第6話 “NNN臨時放送”
突然訪れる死の予言。
デュラハンが家に訪れて死が近い人物にバケツ一杯の血を被せるのと同じもの。NNN臨時放送。番組名「明日の犠牲者」。
僕はそれに振り回された。
僕は
NNN臨時放送と聞くと、ニュース番組を連想される方が多いかもしれないが、一昔前は、ネットで話題になったとある都市伝説が連想されていた。
それがNNN臨時放送。番組名は「明日の犠牲者」。
その名前の通り、明日犠牲になる方々の名前をスタッフロールのように挙げていくものだ。目撃したという当事者の証言では「夜中、放送終了しているテレビ画面にカラーテロップが入り、クラシック音楽をBGMに工場やごみ置き場の写真が映りたくさんの人の名前がスタッフロールのように流れる」というもの。
そしてそれが流れ終わった後、最後に「明日の犠牲者はこの方々です」とテロップが流れ、放送が終了する。
テレビ局ではこういった番組を流すはずは全くなく、デマであることは間違いないとされる。しかし、こういったことが噂としてネットを賑わせた原因はもちろんテレビ放送によるものだ。
過去に多くの犠牲者を出した飛行機墜落事故で犠牲者の特定をするために、その飛行機に搭乗していた搭乗者の名簿に書かれていた名前を挙げていくということがあった。それが体験者自身の記憶の混同によるものや、夢体験を長い期間を経て実体験と勘違いしてしまっていたなどで都市伝説となったのではないかと推測される。
実際、クラシック音楽は深夜放送においてイージーリスニング系の音楽を流すことは実際にあるし、とある県ではその日の犠牲者の名前を挙げる番組が深夜放送で存在する。そういったものも都市伝説のソースの一つとなっているのかもしれない。
「明日の犠牲者はこの方々です」。デマであったとしても、不気味な話である。
――――――――――――――――――――(月間オカルトタイムズ、
夏休みのとある日の夜。たまたまその日はテレビでホラー映画が放送されていた。夏休み用に出された課題を片付けるためにずっとリビングにいた僕と、その後ろのソファーに座っていたロギはそれを何となく見ていた。大したコメントもリアクションもなく、僕たちはいつの間にか眠っていた。それから僕が目を覚ましたのは、ザーと砂嵐が流れる音が聞こえたからだ。
テーブルに突っ伏して眠っていた僕は若干痛む体を起こすと、砂嵐が流れるテレビ画面をぼんやりと眺める。それから思考が冴えてきて、深夜テレビは砂嵐が流れるものだったかという疑問が出てきた。
そうそう夜更かしなんてしないが、深夜放送となるとバラエティー番組が終われば大半がテレビショッピングの番組が始まるはずだし、もしくは砂嵐ではなく放送中止中のテロップとそのテレビ局のロゴが入ったイラストが延々映っているはずだ。だから砂嵐の映像がずっと映っているなんてことはありえないと思ってしまった。
「……?」
よくわからないままテレビの電源を消そうとリモコンに手を伸ばしたところで、砂嵐の音が止む。それからか細く、雰囲気の暗いクラシックが流れ始める。それに驚いて手を止める。
それから砂嵐の映像がどこかの工場のような白黒写真が映りだし、いろんな人の名前が年齢と一緒にスタッフロールのように下から上へと流れ始める。
テレビ局のスタッフでも紹介してるのだろうかとぼんやりと眺めていて、それが5分程経ったかと思ったところで最後尾の名前が見え始める。かなり長かったと思っていたらそこに、見慣れた名前が見えたのだ。
『
その名前が流れ切りそれから画面の中央に現れた字幕を見て僕は思わず息を呑んだ。
『明日の犠牲者はこの方々です。おやすみなさい』
その字幕が消えた途端、一瞬の砂嵐の後にテレビショッピングらしい番組が流れた。どうやら、妙な空気はなくなったらしい。商品紹介をしているスタッフらしき男がテンション高く喋っている。
『明日の犠牲者はこの方々です』
その言葉が異様に頭の中に残っている。僕は怖くなってロギを見た。
「…ロギ、ロギ!起きて!」
思いっきり揺さぶって、叫ぶように眠っている男の名前を呼ぶ。
さすがのロギもこの起こし方で起きたようで、眉間に皺を寄せながら目を開ける。
「うるさい…夜中なんだし…」
不機嫌なのはわかっているが、僕には余裕なんてない。
「ロギ、テレビ…」
「テレビ?」
「名前、いっぱい出て…明日の犠牲者って…それで、青葉の名前が……」
僕の覚束ない説明を聞いたロギは少し間を置いてから、欠伸をしながら体を起こした。
「珍しい目撃談だな」
「ロギ?」
「“NNN臨時放送”」
ロギの言葉に僕はわからず首を傾げる。
「昔ネットで話題になった都市伝説の一つ。深夜、突然どっかの場所の写真が映って、それから人の名前が流れる。それで最後に『明日の犠牲者はこの方々です』と締めくくって終わる。シンギが見たやつはそれだな」
ロギの話に僕は頷く。
「“NNN臨時放送”もしくは、“明日の犠牲者”っていう名前でネットに広がった。で、それはその名前の通り、明日犠牲になるやつの名前が挙げられてるんだ。明日死ぬ奴らだな」
ロギはスマートフォンを見て時間を確認する。
「0時過ぎ……今日の犠牲者がお前の見た名前の奴ら。青葉君がそこに入っていたんなら、今日何らかの原因で死ぬ」
ロギの淡々とした説明に僕は必死になって掴みかかりたくなるのを堪える。友達が死ぬかもしれないという事実を受け入れたくないからだ。
「……それ、どうにかできないの?」
どうにか言葉にできたそれを聞いたロギはため息を吐く。
「あのテレビの厄介なところは滅多に放送されないこと。仮に放送していたとしても目撃例が少ない。そして放送を止める術がない。なんせ、ただ明日死ぬ奴らの名前を並べてるだけだからな。怪物に殺されるやつらも含まれてるかもしれないが、大半は、事件、事故、病気、寿命etc……いろんな理由で死ぬんだから俺たちが止めようにも無理な話だな」
「そんな……どうすれば……」
「……明日、青葉君の傍にいてやればいいんじゃねえの?」
「それでいいの?」
「とりあえず、明日死ぬんならできるだけ回避させればいいだろ?それでだめならそこまでだけど」
「……うん」
あまり納得はいっていないが頷く。回避させることができるかもしれないなら、やるしかないのだ。
このせいで僕はあまり睡眠がとれずに朝を迎える。
自分の部屋にエアコンがないから蒸し暑さで目を覚ます。深く眠れた感覚もなければ、気持ちのいい目覚めでもない。とりあえず、エアコンのあるリビングへと行こうとベッドから這い出る。
リビングに入ってすぐにむわっとした湿気の籠る熱気が体を覆った。思わず「うわっ」と声を出して驚くと、リビングのソファーでロギが死んでいるのではと疑ってしまうように足を投げ出して項垂れるように座っていた。
「……ロギ?エアコン点けないの」
エアコンを見れば電源は点いておらず、リビングが蒸し暑かった原因がすぐにわかったが、どうして電源を点けないのかと問いかける。
項垂れていたロギはその頭を動かして僕を見ると、テーブルに置いてあったエアコンのリモコンを掴んで投げて寄越した。それを落としそうになりながらも受け取ると、よくわからないまま冷房の起動ボタンを押す。ピッとリモコンから軽い音が聞こえたが、エアコンが起動する気配がない。本当にわけがわからなくて僕は首を傾げた。
「……ロギ、これどういうこと?」
「……壊れた」
「……はい?」
「エアコンがぶっ壊れました」
「……え?」
「俺だって、最初はリモコンの電池切れだと思って取り換えたんだよ。それでも動かなくて、どっちかが壊れてんだろうなと思って修理業者に連絡したら修理に来るのは午後からときた」
溜息を吐くと、ロギはソファーに横になる。この暑さのせいで眠れそうにないけど。窓を開けたところで温い風しか入ってこないのだ。
「……とりあえず、俺は外出れないから、お前は青葉君とこ行ってきな」
「うん」
僕は頷くと、まずはシャワーを浴びようとリビングを出た。
青葉に連絡がとれるか電話してみれば、部活がしばらく休みなので遊べると返事がきた。集まって一緒に課題を片付けようということになり、僕は急いでリュックに荷物を積める。準備している時にロギに言われて拳銃とサプレッサーも一緒に入れれば、学生証とICカードの定期券をポケットに突っ込んで家を飛び出した。
駅のホームを潜って電車に乗り込む。電車に揺られながら青葉にこのことを言うべきか考える。前に仕事のことで黙っていたら怒られた。でも、今回は青葉が巻き込まれている。本当なら正直に言うべきだろうけど、その事実を認めたくないから黙っていたいとも思ってしまう。
結局答えが出ないまま目的の駅に着いてしまい、そのまま青葉が先に待っている喫茶店へと急ぐ。青葉が今日死ぬかもしれないとしても、いつ死ぬのかはわからない以上、なるべく早く合流する方がいい。
首に伝う汗を拭いながら走って、喫茶店に着けばドアを開ける。焦っていたせいかかなり乱暴に開けてしまった。
「いらっしゃい」と、店主の女性が声をかけたので軽く頭を下げると、青葉を探す。
「シンギー」
僕を呼ぶ声が聞こえてそこに視線を向ければ、店内の奥の壁際の席に青葉が座っていた。
「汗だくだけど走ってきた?」
席に近づけば、青葉は僕の様子に気づいたようでどうしたのかと首を傾げている。
「あー……ちょっとね。今日暑いし」
結局、僕は青葉に本当のことを話せる自信はない。本当のことを言えずに誤魔化した自分に対してそう悟る。
「今日も暑いけどさ。汗張り付いて気持ち悪いだろ」
「まあね。シャワー浴びてきたけど、すぐに汗かいたよ」
「ほら、汗拭きシート持ってるから使えよ」
青葉がエナメルバックから出したメンズ用の汗拭きシートを渡してきたのでありがたく使わせてもらう。
さっきから不快感を抱いていた首筋に伝う汗を拭きながら、青葉の近くに松葉杖があることに気づいて今度は僕が首を傾げた。
「その杖って青葉の?」
僕がそう問いかけると、青葉は気まずそうに頬を掻く。
「ちょっとなー……話すから、その前に飲み物頼んで来いよ」
「え……うん。わかった」
青葉に言われて、僕はリュックから財布を出すと飲み物を注文しにカウンターへと行く。アイスカフェラテを注文して、少し待ってそれを受け取ると席に戻る。青葉の向かいの席に座ると、青葉は自分の足元を指差した。その指差されたところを見ると、彼の右足が見えた。青葉がズボンの裾を引っ張り足を見せる。脹脛に包帯が巻かれていた。
「怪我?」
「肉離れ」
僕の質問に青葉が答える。予想の範囲外の回答に僕は驚く。
「大会中にやらかした。軽度のやつだったから手術みたいな治療は必要ないんだけど、走るのは当分無理。歩くのはまあ問題ないけど、杖は念のため使えって」
「それって大丈夫なの?」
肉離れはテレビでの知識でしか知らない僕にとって、それが本当に大丈夫なものなのかわからずに僕は聞く。
「大丈夫だって。ただ大袈裟に見えるだけで、すぐ治るって言われたし。まあ……顧問には夏休み中の練習はストップって言われたけど……」
青葉にとって肉離れより部活の練習に参加できないことがショックだったらしい。そのことで項垂れるの彼を見て僕は本当に大丈夫なんだと息を吐いた。
「筋トレとかは?」
「それも自粛しろって……」
「歩けるだけよしとしようよ。酷かったら走れなくなるかもしれないよ?」
「そりゃあ、俺だってそうならないようにストレッチとかしてるわけだし。それでも怪我はするけどさ」
拗ねるように言いながら青葉は課題のノートを広げたテーブルに突っ伏す。今の青葉にこの話題は禁句らしい。
「……青葉、課題片付けようか」
「……おう」
僕もテーブルに課題のプリントを広げて、問題を解き始める。とりあえず、今は青葉と一緒に居るのだから、何かあってもすぐに対応できるはず。そんなことを頭の隅に留めながら。
「シンギー」
課題を片付け始めて30分程経って、青葉が僕に話しかけてきた。
「何?」
「今日って仕事休み?」
「……一応休みだけど」
緊急で呼び出される以外は。
「じゃあさ、今日家に来ねえ?」
「……え?」
「いやー、昨日ホラー映画やっててさ、録画してるから一緒に観ようかと」
「……昨日やってたやつ?」
「おう。俺まだ観てないからさ」
「僕もう見たんだけど」
最後まで観ないで寝落ちしたけど。
「いいじゃんよー。俺が観てないから観ようぜー」
「もしかして一人で観れない?」
「……いや、騒ぎながら観たい」
「……わかったよ。一緒に見る」
「やったっ!じゃあ、今日泊ってけよ。親いないし」
本音を言えば、青葉の危険を回避するためにも今日一日は青葉から離れないようにしたかったから丁度いい。もし誘われなければ、家のエアコンが故障したことを口実に泊まろうと思っていたのだ。
「行くけど、課題片付けてからね」
「わかってるって」
飲み物を二回注文して課題をある程度終わらせる頃には夕方になっていた。
「そろそろ移動するか?」
「そうだね。続きは青葉の家でやるよ」
課題のノートやプリントを片付けると店を出た。涼しい空間から一転して蒸し暑い外に出る。
「あっつ……」
「うわー……」
気が滅入るのがすぐにわかった。早く涼みたくて自然と早足になる。すぐに駅に移動して電車に乗り込む。青葉の家の近くの最寄り駅に着くまで少し時間がかかる。
「親今日いないの?」
「そ。仕事で二人とも出張ってやつかな」
「共働き?」
「いや、母さんは大学で学生として栄養学勉強してんの」
「へえ……」
「こういう出張についていくのも父さんの飯の管理が目的だと思うけどね。母さん俺にも厳しいから」
「まあ、陸上やってるしね」
「俺もここまで厳しくなるとは思わなかったよ。中学の時に陸上にハマって続けるって報告した途端一気に変わったもんな」
「うーん……なんか難しそう」
「まあ、陸上やるって言ったら母さん陸上のこと調べ始めてそれに必要な栄養とか食べ物とか調べてたからね。かなり期待してる感じに思えるよ」
「その話聞くと、なんかプロ野球選手の食事管理してる奥さんみたいなかんじがする」
「あー……その考えで合ってると思う」
そういう母親の支えを青葉は嫌がっていないらしい。割と感謝しているそうだ。
電車の冷房で体の汗も引いたころ、目的の駅に到着した。電車を降りて駅を出ると、周りにあるのは大きな家が建ち並ぶ通り。マンションも少なく、アパートは無いように思える。
「青葉の家は?」
「もうちょっと歩いた先」
青葉が普通に歩き出したのを僕は少しおどおどしながらついていく。それからしばらく歩いて、青葉が立ち止まったのは周りの家に負けず劣らずの二階建ての一軒家だった。
「ここ?」
「うん」
「家が大きい」
「そうか?」
「青葉の家って金持ち?」
「普通だと思うけど?」
青葉が門を開けて玄関の鍵を開けると、中に通された。二階に上がって彼の部屋に案内されると、青葉の部屋は僕の部屋より広い。
「広い……」
「そうか?」
「テレビある」
「試合とか観たり見直したりするからな。ホラー映画もこっちのテレビで録画したし」
「冷蔵庫がある」
「そうだな」
「エアコンも……」
「あるね」
「お金持ちめ……」
「えー?」
荷物を適当に置けば、青葉は冷蔵庫からジュースの入ったペットボトルを取り出してテレビの前にあるテーブルに置く。それからエアコンをリモコンで操作して冷房を起動させる。
「エアコンで部屋冷えるまで少し時間かかるし、先にシャワーでも浴びようぜ」
「うん。着替え持ってきた」
「お前準備だけよくね?」
元々青葉の家に行く予定だったから、とは言えない。
「シンギ先入れよ。俺ちょっと時間かかるから」
「わかった」
青葉に場所を教えてもらって浴室に入ると、やっぱりなんかロギの部屋とは違う広さと家具の豪華さがある。
「……なんかなー」
有難く使わせてもらうけどさ。
僕が入浴を終えて青葉がシャワーを浴びている間に宿題の残りを片付けることにした。
30分ぐらいして青葉が戻ってきた。包帯を巻く前の彼の右脚は青くはれ上がっていた。
「痛そう」
「まあ、最初は痛かったよ」
そう言って青葉はベッドに座ると患部である足にシップを貼って包帯を巻いていく。だいぶ慣れた手つきだ。
「映画観る?」
包帯を巻き終えた青葉はテレビのリモコンに手を伸ばせばそう聞いてきた。でも僕たちは宿題を片付けなければいけない。
「宿題片付けてからね」
「……シンギってそういうところ厳しいよな」
「なんか……ロギを相手にしてると……」
「それはわかる」
わかってくれた。ロギは今頃くしゃみでもしているんじゃないだろうか。
「宿題片付けるか。悪いけど、俺はこっち使うな」
青葉が指差したのはデスクと椅子。確かに青葉は怪我をしているのだから、当然だろう。
「というか、そっちを使うべきでしょ。こっちに座ってきてたら殴るわ」
「一応怪我してんだけど」
苦笑しながら青葉は椅子に座ると、課題を片付け始める。僕も課題の片付けを再開すると、一時間ほど静かな時間が続いた。
一時間経って、青葉が課題を終わらせたのか伸びをしていた。
「終わったー」
「おつかれさまー」
「シンギは?」
「もう少しかな。明日片付ければ終わりそう」
「わかんないところは?」
「今のところは大丈夫」
青葉がスマートフォンで時間を確認する。
「映画観ようぜ」
「夕飯は?」
「終わったらコンビニで飯買えばいいし」
まあ、今はそこまでお腹は空いていないし。僕が頷くと、青葉はテレビのリモコンを手に取って操作を始める。その間に僕はテーブルに広げていた課題のプリントとノートや教科書をまとめてリュックの近くに置いた。
「シンギ、冷蔵庫にジュースとかあるから出していいよ」
「わかった」
青葉から許可をもらって、冷蔵庫を開ければスポーツドリンクと炭酸飲料が入っていた。
「青葉は何飲む?」
「コーラ」
「僕もそれ貰うね」
「おー」
コーラが入っているペットボトルを二人分出して冷蔵庫を閉めるとテレビ前のテーブルに戻る。
テレビは録画していたホラー映画をこれから再生するところだった。
「再生するぞー」
「おー」
途中で寝たから結末知らないからちょっとは楽しめるかな。
青葉が意外と怖がりなことを知った。
最近のホラー映画はドッキリ系のものが多い。登場人物が後ろを振り向いたらそこに幽霊が立っていたとか、ドアとか窓をバンバン叩いてくるやつとか、BGMで脅かしにかかるとか。
そういうのに青葉はとことんリアクションを見せていた。主に絶叫で。
絶叫を上げながら僕に抱き着いてきた耳がキンキンした。
「あー……怖かった」
「……耳が痛い」
「音量でかかったか?」
「青葉の悲鳴がうるさい」
「だって怖かったし」
「なんでそれで見たいなんて言うんだよ」
「怖いもの見たさ」
「そういうので痛い目見るんだよ」
「冒険心は大事」
「この場では迷言しかならないよ」
「シンギが厳しい」
「そこまで言うなら僕のおすすめを見せようか?」
「……遠慮しとく」
散らかったペットボトルと空になったお菓子の袋を片付けながら窓の外を見る。
空はすでに真っ暗だ。時間は夜の8時過ぎ。
「夕飯食べないとね」
「だな。俺も腹減った」
「叫び過ぎて?」
「まだ言うか」
青葉がエナメルバックから財布を取り出すと、パーカーのポケットに突っ込んだ。僕は教材を抜いたリュックを背負う。中に入っているのは財布と拳銃。念のためだ。
青葉と一緒に外に出る。蒸し暑さは未だにあるが、昼間よりは緩和されている。
「コンビニはこっちな」
松葉杖を突きながら青葉は歩き始める。
「コンビニ遠い?」
「遠いなー。こっから20分くらい?こんだけ家並んでんだからもう少し近くに置くとかしてほしいよなー」
「高そうな家が多いから、景観壊さないために置かないんじゃないの」
「えー……」
確かに、コンビニが近くにないのは不便だが、そういう考え方もあるだろうなと思ってしまう。
そんな時だ。
後ろから足音が聞こえた。こつっとヒールの音が耳に届いた。その途端。
背筋がぞくりとした。
こんなに蒸し暑いのに体が一気に冷えた。暑さで出ていた汗が冷や汗に変わった。
「シンギ?」
立ち止まった僕を不思議に思ったらしい青葉がこっちを見る。
その時に彼は僕の後ろにいる何かを見た。
「ひゅっ……」と青葉の息を吸う音が聞こえて、僕ははっとする。
夜中に見た“NNN臨時放送”で今日青葉は死ぬ。それが今なのかもしれない。なら僕は、それを覆さないといけない。
その思考のおかげで、どうにか僕の精神を保った状態でいられた。
すぐさま振り返る。
そこにいたのは“口裂け女”だった。
血錆びた鋏を持って“口裂け女”はこっちへと近づいてきていた。
「――ワ……ワタシ、キ、レ、イ……?」
ノイズの混じる声が僕の耳に響いた。
でも、僕はそれに構わず背負ったままのリュックからサプレッサーの付いた拳銃を取り出す。
無意識にスライドを引いてセーフティを外す。
青葉の腕を引っ張って僕の後ろに追いやる。転んだかもしれないけどそんなのに構っていられない。
拳銃を両手で構えて、近づいてくる“口裂け女”に照準を合わせる。ほとんど意識のないまま“口裂け女”の頭に照準が合った途端、僕は引き金を引いた。
バスっと乾いた音が小さく響き、発射された弾丸は、“口裂け女”頭に当たった。“口裂け女”の首が勢いよく後ろに反り、膝が折れてアスファルトに着く。そのまま倒れると、その形が崩れて、“口裂け女”は消えて聞く。
それがどれだけの時間が経ったのかはわからない。
気づいたら反射的にこの行動をとっていた。それが今の自分には納得のできる言葉だった。
“口裂け女”が完全に消えるのを見ると、今度は僕がアスファルトに膝を付いた。
必死過ぎて、感じていなかった恐怖や混乱が今になって頭を支配してきたのだ。
「シンギ?」
後ろから青葉が僕を呼ぶ声が聞こえる。でも、僕はそれに答えることができない。それくらいに僕の頭は混乱していた。
「シンギ……とりあえず、帰るぞ?」
青葉が僕の手から拳銃を取り上げた。それを慎重に僕のリュックにしまったらしく、ジッパーの閉まる音がした。それから彼は僕の腕を引いて家へと歩き始める。それまで僕は何も言えずに俯いていた。
家に到着してすぐさま青葉の部屋に通されると、僕はベッドに座らされた。それまでの間にどうにか周りを見れるくらいには落ち着いた。
「大丈夫か?」
「……うん。ごめん」
なんとか青葉の言葉に答える。
「あ、銃……よくわかんないままリュックにしまったんだけど……」
青葉に言われて僕はようやく背負っていたリュックを降ろす。中から拳銃を取り出して、とりあえず、外れていたセーフティを付ける。
「やっぱり本物だよな」
「うん」
「……あれも本物なんだな?」
僕は頷く。拳銃をリュックにしまうと、青葉に向き直る。
「青葉、ちょっと聞いてくれる?」
「シンギ?」
「ちゃんと話しておかないといけないからさ」
「……わかった」
僕は話すのは、夜中に見た“NNN臨時放送”のこと。それに青葉の名前が書かれていたこと。青葉が今日死ぬかもしれなかったこと。全部正直に話した。
「俺が死ぬかもしれなかった?」
「うん」
「それをシンギが助けたと?」
「そうなる……はず」
「すげえな」
目を丸くして青葉は僕を見ていた。それを見ているとなんだが真剣な雰囲気も消えてしまう。僕はそれに笑ってしまった。
「青葉ももう少しは緊張感持とうよ」
「だって実感持てないし」
「青葉らしいけどさ」
遅い夕飯を食べて、青葉と夜更かしでもしようかと話していた時、僕のスマートフォンに着信が鳴る。珍しいことにロギからの電話だった。
「ロギ?」
『青葉君は?』
なんの挨拶もなく、その一言が聞こえた。端的過ぎる要件に僕は少し狼狽える。
「生きてるよ。僕がちゃんと助けた」
僕がそう答えると、隣にいた青葉が電話の内容を察したのか大人しくしている。
『へえ?それは意外……でもないな』
「どういうこと?」
『お前が見た“NNN臨時放送”を見てる奴が他にもいてな。それで知ってる限りの名前と年齢を今日死んだ人の名前と年齢とで照らし合わせた結果、全員が事故や事件、病気なんかで死んでることがわかった』
あの放送の内容は本当だったのかと僕は耳を疑っていた。しかしそんなことお構いなしに「それで」とロギは話を続ける。
『で、青葉君は生きてるわけだよな?』
「そうだよ。“口裂け女”に襲われそうになったけど」
『ふうん?死にそうなことは起こったわけか。まあいい。俺たちが調べた結果、稲瀬青葉っていう同姓同名で同年齢の女が一人、怪物に殺されて死んだ』
「……え?」
ロギの言葉に僕の頭の中が真っ白になる。青葉と同姓同名の女の人が怪物に殺されたのだという。
『もし、青葉君が今日死ぬ日だったとして、怪物に襲われそうになったのをお前が助けたんだとしたら、代わりに誰かが死ぬ。“NNN臨時放送”は名前と年齢を公開してるから、それを外すわけはない。だから、同じ名前の奴が死んだんだろうな』
誰かの死を覆すには代わりの犠牲が必要になる。僕が青葉を助けたから、代わりに誰かが死んだ。“NNN臨時放送”が放送する犠牲者は外れることがないのだとしたら、例え助けることができたとしても、代わりの誰かが死ぬから数が減ることはない。
青葉が目の前でテレビを付けようとリモコンを手に取った。たぶん、電話が長引くと感じたのかテレビでも見ようと思ったんだろうか。青葉は僕の様子に気づかないままテレビの電源を点ける。
「あれ?」
何か異変があったのか青葉は声を漏らす。その異変は僕にもすぐにわかった。聞いたことのある砂嵐の音だった。
「それ……」
僕が言おうとするより早く、テレビからか細いクラシック音楽が流れると同時に、どこかわからない建物の白黒画像が映し出された。
また、明日の犠牲者を放送し始めたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます