raining
フロントガラスを伝う水滴をワイパーが振り払う。けれども、払うそばから雨が降りかかってくる。滴が滴を取り込んで、垂れてきたところをまた振り払う。
昨夜未明から降り出した雨は、時間が経つにつれて激しさを増していた。屋外の階段は一夜にして、カスケードへと姿を変えた。空は灰一色で、朝だというのに辺りは薄暗い。
降りしきる雨に、排水溝はとうに許容量を超えて、飲み込みきれず吐き出している。パトランプの赤い光を反射させ、叩きつける雨粒にさぶいぼを立てるアスファルト。飛沫を受けて、皆一様にスラックスの裾を濡らしている。
レインコートを身に纏った鑑識たちが地べたを這いずり回り、証拠品の回収に努めている。事件の一部始終を記憶した痕跡が、水に流れてしまわぬように。
現場に到着してからというもの、吉見はその場で、なにもできずにただ立ち尽くしていた。話しかけてくる人がいたけれど、声は耳を素通りしていった。どんな言葉も意味をなさなかった。
うずくまるようにして倒れている。変わり果てた姿とはこのことで、顔面から血の気が失せている。胴体に空いた孔という孔から、赤みがかった雨水が側溝に向かって、止めどなく流れていく。
これまでに何度となく、同じような現場で同じような遺体を見てきた。たとえ犯人が同じだとしても、同じ範疇にある事件なのだとしても、同じではなかった。見ず知らずのどこの誰でもないという点において、吉見にとってこれまでの事件と違っていた。
どこかで、空き缶が雨に弾かれている。
垂れ込める暗雲を見上げる。この様子だとまだしばらくの間、雨は降り続くのだろうと、吉見は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます