってしまった。

 そしてこの“こっくりさん”も、折瀬に教えられて知ることになった。そしてもしかしたら最悪の事態になっているかもしれないが、僕たちはそれをどうすることもできない。

「折瀬君の話だとそのクラスに先生が入って邪魔をした可能性があるってことだよな」

「うん。でも先輩は最後まで話を聞いたわけじゃないから、どうなったのかはわからないみたい」

「確定ってわけじゃないからなんとも言えないけど、その前に“こっくりさん”をちゃんと終わらせているなら問題ないと思うぞ」

「どういうこと?」

「“こっくりさん”の終わらせ方は“こっくりさん”に帰ってもらうように頼むことだ。もしそれですんなり帰れば終わり。もし“こっくりさん”が何かを要求すればそれに従うしかない。そうしないと岸谷が言ったみたいに何が起こるかわからないからな」

 何が起こるかわからない。だけど確実なのはよくないことが起こるということ。怪物に関われば大抵は不幸な目にしか遭わない。

「まあすぐに結果がわかるだろ。数年後に起こるような話でもないし」

 ロギは今まで座っていたソファーに横になれば足を組む。

「とりあえず君原に連絡入れとけ。あとはあいつがやってくれる」

 そう言ってロギは目を閉じると本格的に昼寝に入った。話は終わり。そんな風に見て取れた。

 それから一週間もしないうちに、高等部二年の生徒数名と教師一人が立て続けに自殺、もしくは変死したことが君原の口から告げられた。

 その目撃者だった折瀬に確認させると“こっくりさん”をした生徒たちに見覚えがあると答えを出したという。ならば教師は“こっくりさん”を行っていたクラスに入った人物だろう。そしてそれが邪魔をしてしまうことになり、巻き込まれた。

 邪魔をしてはいけない。それが“こっくりさん”を正しく終わらせるために必要なことだ。

 もしすんなりと帰ってもらえず“こっくりさん”が要求を出すのならば、それにに答えないといけない。それが“こっくりさん”に許してもらい、見逃してもらうためだからだ。

 でもその生徒たちが自殺や変死してしまったということは、“こっくりさん”を終わらせることは失敗してしまったのだろう。教師が介入したことで中断されて、おそらく正しく終わらせることも要求を聞くこともなかったのだ。

 折瀬は何もできなかったことを悔やんでいたけれど、仮に僕がそこにいたとしたら、彼と同じように何もできない。ロギもきっと何もしない。それが“こっくりさん”だからだ。だから、折瀬の邪魔をしてはいけないという判断は正しかったのだ。

 それに、ロギならこう言うだろう。

「どうせ面白半分でやったんだろう?なら自業自得だ」と。

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