第23話 温泉へ

「温泉! 温泉! 温泉! 温泉! 温泉!」

「はしゃぐ千秋可愛いっ」


 来ました! 温泉!

 テンションが高いため頭をわしゃわしゃしてくる先輩にはお咎めなしだ。


 某有名な温泉地。

 ああ見えて意外とマメなオーナーが懸賞ハガキで当てたらしい。まあ当の本人は来れなかったけど。

 なんでも、『やばい! 三股してたのがバレた! 連休はどうにか女の子達の機嫌直さないと……!』らしい。

 さすがだ。さすがすぎる。

 やっぱりオーナーは全人類のために一度天に召された方がいいんじゃないかな。

 『みんな俺の分まで癒されてきて……!』とか涙を流しながら言ってたけど、誰も聞いていなかった。ざまあ。


「おい千秋」

「……っなんだよ、誠至」

「なんだよじゃないだろ。お前なにノコノコ来てんだよ。馬鹿か? 馬鹿なのか?」


 そういつも通りのテンションで喋りかけてくる誠至。

 あの日のキスなんて、全く気にした素ぶりもない。……告白だってしたくせに。

 見上げれば、切れ長の両の瞳には『馬・鹿』と書かれていて……なんだか段々ムカついてきた。


「煩い! そんなの勝手でしょ! 誠至こそなんで来てんだよ!」

「は? お前何怒ってんだ?」

「っ知らない! もうあっち行って!」

「おい……!」


 駅から旅館まではシャトルバスが出ている。それに一足先に乗り込めば、怪訝な表情の誠至が後を追いかけてきた。


 もう! なんなんだよ! なんで怒ってるかだって!?

 知らないよそんなの!! ただお前はもう《私》の友達じゃない!

 ふんだ!! 単なる知り合いの男に格下げだこの野郎!!


「全員揃ってますか〜? 出発しますよ〜」


 バスの運転手さんが後ろを振り返る。

 そういえば今日誰が来るかとかちゃんと把握してなかったな……と車内を見渡せば。

 誠至、先輩、琳門、倭人……うんオーナー以外全員いるな。出席率良すぎだろ仲良しかよ。

 倭人とか絶対来ないと思ってたのに……お前温泉で『ふう〜極楽極楽〜』とか言うキャラじゃないだろ。


「……ッ、」


 すると、前を向こうとした時丁度琳門と目が合ってしまった。

 やはりあれからというもの琳門とまともに会話していない。

 バイトの都合上どうしてもコミュニケーションは必要だったけど、今までが嘘のように毎回素っ気なかった。


 ……うん、もう精神がズタズタだね。

 せめて何か言ってほしい。罵詈雑言でもなんでも、甘んじて受け止める。泣かない……とは約束できないけど、こうやって一方的に避けられるよりはマシ……だと思う。


 今日も俺と関わりたくないなら来ないと思っていた。―――でも、来た。

 ……それってちょっとは期待していいってこと? そう僅かな望みを抱くも、


「ッ!」


 目が合うなりすぐさま逸らされてしまう。

 アハハ……もう泣いていいかな?

 早く温泉に浸かってこの冷え切った心を温めたい……。


 旅館の外観はそれはもう素晴らしかった。学生が正攻法で行けるところではないのは確かだ。

 グッジョブオーナー。たまにはあのチャラ男も役に立つんだな。本人いないけど。


「六名で予約の蘇芳様ですね。お待ちしておりました」

「あ、すみません一人キャンセルしたはずなんですが……」

「え? ……ああすみません! 今朝お電話頂いていました。大変申し訳ありません」

「いえいえ。お仕事お疲れ様です」


 些細なことにも関わらず過度に謝る律儀な受付のお姉さんに優しく微笑めば、ピタリと動きを止めたお姉さん。

 どうしたんだろう? と不思議そうに見ていれば、「……ッそ、それでは代表者様はこちらにご記入を」と慌てたように話し出した。

 頬がほんのり赤いような……あ、そっか俺に見惚れてたのか。

 フッ罪な男だ……なんて自分に酔っていたら、複数の視線を感じたので振り向く。すると8つの目がこちらに向いていた。


 心なしか視線がじとりとしているような……なんだこら見世物じゃないぞ。


「女が女見惚れさせてんじゃねえよ……」

「笑顔の千秋可愛い」

「あーぶち犯してえ」

「……」


 男達がボソボソと何か言っているのがわかる。

 ってなんか1つ不吉なやつ聞こえなかった!? 気のせい!?


 と、またもや琳門と目が合ってしまった。そして速攻逸らされる。

 ……うん、もうね、わかってるよ。わかってたよ。期待するだけ無駄だもんね!! もう千秋クンは何も期待しません!! こうなったら思う存分温泉浸かって癒されるんだい!!


「じゃあ俺温泉行ってくるから!」


 部屋に案内されるや否やそう言い放って、浴衣を引っ掴んで飛び出る。

 っしゃーーー!! ついに温泉だ!!

 ……が、その時パシリと腕を掴まれた。

 なんだコラ邪魔する気か!? と怒り気味に振り向くと馬鹿を見る目の倭人が。って誰が馬鹿じゃボケ!!


「お前まさかその格好で行くのか?」

「はあ?」


 その格好って……何かおかしなとこあるか?

 今日も今日とて溜息が出るほど美しいセクシーイケメンじゃん。


「まあ男湯に入るつもりならいいけど? 俺は大歓迎」

「はあああ!!?」


 何ぬかしてんだこいつは!!

 何故そうなる!? 私がいつからそんな痴女になったよ!!

 ……って、ああそういうことか。そういえば今千秋クンの格好だった。バイト先のメンツということでいつも通りで来ちゃったよ。


「折角お前の女姿楽しみにしてたのに。もうどうせ全員にバレてんだから気にすることないだろ?」


 まあそれもそうだけどさ……。

 でも女姿晒したら確実にお前誰だ状態になりそう。


「諦めて犯されとけよ」

「!?」


 ンン!? なんでそうなる!?

 え、何こいつ女姿だったらいつでも犯していいとか思っちゃってんの!?

 こっわ!! 怖!!!

 あー良かった女姿で来なくて本当に良かっ――――


「んで? 男湯入るか女姿になるかどっちだ?」

「ッ!! なんだその二択!!」


 い、いやまあ確かに?

 ずっとこの姿で男演じてきたからこのまま女湯入るのは抵抗あるけど……だからって男湯入るのは違くね!?


「早く選べよ」

「〜〜〜ッ」


 待って一回冷静になろう。冷静に考えよう。

《男湯入る→全裸晒す→倭人にヤられる》

《女姿になる→謎理論炸裂→倭人にヤられる》

 あ、ダメだコレどっちも詰んでる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る