第8話 “模倣犯”

 誰かに見られる。その存在を知られる。その危険なものに青葉と折瀬、間接的に長久保が関わってしまった。これ以上誰かを巻き込まないために、僕はこれから嘘を吐かないといけないくなる。

 僕は真宮真偽まみやしんぎ。これは物好きと変な人と出会う話。


 都市伝説というものは元となる事件や事故があることが多い。

 例を挙げるとするならば、この話はどうだろうか。

 これは海外の都市伝説である。

 アメリカの大学で、とある学生が図書館で本を探していた。しかしその学生を何者かが殺害してしまう。図書館という静かな空間で殺害された学生が騒ぐことなく、さらにはこの犯行に気づかれることなく行ったのだ。そしてその遺体は一時間後に発見されることとなる。

 しかしこれこの背景には実際に起きた事件がある。

 1969年11月、女子学生、“ベッツィ・アーサマ”はアメリカの大学の図書館で論文を書くために資料を探していた。そこに何者かが彼女をナイフで刺して殺害する。しかし傷口は小さく、彼女は当時赤いドレスを着ていたこともあり、出血していても気づかれず、倒れる瞬間を目撃した人は病気か発作ではないかと思っていたそうだ。その後搬送された病院で刺傷があることが判明した。ベッツィ・アーサマは搬送中に死亡もしくは即死してしまっている。

 犯人は現在も見つかっておらず、捜査は継続されている。

 都市伝説は過去に遭った事件や事故を隠蔽するために語り継がれるものや、忘れないために語り継がれるものとある。噂話の背景はそれは本当にあった出来事なのか、何もない場所から生まれたものなのか、それとも……―――――――。

 ――――――――――――――――――――(月間オカルトタイムズ、岸谷拓真きしたにたくまの記事より)



 今日も今日とて“口裂け女”の討伐。残暑の中、やっぱり怪談話が好きなのか、怪物の出現は多いらしい。

 ロギの話だとやっぱり夏場は怪談話や心霊スポットに行ったりとそういうのが増えるのは事実で、怪物の出現の大きな原因になったりするらしい。怪談話をして、その雰囲気に幽霊が寄ってくるのに似ている。

 夏休みも明けて、学校だってあるのだから仕事とは言え毎晩外に出て活動は本当に辛い。寝不足で授業に追いつけるか本格的に心配になってくる。ロギの仕事が早くてすぐに帰れるのは多少の救いにはなっているのだけど。

「シンギ帰るぞ」

 ロギがククリナイフをロングカーディガンで隠している背中のポーチにしまう。僕もそれに頷いてセーフティーを付け直した拳銃をリュックにしまおうとして、遠くから聞こえる音を拾う。自然とその音が何なのか聞こえた方向を向く。

 僕らから少し離れたところにある住宅街のT字路。よく見ようと目を細めて見えた視界には、その曲がり角の塀を使って隠れるようにしながら、僕とロギにカメラのレンズを向けている男が一人。また音が聞こえる。カメラを持っていることから察するに、僕が聞こえた音はそのカメラのシャッター音で、つまり…………。

「……ロギ!撮られてる!」

 僕が言った直後、というよりはその言っている途中でロギが行動を起こした。僕たちを写真撮影したらしい男に向けてロギが何かを投げるようなモーションが見えた。それがロギが怪物を倒すために使っているククリナイフだと気づいた時にはもうククリナイフは男へとぶつかる直前で、止めることなんてできなかった。

 そのククリナイフが男のカメラを道路へと叩きつけていて、男を傷つけていないのがわかるとほっと息を吐いたものの、僕の隣にいたはずのロギがいなくて、気づいたらその男の前にいつの間にか移動していたことに驚いて後を追う。

「さてさて……カメラ壊しちゃったがまあいいか」

 ロギが逃げれないように男の肩を掴む。いつもだったら機嫌の悪い低い声が聞こえるはずなのにその声はあまりにも穏やかで、投げてカメラを破壊したククリナイフのグリップを相手の肩を掴むのとは反対の手で握っていて、それはもう人殺しをする直前のような光景だった。

「ま、待ってくれっ。勝手に撮影したことは謝るから!」

「謝る?ああ、別にいいよ。好奇心に負ければ人は撮影したがるもんな?それでSNSに投稿するんだろ?それが悲惨な事故とかでもさ。どうせ、そういうゴシップに写真送るために撮ったんだろ?」

 ロギがそう言うと、男は彼を睨む。気に障ったのだろうか?

「俺はっ――そんなふざけた記者じゃない!」

「……は?記者?」

 僕はロギの隣に立って男を見る。男の言動から察するに彼は記者らしい。でもゴシップ記者ではないということはなんなんだ?

 男は上着のポケットから手のひらサイズの長方形型のケースを取り出し、蓋を開けて紙を一枚取り出す。名刺入れのようだ。その名刺をロギに渡そうとすると、ロギは僕を見た。男から手を離せば逃げるかもしれないから代わりに受け取れということだろう。僕が代わりに受け取る。

『月間オカルトタイムズ記者 岸谷拓真きしたにたくま

 名刺にはそう書かれていた。

「オカルト雑誌?」

「それはまたマニアックな」

「わかったら手を放してくれ、逃げないから」

 男もとい、岸谷は自分の身分をちゃんと明かしたことを証明したのか逃げないことを条件にロギの手からの解放を言った。ロギの眉間に皺が寄っている。いつもの調子のロギに戻っている。さっきの機嫌の良さはなんだったんだろうか。

 ロギが渋々手を放す。でもククリナイフはいつでも岸谷を殺せるように準備しているのは僕でもわかった。

「で?そのオカルト記者さんが、なんでここに?」

「ここに来たのは偶然だよ。別件で取材してて、ここを通りかかったら君たちを見つけた。それだけだよ」

 岸谷は約束通り逃げずにロギの問いに答えた。

「俺たちを撮影したのは?」

「本物の“口裂け女”がいたんだ。撮影しないわけないがだろう?」

 まあオカルト記者だし、その辺りは当然のことなのかと僕は首を傾げる。

「それに君たちも噂になっているんだ」

 岸谷のその一言に今度は僕とロギ、二人そろって首を傾げた。

「都市伝説の怪物を殺す存在って噂がネットに出ているんだ。それが君たちだとしたら、とんでもないスクープだ」

 今の状況をわかっていないのか、岸谷は楽しそうに話している。本当にオカルト好きなんだなーと思ってしまうが、ロギという存在のせいで気が気でない。

「ぜひ取材を……」

 岸谷がそう言いだした途端、ロギがとった行動はククリナイフの攻撃ではなく蹴り。しかも頭部に容赦なく。

「うわあ……」

 止めなきゃいけないんだろうけど、機嫌の悪いロギを止める手段が見つからない。

「さてと、本来なら口封じでもしないといけないんだろうけど、今死体を作るわけにもいかないからなー」

 蹴られて倒れた岸谷を見下ろしたロギはかなり物騒適当な言い訳をしながら、ククリナイフのグリップに付いている紐を適当な長さに切り取って、岸谷の手足を縛り始める。岸谷は蹴られた痛みで動けないようでされるがままになっている。

「縛るだけ?」

「そ。気絶させてもいいけど、めんどくさいし」

 手早く縛り終えれば、ロギは壊れたカメラを触る。

「さて、証拠隠滅をしましょうか」

「壊れてるよ?」

「……シンギ、カメラで撮ったデータはどこに保存されてると思う?」

「え?えっと……フィルムとか、SDカードとか?」

「そういうこと。これはSDカードで保存されているタイプのカメラだ。だから本体壊してもカードが無事だったりしたら意味がないんだよ」

 ロギはそう言ってカメラからSDカードを慣れた手つきで抜き取って、それをロングカーディガンのポケットにしまい込む。

「これでよし。ついでだから中身見てやろ」

「カメラ壊しちゃったし、弁償とかしたほうがいいじゃないの?」

 僕の一言でロギは一瞬動きを止めた。壊したことは一応は気にしているのか。

「いや、こういうのは経費で落ちるって……たぶん」

 自分を納得させるように頷きながら、ロギはククリナイフを背中のホルスターにしまって歩き始める。僕もそれについていこうとして、岸谷をちらっと見た。痛みが引いたのか、僕たちを見ていた。

「えっと……ごめんなさい?」

 一応謝っておく。これも仕事なんだから仕方ないと言い聞かせながらロギの後を追った。



 それから一週間後のことだ。僕とロギは職場に呼ばれた。君原の話だと、“口裂け女”によって殺害された人が増えているらしい。

 通されたのは遺体が置いてある手術室のような部屋。前にも来たことがある場所だ。

 そこの金属製の台に件の遺体が横たわっていた。

 遺体は女性で緑色のシートが体に被せられていた。おそらく口許は切り裂かれているためかそこを隠すために白い布をかけられている。

が“口裂け女”に殺されたとかいうやつ?」

 その遺体を見たロギの一言はまずそれだった。

「そうです。さっきも話しましたが、“口裂け女”と“怪物”に殺害された人の人数がこのひと月で急激に増えているんです。夏という季節とはいえこの数は異常です」

 君原が資料を挟んでいるファイルを見ながら話す。

「それは知ってる。俺が言いたいのは、これがなのかってこと」

 ロギの一言に、君原は目を丸くした。僕も一瞬ロギが何を言ったのかわからなかった。

「それは……どういうことですか?」

「“怪物”に殺されたんだとしたら、死体にはその証拠がにおいで残る。“怪物”は臭いからな。例え死後処置で消毒しても案外残ってるんだが……からにおうのは消毒液と人間の男のにおいだ」

「それって……」

 ロギの嗅覚が性格なのは君原だって知っている。もしそれが本当なら、この遺体を作った犯人は“怪物”じゃない。

「人間の手によって殺されたということですか?」

「おそらくな。どっかのバカが模倣犯なんてことを考えたんだろ?つうか君原、これ“怪物”に殺されたやつじゃないってわかってて言ってるだろ?だとしたらこれは俺の仕事じゃない。」

 面倒臭そうに言うと、ロギは部屋を出て行ってしまう。僕は追いかけようか悩んで足を止めると君原を見る。

「君原さん。知ってたんですか?」

「……」

 君原はロギがいなくなれば少し気まずそうにしながら僕を見ていた。

「うーん……」

「君原さん?」

「ああ、ごめんなさい。あっさりバレるとは思っていなかったから」

「やっぱり知ってたんですか?」

「うん。というか、私と龍御寺さんと一部の職員の間で話題で持ち切りになってるかんじなの」

 君原は手元の資料を見ながら話し始める。

「この人の死因は薬物の過剰接収による中毒死。注射針の痕も確認できました。口が裂かれたのはその後だということもわかりました」

「怪物じゃなくて人が殺した?」

「そうであることは間違いないです。模倣犯とでも呼ぶんでしょうか」

「それだったら、警察の仕事なんじゃ……」

「そうなんですけど、ちょっと妙な噂が飛び回ってるんです。その原因のサイトも見つかりました」

「噂……」

「猟奇殺人の写真がサイトで出回っていて。この遺体も被害者の一人として撮影され、画像がサイトにありました」

「……」

「これはこれ以上被害を広げるもの必要ですが、不必要な噂を広げないこと。それも私たちの仕事になります」

 君原は僕にA4サイズの茶封筒を渡す。

「これ、獅琉しりゅうさんに渡してください。仕事をするようにと」


 ロギを探す為に喫煙所に向かえば案の定、彼はそこにいた。

「君原さんが仕事しろって」

 ロギにさっき君原に渡された封筒を渡す。ロギはそれを受け取ると、煙草を咥えながら中身を取り出す。中に入っていたのは数枚の写真と資料らしい紙。

「……仕事ねぇ」

「中身、何?」

「君原からどこまで話聞いた?」

 質問を質問で返された。返答次第で話す内容でも変わるんだろうか。

「さっきの遺体が、人の手で殺されたもので、そういう写真が出回ってるって」

「……」

 ロギは僕の返答を聞けば写真を渡してきた。説明しなくてもわかるものなのか?なんとなく予想はできるが。

 あまり見たくないが写真を見る。写真には口を裂かれた女性の死体が映っていた。

「うわっ」

 予想できたから写真を投げ捨てるようなことはしなかったけど、やっぱり慣れない。

アットに指示してサイトは閉鎖済み。でも投稿者の特定はできてないし、流出した画像があちこちで投稿されてるからそれを削除して回ってるかんじ」

「@さん忙しそうだね」

「らしいな」

 煙草を灰皿に捨てれば、ロギは喫煙所を出る。僕もそれを追いかけて話を続ける。

「でもそういうのって警察の仕事なんじゃないの?君原さんは噂が広がらないようにするためって言ってたけど」

「過半数は警察の仕事。でも、変に噂が広がれば怪物が増えて俺たちの仕事が増える可能性がある。そういう意味では俺たちも仕事をしないといけないわけだ。余計に死体作って撮影する馬鹿をさっさと捕まえろってことだろ?」

 ロギは黒いマスクを着けながら面倒くさそうに僕を見た。仕事をしたがらないのはいつものことだが、これはいつも以上に嫌がる仕事なのかもしれない。

 ロギが写真と資料を封筒にしまうと、僕が持っていた写真も無断で取り上げて封筒にしまった。

「でも仕事でしょ?」

「……」

 僕が言えばロギは溜息を吐いた。

 今日は電車で来たから外に出れば自然と人の多い通りに出る。しばらく歩いてロギは不意に立ち止まった。僕はそれに気づかなくて彼の背中にぶつかる。

「あだっ」

「背中痛い」

「僕顔が痛い」

 ぶつけた鼻を押さえながらロギを見上げる。どうしたのか問えば、ロギはちらりと僕を見た。

「ロギ?」

 ロギは何も言わずにまた歩き始める。よくわからずついていくと、家からも駅からも外れる道を歩き始める。

「どこ行くの?」

「……シンギ」

「なに?」

「俺ら誰かに恨まれるようなことしたっけ?」

 歩きながらロギは言う。突然のことに僕は理解できなくて首を傾げた。

「えっと、どういうこと?」

「誰かついてきてる」

 余計に訳が分からない。ストーカーというやつだろうか?

「どうするの?」

「……面倒事が増えるが、そのストーカー野郎を捕まえるとするか」

 ロギはそういうと、僕を置いていくように歩き出した。僕はなんとなくロギに行動を察してそれを追いかけるのをやめて歩き始める。ロギが途中で道を曲がって姿が見えなくなるが僕はそのまままっすぐ歩いた。

 程なくして、僕の後ろで物音が聞こえた。後ろを振り向けば、男をアスファルトに押さえつけているロギの姿。

「かくほー」

 ロギの気の抜けた声を聞きながら、僕は押さえつけられた男の顔を見る。どこかで見たような顔だった。

「……岸谷さん?」

 一週間前に僕たちを無断で撮影した人だ。

「誰?」

 ロギは覚えていないのか僕を見て首を傾げた。

「ほら、一週間前に僕らのこと写真撮った人」

「……あー」

 思い出したのかそんな声を上げる。

「仕方ないこととはいえ、カメラ壊したからな……それで恨まれたかな?」

「弁償した方がいいかな。僕カメラの値段とかわからないんだけど……」

 ロギと僕でこそこそ相談していると、岸谷が僕たちを見て声を上げる。

「違うってば!取材!君たちの取材で来たんだ!」

「……」

 ロギがあからさまに嫌そうな表情を見せる。まあ知ってた。

「こいつの首をここで折ったら解決する?」

「やめて」

 物騒なことを言い出したので止めると、岸谷の前で屈む。

「岸谷さん。ロギに蹴られたりしたのに懲りないんですか?」

「これが仕事だからね」

「……」

 僕がどうしたらいいかわからずロギを見る。ロギは面倒くさそうな表情を見せていて、それから思いついたように手を離した。

「ちょうどいいからこいつから話聞く」

「ロギ?」

「でも取材は受けない」

「はあ!?」

 岸谷が叫ぶもロギは気にせずに歩き始める。僕はロギを追いかければ、岸谷は急いで起き上がって僕たちを追いかけた。

「話聞くって何を?」

 僕はロギに問う。

「この一件」

 ロギは僕に茶封筒を見せた。

「こういうのに詳しいんだろう?職業柄」

 ちらりと後ろにいる岸谷を見た。彼は内容が呑み込めないのか首を傾げていた。ロギは構わず歩いて空いていそうなカフェに入る。。

 奥の席を陣取れば、ロギは向かいの席に座った岸谷を見た。岸谷はカバンからメモ帳とペンを取り出していた。

「あんたが知ってるか知らないかだけ知れればいいんだけど」

「取材はするからな」

 見事に噛み合ってない。僕はとりあえず店員さんに二人分の珈琲と自分用のカフェラテを注文してから黙っていることにした。

「とりあえずこれ」

 ロギが出したのは職場で渡された写真。岸谷はそれを見れば思い当たることがあるのか黙って手に取る。

「これって…噂になってたやつ」

「やっぱり知ってるか」

「俺だってそういうのは調べるよ。でもこれは人がやったやつだろ?ニュースにもなってた」

「もうサイト自体はもう閉鎖されてる。内容は覚えてるか?」

「……なんていうか、厨二病」

 内容を思い出したらしい岸谷は微妙な反応をしながらそう言う。

「都市伝説に出てくる怪物が『こいつ殺した』って自慢するみたいな」

「厨二」

「厨二だね」

「で、その写真があまりにもリアルでそういう界隈のマニアに人気だったんだけど、ニュースで同様の殺人事件が起きて、掲示板なんかで、それが本物の死体なんじゃないかと噂が上がり、本物だと発覚してサイトは閉鎖された」

 ここまで話すと岸谷は珈琲を啜る。それからまた口を開いた。

「でも別のサーバーで同じサイトが出回って死体が増える。死体が増える前は同一人物じゃなくて、それとも画像を保存してたマニアが再投稿したのかと思ってたんだけど、死体が新しく増えた。ニュースで話題だった奴がまだ捕まってないんだってわかって、掲示板はまた大騒ぎ……っていうのが今の流れかな」

「いたちごっこだな」

「そんなかんじだよ。たぶん、警察かその辺りがサイトを見つけては消してをしているんだろうけど、あっという間に復活している。おかげで複数犯じゃないのかって噂も広がってるね」

 岸谷の言葉を聞いた途端、ロギは項垂れる。

「仕事増えた……」

アットさんに頼まないとね」

「問題なのはそれを他の誰かがやり始めることだ」

「模倣犯の模倣犯?」

 それはいたちごっこじゃ済まなくなる。

「さっさと一人目だけで終わらせねーとな」

 ロギがそう言って珈琲を飲み干し、マスクを着け直しながら席を立つ。僕も慌ててカフェラテを飲む。

「ちょ……ちょっと待ってくれ!」

 岸谷が慌ててロギの腕を掴む。

「……何?」

「取材、してないぞ」

「俺嫌だって言ったはずだけど」

「いいから話聞かせろ」

「嫌だ」

 完全にロギの機嫌が悪くなっている。

「お前に話すことなんもないんだけど」

「俺に話すことは決まってるだろうが。お前らの正体だよ」

「……」

 ロギは溜息を吐きながら岸谷の手を振り払って席に座り直すと、上着のポケットから専用ケースに入れたSDカード岸谷に見せる。それは岸谷が持っていたカメラから抜き取ったものだ。

「あ、それ……!」

 岸谷がそのことに気づいたのか慌てて手を伸ばす。

 だがロギはそれより先にケースからSDカードを出すと両手で摘み軽く力を入れる。ぱきっと音を立ててSDカードは半分に割れた。

「ああ!?」

 岸谷は思わず声を上げる。それからロギは止めを刺すように割れたSDカードを水が注がれたコップに沈めた。

「……」

 呆然としている岸谷を放置してロギは店を出る。

「えっと……」

 僕はどうしたらいいのかと視線を彷徨わせるが、結局どうしたらいいのかわからなくて、残りのカフェラテを飲み干して席を立つ。ロギを追いかけることにしたのだ。

「えっと……その……ごめんなさい?」

 前のカメラをロギが壊してしまった夜のように僕は岸谷に謝罪の言葉を述べてから店を出た。



 ロギがアットに報告するために職場にとんぼ返りして、僕は家に帰ることにしたのだが……。

「君、ちょっといいかい?」

 復活したらしい岸谷に呼び止められたのだった。

「……岸谷さん。僕も喋れないですよ?ロギにも口止めされてますし」

「ああ、問題ないよ。君たちの仕事についてはいつかあいつに聞くことにするよ。今回は君のことについて聞こうかと思ってね」

「僕のことですか?」

 そのままカフェに連れ戻されて、僕は自分が座っていた席にまた座ることになった。

「別に僕のことで面白いことはないと思いますよ?」

「そんなことないさ。君たちの正体も気になるけど、その活動をしている子供がいるってこともかなり気になることだ」

 岸谷はボールペンを回しながら話す。

「とはいえ、君は未成年。名前とかの公表だってしないことは約束するし、話したくないことは話さなくて構わないよ」

「……なんかロギとは態度違いますね」

「俺だって子供相手にそこまで本気にするような考えは持っちゃいないさ。単純な話、あいつはなんか腹立つからあんな感じになったけど」

「ああ……それはわかる」

 僕は岸谷の言葉に頷く。わかる部分は多い。

「それに、取材だなんだ言ったって、僕は記者嫌いだしね」

「えっ?」

「意外かい?」

「だって記者さんだから」

「そりゃ仕事で取材に行くことはあるよ。でも、俺がこの仕事をやってるのはオカルトや都市伝説を知りたいからだよ。学者ってガラでもないし、研究家とかそういうのって生活とか安定しなさそうだからオカルト記者が俺にとって一番都合がよがったんだ」

「子供っぽい」

「うるせーな。子供の冒険心を捨てきれずに大人になった自覚はあるさ。それに二十歳はたち超えようが、酒飲もうが煙草吸おうがそれが『大人になった』って言わねーの」

 口調が変わってる。きっとこっちが素なんだろう。

「岸谷さんは、どうしてオカルト記者に?」

「……小さい頃に見たんだよ。友達の“ドッペルゲンガー”をね」

 岸谷は懐かしむようにそのことを口にした。

「“ドッペルゲンガー”……ですか?」

「そうだよ。君なら、そういうのを疑ったりはしないだろう?」

 実際、“口裂け女”を目撃した岸谷に誤魔化しはできないし、疑うこともできない。

「まあ、僕も“怪物”としていろいろ見てきましたし…」

「“怪物”……か……」

「僕たちはそう呼んでます。あれは都市伝説を基に生まれた“怪物”だってロギが言ってました」

「なるほどね……。僕が小学生の時に、それを“怪物”と呼んでいいのかはわからないけれど、友達の“ドッペルゲンガー”を見たんだよ」

「あの……」

「ん?」

「それがどうして“ドッペルゲンガー”だってわかったんですか?」

 どうしても疑問だったのだ。どこかで怪物に出会うことは別に不思議じゃない。確率は低いかもしれないが、出会うことだってある。それは僕も仕事以外で遭遇することもあるから納得できることだ。でも岸谷がどうして“ドッペルゲンガー”だと視認できたのか。それがわからなかったのだ。

「ああそれか……確かにそれがどうして“ドッペルゲンガー”だとわかったのかって話か。よくある話だと、違う場所で友達を見かけて後からその友達に聞いてみればその場所にはいなかったって流れになるんだろうけど、俺の場合は違ったんだ」

 僕の問いに岸谷はすんなりと答えてくれた。

「それが“ドッペルゲンガー”だとわかった理由はね――――本物の友達は俺の隣にいたからだよ」


 それは本当に例外イレギュラーな回答だった。


“ドッペルゲンガー”は本人そのものが視認する。もしくは本人以外が視認するという二通りある。そして“ドッペルゲンガー”を見てしまった本人は死んでしまうそうだ。

 岸谷は小学生時代、友人との下校途中にその“ドッペルゲンガー”を見たのだという。“ドッペルゲンガー”は一緒に下校していた友人に瓜二つであり、友人もそれを目撃していた。その“ドッペルゲンガー”はすぐに消えてしまったが、友人はそれを目が合ったと語り、そしてその一週間後に友人は交通事故で死んでしまったという。彼の目の前で。


「もしそれを“怪物”と呼ぶなら。俺の友達は“怪物”に殺されたことになるのかな?」

 頬杖を突きながら僕に問いかける岸谷の表情は至って穏やかだ。友人の死を過去の出来事としてもう整理できているのだろうか。

「僕からは……なんとも……」

 未熟な僕には判断材料があったとしても、それを判断することができなかった。



 三日後のことだ。また“口裂け女”に殺されたらしい死体が発見された。

 ロギはまた君原に叩き起こされ、職場に向かえばまたそれは怪物ではなく人の手によって殺されたものだと判断された。

「被害者がまた増えました」

「……前の死体の発見から一週間と明けずに出てきて、更には違う男のにおいだ。他のバカが真似し始めたな」

「可能性としてはありえます。この死体だけはサイトには上がっていませんから」

 君原の報告にロギは舌打ちを漏らす。ロギの機嫌は頗る悪いようだ。

「……他に報告は?」

アットからは、サイトの投稿者を特定するのはもう少し時間が掛かると」

「特定できたら連絡。俺も探すけど」

「わかりました」

「……見つけたら。俺がしていいよな?」

「はい」

 ロギは溜息を吐きながら部屋を出ていく。ロングカーディガンのポケットから煙草を出すのが見えたから喫煙所に向かうのだろう。僕と君原はそれを止めることなく見送ると、顔を見合わせる。

「ロギ……機嫌悪いです」

「それは見ればわかります。こうまでして続く殺人もそれこそ怪物の仕業だと思わせるような行動が気に入らないんでしょうね」

「あの……君原さん……処理って……もしかして」

「ええ。以前の医者のように――です」

「……」

「今回ばかりは殺人犯を擁護できません。本来であれば法によって裁かれるでしょうが、その人物があの医者のようにならないとは判断できませんし自分の行ったことが周囲にどんな影響を及ぼすかが計り知れないんです」

 以前、人為的に怪物を作り出すことに成功した医者がいた。人の大切なものを奪うことで、その人を精神的に追い込んでその憎悪から怪物にさせることを可能にさせた。それは僕たちにとってあまりにも衝撃なことだった。

 今回の殺人犯もあの時の医者のようにロギが殺すことになるんだろうか。

「真宮君」

 君原は僕に話しかける。

「今回の案件も、以前の医者のように人を殺すことになります。いつかは慣れないといけないことでもありますが、今はこの案件から抜けても構いませんよ?」

 彼女の意外な言葉に僕は目を見開いた。君原も僕のことを考えてくれているのだろう。

「君原さん。ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」

 でも、僕は仕事をしなくちゃいけないのだ。それが僕の役割だから。

「それに、ロギを止めないとまたやり過ぎるかもしれないから」

「……」

「本当にまずくなったら、僕だって逃げることもできますよ。だから心配ないですよ」

 君原に軽く頭を下げてから、僕もロギを追いかけようと部屋を出た。いつもの喫煙所に向かえば、ロギはそこにいた。何本目の煙草だろうか。火をつけてすぐぐらいの煙草を口に咥えていた。

「ロギ」

 喫煙所には入らずガラス越しにロギに話しかける。ロギも僕のこと気づいたようで、視線をこちらに向けてきた。

「……」

「君原さんが、僕はこの案件から抜けたほうがいいんじゃないかって言ってた」

「あいつもそういうことは気にするタイプだからな」

「でも僕は仕事するよ」

「それはそれは」

 ロギのその言葉には感情は含まれていない。僕が仕事を続けることに驚いてはいないようだった。

「ロギがやり過ぎないように見ておかないといけないからね」

「そこまで頑張らなくていいよ。どうせ、今回はそのをやらないといけないからな」

「……知ってる」

 結局は殺さないといけないのだから。“”ではなく、『』をなのだ。その時点でやり過ぎている。

「犯人の目星はついてるの?」

「死体に残ったにおいで追うのは無理。せめて共通点とかあれば絞れるんだろうけどな」

「じゃあ@の報告待ち?」

「他に情報出ないなら」

「そっか……」

 ロギは吸い切った煙草を灰皿に投げ捨てると喫煙所を出る。

「俺の仕事が全然終わってくれない」

「ロギの心配はそこなんだね」

「むしろそこしかないわ。何度も君原に叩き起こされるこっちの身になってほしい」

 それはロギがすんなり起きないのとすぐにサボろうとするからだ。自業自得だろう。どうしてもそこはフォローできない。

「シンギはこの後どうするんだ?」

 話題が変わってロギは僕にこれからの予定を聞いてきた。

「この後……特にやることないから、喫茶店にでも行こうかなって」

「そう……じゃあ、俺は先帰るぞ」

「うん」

 ロギと別れて、僕はいつもの喫茶店に向かうことにした。



「やあ真宮君」

「……」

 職場を出て少し歩いたところで僕は岸谷と出会ってしまった。

「ロギは見かけたんだけどすぐに逃げられてね。でも真宮君が一緒にいなかったからまだこっちにいるかと思って張り込んでたんだ」

 悪びれない笑顔で、あまりにも正直に述べるものだからガクッと肩を落としてしまった。

「岸谷さん。こういうのって本当は言わないほうがいいんじゃないんですか?」

「そうかい?でも俺は相手を選んでいるからね。君には正直に言おうと決めたんだよ」

「僕がロギにチクらないとでも?」

「真宮君はそういうことはしないとわかっているからね」

「僕を過大評価し過ぎなんじゃ……」

「だって、ロギが帰った後に俺と話をしてそのことをロギに話していたのなら寄り道なんてさせてくれないだろ?」

「……」

 確かにロギが本当に岸谷に会わせる気が無いなら、予定なんて聞かずにさっさと連れて帰っているだろう。つまり、予定を聞いて寄り道をすることを了承している時点で、岸谷に会っていることを黙認しているのかもしれない。

「さて、今日も俺に付き合ってもらおうかな。珈琲の一杯ぐらい奢るからさ」

「……じゃあ僕も聞きたいことがあるので」

「いいよいいよ。俺に答えられることならね」

 どうせ喫茶店に向かうのだし、岸谷にも聞きたいことがあったから丁度いいと、自分に言い聞かせることにした。

 僕がいつも立ち寄る喫茶店に入れば飲み物を注文してから店内の隅の席に岸谷と座る。岸谷が料金を支払ってくれるので素直に甘えることにした。

「で?俺に聞きたいことって?」

「……?僕に聞きたいことがあったんじゃ?」

「俺に関りを持とうとするなら少なくとも怪事件関連のことだろ?なら、取材ついでに聞くほうがお得かなって」

「……」

 絶対そっち目的で僕に近づいたなこの人。

「えっと……前に“口裂け女”に殺されたらしい人の死体がサイト?に上がってるって話があったじゃないですか」

「ああ、結局は人の手によるものだってやつだったね」

 ここまで話してどこまで話そうか悩んでしまう。

「真宮君、俺は一応秘密事は守るよ?でないとこうして記者になれないわけだし。これが記事のネタにはならないのは変わらないことだから書くつもりもないし、全部話してくれよ」

 聞きたいことがあると言っておきながら自分の立場を思い出してしまって口を噤んでしまった僕を見て岸谷は助け舟を出すようにそう話した。

「それは……その……」

 それでも言い出せないのは僕にまだその決断ができないからだ。青葉あおば折瀬おりせはもう事情を知っていたから問題なく話すことができていたから隠すこともあまりなかったし、ロギが勝手に話を進めてしまうから僕が口を開くこともなかった。ロギに今まで頼りっきりになっていたのがここで祟るとは思ってもいなかった。

「うーん……じゃあこういうのはどう?」

 それでも僕が話そうとしないのをなんとなく察したのか岸谷は少し考えてから提案するように口を開いた。

「俺はもちろん秘密は守るよ。シンギの思っていることを話して、それに俺がアドバイスする。その後ロギに話すかは自分で決めればいい」

「……それなら」

 後々になって考えてみれば相談事に見せかけて仕事の話を聞き出そうとしているということなんだが、僕は見事に言いくるめられたのだった。

「サイトの投稿者じゃない人が同じような殺し方をしたみたいなんです」

「……というと?」

「同じ殺され方をした遺体が見つかったんですけど、ロギは殺したのは違う人だって言ってて、岸谷さんが言ってたサイトにもその被害者の写真は上がってなかったみたいで……」

「なるほど、“口裂け女”の模倣犯の模倣犯、というわけか……」

 真面目な表情で呟く。

「このままだと収束がつかなくなるんじゃない?」

「そのことで、ロギも余計に機嫌悪くなってて……」

「うーん……まずはサイトの投稿者を考えようか。一旦、『模倣犯の模倣犯』はよそ者としよう」

 岸谷は少し考えるしぐさを見せてから口を開く。

「サイトが開設された時、それこそ噂を聞いて俺はそのサイトを見たんだ。ふざけた内容ではあったけど、画像自体は本物だったからね。最初は俺だって、本当の“口裂け女”だと思ったよ……思ったけど、よくよく考えれば、その“怪物”がネットなんて使うのか?って考えに至った。最近の電話を使うような都市伝説の怪人とかは別としてね」

「まあ考えてみればそうですよね」

「それでしばらくすればニュースで同じ死因の遺体が発見されたわけだ。本当の都市伝説様に失礼だよね」

「……僕としてはその都市伝説様にも、もう少し大人しくしててほしいです」

 仕事もだが、被害者はいないほうがいいに越したことはない。

「まあ、実際に被害者が出てしまうのは俺としても嫌だとは思うよ。それで、サイトなんだけど、今は閉鎖されたりとかで投稿頻度はかなり不定期になってたけど、開設されてすぐの頃は毎週金曜日に写真が投稿されてた」

「金曜日……?」

「一応俺もそのサイトを追いかけてたんだよ。そしたら毎週金曜日に写真とメッセージが投稿されていた。今は閉鎖されてどこかでまた開設してのいたちごっこだからかなり不定期になってるけど、調べてみたら被害者が出る周期は変わってない」

「……じゃあ、その投稿者はまた投稿するために殺してはいるってこと?」

「おそらくね」

 これはかなり大きなヒントになるんじゃないだろうか。

「これで捕まえられるかも……」

「何とかなりそうかい?」

「ロギに話してみないとなんとも言えなけど……」

 カフェラテを一気に飲み干して僕は席を立つ。

「岸谷さん。アドバイスありがとうござます」

「うん。また今度、何かあったら教えてね」

 どうも僕は頼れる大人というものに懐いてしまったらしい。


 店を出て自然と早足になってそれからは自宅まで走っていた。自宅に戻れば、荷物も置かずにリビングのソファーで横になっていたロギに駆け寄って思いっきり体を揺らした。

「な、なに?」

 さすがのロギもこれには驚いたようで、目を丸くしていた。

「岸谷さんがサイトのこと教えてくれた」

「は?」

「毎週金曜日に死体の写真を投稿してたらしい」

「……」

「今は閉鎖とかあって不定期になってるけど、被害者が出る頻度は変わってないから対して間を開けずに殺してるんだ」

「……で?」

「えっと…これで絞れない?」

「……」

 ロギは僕の話を聞き終えればため息を吐いてからテーブルに置いてある煙草を手に取った。

「シンギ、あいつに何を話した?」

「えっと……」

「あいつはオカルトに関しては真面目に答えるだろうな。だけど、その代わりにシンギは仕事の話をしなくちゃいけなくなったわけだ」

「でもっ……秘密は守るって、記事にも書かないって……」

「だろうな。でも俺たちのことを見られるわけだ。つまりは俺たちの秘密が知られる」

 咥えた煙草に火を点けながらロギは僕を睨んだ。

「お前なりに解決しようとしてんのはわかるけど、もう少し考えてから俺に話せ。あのオカルト記者との関わりをやめろとは言わねーが、もし不必要なことまで喋ればあいつは処分対象になる」

 何とも形容し難い感情だった。悔しいような悲しいような。誰よりも早く得られた情報だったから舞い上がっていたのかもしれない。

「……@には報告しておく。サイトの投稿者が特定できたら仕事だ。それまではお前も学生やってろ」

 学生の本分は勉強だと。ロギに言われてしまった。



 それからアットからサイトの投稿者の特定ができたと連絡が入ったのは一週間後の金曜日のことだった。サイトが削除されまた別のところで解説してといういたちごっこを繰り広げている時はネットカフェでサイトを上げていたようで特定できなかったが、岸谷に教えてもらった毎週金曜日に投稿していたということからログを漁ってそれでようやく見つけた。要約するとそういうことらしい。

 ロギは一人で片付けようとしていたが僕もついて行くと頼んだ。君原にロギがやり過ぎないように見張っていると言い張ってしまった手前、ここで身を引くわけにはいかないからだ。

 するとロギはそれを拒否することなくこう言ったのだ。「あのオカルト記者も呼んどけ」と。

 いったいどういう風の吹き回しだと言いたくなったが、絶対に嫌な予感しかしなかった。でも仕方なく呼ぶことにした。岸谷に改めて会った時実は彼からもう一枚名刺を貰っていた。なんせ初めて会った時はロギがその名刺を自宅に帰った途端燃やしてしまったのだ。そのことを岸谷に正直に話したら僕に改めて渡してくれた。ちなみにロギには内緒でと念を押されて。

 その岸谷に連絡をしてみれば二つ返事で来ると言ってくれた。

 ロギにそのことを伝えて、彼のバイクに乗って移動したのは住宅街だった。

「@の話だと、そのサイトの投稿者は今はこの辺りに住んでて、今日は金曜日。もし周期を変えていないなら曜日だって変えてないはずだ。っていうのがあいつの言い分」

 エンジンを切ったバイクを路肩において、ロギは歩き始める。僕はそれについてきながらロギの話を聞いていた。

「@さんの?」

「そ。俺としてはもう特定してんだからそいつの家行けば終わりだと思ってんだけど」

 しばらく歩いてロギは立ち止まりとある一軒家を見上げる。この家が件の投稿者の自宅何だろうか…。

「事故物件でも作る気?」

「……」

 僕の言葉にロギは少し考えてからまた口を開いた。

「家ごと燃やそうか」

「うわあ……」

 しばらく歩いていると後ろから足音が聞こえて振り向く。岸谷が小ぶりのデジタルカメラを首にかけてこちらに手を振りながら歩いていた。

「仕事を見せてくれるのかい?」

「サイトの投稿者の顔を拝ませてやるだけだ。あと写真は撮るな。下手に周りに気づかれる」

「わかってるよ。今回は大人しく見学するさ。職業柄、カメラを持っていないと落ち着かないんだよ」

 ロギは面倒そうにため息を吐きながら岸谷に背を向けると歩き始める。僕と岸谷はその後ろをついていく。

「そのサイトの投稿者を見つけて、どうするの?」

 岸谷の問いに僕は彼を直視できなくて視線を逸らしてしまった。

「……捕まえて終わり、とはならないみたいだね」

 それだけで全てを察してしまったのか岸谷はそう言った。

「……あの」

 僕は岸谷に話しかける。

「今回はその……ロギが何かしでかしても、何もしないで、何も言わないでください」

「仕事の邪魔をするなってこと?取材なんだからそういうことはしないよ?」

「そうじゃなくて……えっと……」

 僕がどう話をしようか悩んでいると、僕たちの前を歩いていたロギがこちらを見ていることに気づいた。

「……ロギ?」

「……」

 ロギは少しの間僕を見てから呆れたようにため息を吐いた。

「――お前さー」

 何か言いたそうにして口を噤むと、ロギは岸谷に視線を移した。

「俺がこれからやるのは、そのサイトの投稿者を捕まえることじゃない。警察に任せられることでもないからな」

「――……じゃあっ」

「そこで『やめるように説得する』って考えが浮かばなかったお前はそうとう優秀だな」

 きっとロギが考えていることに岸谷は気づいてしまったらしい。この人は察しが良すぎる。僕がわかりやすかっただけだと思っていたけど、ロギのあの言葉で全てを理解しているようだった。

 しばらく歩いてロギは足を止める。

「……シンギ、お前はそいつと一緒に居ろ」

「ロギ?」

「俺、一人でいい」

 ロギはロングカーディガンの中に隠しているククリナイフを一本取り出せばゆっくりと前へ進む。その先にいるのはパーカーのフードを目深に被る人物が一人。あれがロギの探していた人物だろうか。

 ククリナイフを構えながら歩いていたロギは次第にそのスピードが速くなる。音もなく走ってその人物の背後にまで駆けよれば、ククリナイフのグリップで後頭部を殴った。その衝撃で殴られた人物は頭を押さえてアスファルトに倒れ込む。

「うわ……」

「あー……」

 それを離れたところで見ていた僕たちは思わず声に出してしまった。

「お前が“口裂け女”だな」

 殴られた人物のフードをロギは無理矢理剥いだ。そこには社会人くらいだろうか、結構若い見た目の男がロギを見上げていた。

「まったく……普通に人殺してくれれば俺たちが出ることもなかったのに手間かけやがって……」

 ロギの様子を少し離れたところで見ていたが、僕はちゃんと犯人の顔を見ようと駆け寄る。よく見れば男の手元には裁縫用の裁ち鋏が落ちていた。

「……」

 男は状況がわかっていないのか呆然とロギを見ていた。だが、何かに気づいたように口角を上げたのだ。

「は、ははっ……本当に居たんだ!」

 それはあの時岸谷と初めて出会った時と同じような表情だった。ああ、これはまずい…。そんな考えが頭を過った。この状況に既視感を感じたのは岸谷に初めて会った時ではなく、怪物を作り上げていた医者だった。

「都市伝説を殺す存在!“口裂け女”の真似事をしてれば来ると思ったんだ。だから――」

「だから?“口裂け女”の真似事をするようにして人を殺しまわったと?存在を知らせるためにサイトにまで写真を投稿して自分のことを知らしめるために?」

 ロギは男の言いたいことが分かったのか呆れたようにため息を隠すこともなく吐いた。それが気に入らないのか男の表情は歪む。

「なんだよ……気に入らないとでも言いたいのかよ」」

「ああ気に入らないよ。もう一つ言ってしまえばあまりにも馬鹿々々しい。お前みたいなよくもわからない、正真正銘の得体の知れないものに触れたがるバカの気持ちなんてわからないしわかりたくもない」

 別に彼は怒っているわけじゃない。機嫌が悪いだけだ。だってこれはただの愚痴だから。

「それでお前らが勝手に自滅するのはいいけど、仕事を増やされて困るのは俺たちだけじゃないんだよ」

「は?何を言って……」

「俺たちは本来のものとは違う仕事を担当させられてイラついた。でも本来を……は自分の仕事を邪魔されてどれだけイラついただろうな?」

 そこまで話したところで遠くから音が聞こえる。

 シャキンと擦れるような金属音。コツコツと響くヒールの音。

 このタイミングで来てしまったのだ。

 本物の“口裂け女”が。


『ワ…ワタ、シ……キ、キ、レイ…イイ、イ………?』


 ふらふらとこちらへと向かって歩いてくる“口裂け女”の姿に男は「ひっ」と声を上げた。

「な、なんだあれ!?」

「何って。お前が成り代わってた“口裂け女”だよ。良かったな。魑魅魍魎に会えて」

「は?そんなものいるわけ……」

「その都市伝説を殺す奴がいるなら、“化け物”だっているに決まってるだろ?」

 当然のことのようにロギが言ってしまえば、そのまま男から少し距離を置いた。

「俺が片付ける予定だったけど、今回は譲ってやるよ」

 ロギの言葉が通じたのかわからない。だけど“口裂け女”はその言葉に導かれているかのように恐怖で動けなくなってしまっている男へと近づいた。

「ひっ……く、来るな!?」

 男は慌てたように後退って、持っていた裁ち鋏を振り回す。しかしそれを気にせずに“口裂け女”は近づいて持っていた大きな鋏を動かした。バチンっと音が短く響いたと同時に、鋏が男の手首ごと落ちた。

「え……?」

 男の腕が“口裂け女”によって切り落とされていた。だが、今の状況に男は理解できていないようだった。

『ワタシ……キレ、イ……?』

“口裂け女”はなおも質問を続ける。自分のマスクに手を掛け、男に見せつけるように剥ぎ取った。耳までぱっくりと裂かれた口が弧を描いて男に微笑みかけていた。

『ワタシ、ト……オナジ……ニ、シテ、アゲ……ル……』

“口裂け女”はまるで喜びの感情があるような語りで男に話しかけた。

 それからは一瞬だった。瞬きをする間もなく男の首が垂れた。ぱっくりと口が耳まで裂かれていた。

『アハハ……ワタ、シ、ト……イッショ……』

“口裂け女”は満足そうにそう言う。

『ムコウ、デ……アイマ、ショ……?』

 その姿が真っ黒なシルエットに変わり、砂のように崩れて形が消えていく。“口裂け女”が完全に消えればそこに残ったのは口が裂かれた男の体だけだった。

「……ロギ、この人って」

「“口裂け女”に殺されて死んだ」

 僕の問いにロギは淡々と答えた。

「俺が殺す予定だったんだが、面白い結果になったな。“口裂け女”もこいつを恨んでいたらしい」

「……なんかあの“口裂け女”は感情があるように見えたよ」

 まるであの男を仲間だと意識していたようにも思えるくらいに。

「下手に考え込むな。あれの理解なんてしようとするだけ無駄なことだ」

「そう、だね……」

 それから遅れて岸谷が歩み寄ってきた。首に下げたデジタルカメラは電源が切られたままだ。

「こっそり写真の一枚でも撮ろうと思ったけど……体が動かなかったよ。俺もまだまだだな」

「そんなことしてみろ。お前を殺す」

「ははっ……まあ、これは記事にはできないからなぁ……」

 そこまで話して、岸谷は事切れた男を見下ろす。

「……死体を見るのはこれで二度目か」

「岸谷さん、大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ。……あの時も不思議と騒がなかったな」

 懐かしむように言う岸谷の言葉を聞きながらロギはスマートフォンを操作している。おそらく君原に連絡を入れているんだろう。この男の処理も含めて。

「……シンギ」

 連絡が終わったのか呼ばれた。

「俺はもう少しここに残るから先に帰れ。ここからならお前も帰れるだろ?」

「うん、大丈夫」

 ロギは多分君原と合流して仕事をするんだろう。なら僕はその邪魔をしちゃいけない。事後処理はまだ僕には早い。

「岸谷さん。行こうか」

「そこに俺が残ってるのはまずいか?」

「君原さんが怖い人だから」

「それは嫌だな」

 僕は途中まで岸谷と帰ることになった。



 結局のところ、大元だった“口裂け女”に成り代わっていたサイトの投稿者が死んだことでサイトは更新されなくなり、更にはアットの活躍でサイト自体も消され、今まで投稿されていた死体の写真もほとんどが削除された。

 だけど、ほとんどであり、例えばそのサイトを見た誰かが個人的にデータを持っている可能性も捨て切れずにあるため100%とは言い切れないのが現状だ。

 誰かが写真をアップしたら削除する。それが@にできる最低限の対策らしい。

 ただ、それで殺人が落ち着いたかというとそうでもない。数は確実に減ったが未だに“口裂け女”に殺されたように偽装された死体は今も発見される。

 模倣犯というものが存在し、それが新たな噂を招きかねない状態である以上、僕たちの仕事は今も終わっていない。

 とはいえ、ここから先は警察の仕事だとロギは言った。本音を言ってしまえばもう面倒だからやりたくない。らしい。

 正直、僕も同じ意見だ。人間が起こす事件なら、本来警察が担当する仕事だ。君原も同じ意見だったのかロギの言葉に反論はしなかった。

 それから岸谷について。

 彼のことは職場には報告していない。ロギもしていないようだった。記者である以上、秘密は絶対守ると彼は言っていた。

 試しに買ってみた新刊のオカルト雑誌には、この事件については一切書かれていなかった。約束はしっかりと守ってくれているようだ。その代わりに書かれていたのは“こっくりさん”だった。

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