第14話 油断大敵

 ―――よし、もうそろそろいいかな。と琳門が着替え終わったであろうタイミングを見計らってトイレを出る。途中フロアへ視線を投げれば既に琳門が接客していたので安心して更衣室に入った。


 それにしても琳門随分女慣れしてきたなぁ。まださすがに一定の距離は保っているけど、会話はスムーズ……でもないが一応できてる。

 琳門ファンの中には単に可愛いモノ好きなお嬢様以外にも、ウサギみたいにビクつく琳門を見て楽しむような嗜虐心旺盛なお嬢様もいそうだ。……いやだからハンターか。といつしかのツッコミが頭を過る。


「うん、でも順調に克服してるみたいで良かった〜」


 なんて独り言を呟きながら服を脱ぐ。

 ……あれ、なんかサラシ緩んでるな。スーパーサイ◯人事件を経てより強度のあるものに変えたんだけど、緩みやすいという欠点があるのだ。

 巻き直す時間は……ん〜壊滅的にないけどもうこの際いっか。オーナーには後で謝っておこう。いや寧ろオーナーがだる絡みしてきたせいにしよう。


「琳門は天使〜オーナーはキモい〜」


 適当に歌いながらサラシを解いていく。特別機嫌がいいわけじゃないけど、一人になるとつい歌いたくなっちゃうことってあるよね。


 ……と、この時点でわかると思うが俺は完全に油断していた。

 嫌々ながらもあのメンバーで働き始めてひと月は経つ。みんなも大体仕事を覚えてきたし、超ド級の美形が揃ったことで売上はうなぎ登り。

 あんだけ危惧していた割にはみんな至って普通だし、やっぱり男装がバレてるなんて思い過ごしだったのかも〜、と。

 だから神経を研ぎ澄まし、周囲を警戒しながら着替えてた頃からは想像もつかないほど無防備になっていた。


 ――――そして数秒後にはそれを激しく後悔するのであった。


「先輩は駄犬〜倭人は〜……」


 しかしまだそんなこと知らない俺は呑気に歌の続きを考える。

 んー、なんだろう。俺様? エロ魔人? ……もっといいのないかなぁ。


「完璧超人」

「それはない」


 寧ろ欠落してしかいないだろ。あんなん社会に出たら絶対つまはじきにされるぞ? それか女癖の悪さで恨み買って刺されそう。うんそれがいいな。潔く死んでもらおう。


「俺のどこに欠点があるんだよ」

「顔以外の全てが欠点だろ」


 ていうかさっきから誰だよ喧しいな。倭人が完璧超人とか欠点がないとか、地球がひっくり返ってもあり得な――――待てよ、普通に考えておかしくないか? 何故自分以外の声が聞こえる?もしかして幽れ……


「言うようになったなぁ、千秋クン?」

「ふぎゃああああ!!!?」


 ガタタタ! と物音が鳴り響く。―――はい、これは俺がひっくり返った音ですね。

 驚きすぎて盛大に尻餅ついちゃったよ。ついでになんかすっげえみっともない声が自分の口から漏れた気がするがそこはスルーしていただきたい。

 あーもうマジで幽霊とかヤバいやつかと思った。ついに霊感なんてものを授かってしまったのかと。

 べ、別に怖いわけじゃないけどね? そういうの信じてないし? で、でもほら、もしいたら幽霊なんて実体ないし闘い方わかんないじゃん? だからちょっとだけ戸惑ったというか……うん。


 でも倒れこんでる俺を真上から見下ろして「驚きすぎだろ」とか鼻で笑ってるのは間違いなく実体のある人間。

 ついでに言うと今一番憎たらしくて関わりたくない男である。

 なんだ倭人かよ。こんな奴に過剰反応しちゃったとか末代までの恥だわ。


「今日シフト入ってたっけ?」


 何事もなかったように上体を起こしながら聞いてみる。

 おかしいな〜記憶が正しければ今日は出勤じゃなかったはずだけど。


「ああ。ちょっとロッカーにゴム忘れちまってな」

「お前バイト先のロッカーに何入れてんだ」


 自分のロッカーから水色のいかにもな箱を取り出しニヤリと笑う倭人。


「兄貴から百個貰ったはいいけど部屋に置く場所ねえんだよ」

「結局貰ったんかい」


 弟にコンドーム百個プレゼントする兄の図って……。

 性欲兄弟に心底げんなりしていたら、「それはそうと……、」と倭人が神妙な顔つきで言葉を発する。


 てか用済ませたならとっとと帰れよ。俺早く着替えたいんだけど。……って、あれ? なんかとっても大事なことを忘れているような。


「お前いい加減ソレ隠さねえと、俺の理性崩壊するぞ」

「は……?」


 何言ってんだコイツ。ソレってなんだ。いい加減男相手に変なこと言うのやめろよな。

 俺が訝しんだ視線を注ぎ続けている間も、倭人は真っ直ぐにこちらを見ている。

 視線の先は顔よりちょっと下で……ってお前どこ見てんだよ。そこには胸しか……ん?


 胸、胸……。

 胸ーーーーーー!!!?


「いや〜意外とデカイんだなお前。そんなんでよく隠せたもんだ」

「ッ!!?」


 ちょ、ちょ、ちょ。

 待って待って待って頭が追いつかない。

 ギギギ、と錆びれたロボットみたいな動きで顔を上げると、それはもう愉快そうにニヤリと笑う倭人が。


 ……よ、よよよよしひとまず状況を整理しよう。

 私の見立てが正しければ、さっき倭人がガン見してた先には中途半端に解けたサラシのせいで露わになっている私の胸があった。

 そう、明らかに《男》のソレとは違って膨らんでいる胸。それを倭人は見ていた。それはもうガッツリ。


 てことはだつまり――――私が《女》だってついにバレたってこと!!?


「百面相してるとこわりぃが隠さねえならマジで襲うぞ」

「!!?」


 信じたくない事実に思わず思考を手放すところだったが、倭人の恐ろしい声が聞こえてきて瞬時にバッ! と両腕で胸を隠す。

 すかさずズザサッと後退して距離を取った。


「その態度は酷くねぇ? こちとらご馳走を前に我慢してやってんのに」

「えと、ごめん、謝るから、何度でも謝るから!! ……その、早く出てってもらえないかな?」


 とりあえずこの状況がとんでもなくヤバイことはわかった。

 相手はあの倭人。女なら誰彼構わず片っ端から手を出す……は言い過ぎかもしれんが、貞操観念が極端に欠落しているあの倭人だ。

 このままじゃ確実に危ない。


「ああ、何だろうな……お前の怯えたその顔……最高にソソる」


 そう告げた刹那、オニキスの瞳がギラリと光った気がした。まるで獣のようなソレ。

 あれ……もしかしなくても今って最高にヤバイ? 人生最大のピンチってやつ?


 頭の中が大混乱している間にもつかつかと迫ってくる倭人。

 いやいやいや!! なんでこっち来てんのーーー!!?


「ちょ、ま、倭人さん? とりあえず落ち着こう?」

「無理」

「話せばわかるよ話せば! ほら、女の子待たせてるんでしょ?」

「どうでもいい。それより今は目の前の獲物だ」


 “心配するな、ゴムはある”

 じゃねえよおおおお!!!

 おいほんとマジでやめろ!! ちゃんとそのゴムを使うべき相手がいるでしょうがあああ!!!


「いやほらさ、そういえばこの前“こんな背高い女嫌だ”とか言ってたよね!? ね!?」

「ああ、確かにあの時は間違ってたな。――――お前、こんなにエロいのに」

「ッ!!?」


 するとそこでついに私達の距離がゼロになってしまった。後ろはロッカー、前は瞳に欲を孕んだ獣。

 あ、詰んだ。


「いやまだ諦めない!! はーなーれーろー!!」

「いいのか? 腕離したら胸丸見えだぞ」

「ッ!!」


 そう指摘され慌てて倭人を押し返していた腕を元の位置に戻す。

 ……あ、しまったつい!!!


「―――じゃあ遠慮なく」

「ンンン!?」


 いただきます、とニヤリ笑った倭人の顔が急にドアップになる。

 続いて唇に訪れた刺激。

 固く閉ざされた私の唇に啄むようなキスの嵐を降らせてくる。


 ねえ待って待って待ってほんとにヤバイ!!!


「あ、ちょ、や、まと」

「……やべえ止まんねえ」


 すると次の瞬間、ぬるりと口内に舌が入り込んできた。

 いいいいやああああ!!!

 倭人を制止させようと口を開いた瞬間これかよ!? この男とんでもない!! 性欲モンスターにも限度があるだろ!?

 ていうかありえない程上手いんですけど!!?


 まるで本当に食べられていると錯覚するほど口内を蹂躙される。意思を持った生き物みたいに蠢く舌は確実に私のイイトコロを刺激してきて……


「ん……も、無理……」

「……ッ」


 と、頭の中で何かが弾けそうになった刹那、倭人がなんとも言えない切なそうな顔をした。

 あ……その顔好きかも……。

 なんてもう完全に《女》の感覚になってしまったその時。


「千秋ちゃんまだ〜? お嬢様方がお待ちかねだよ〜?」


 更衣室の扉の外から間の抜けたオーナーの声が聞こえる。


「……ッ!!」


 瞬時に倭人を突き飛ばし乱れた息を整える。

 待って、私今完全に堕ちかけてた……。と目の前でペロリと舌舐めずりをする男を見て思う。


「んじゃあ改めて。これからもよろしくな――――朝比奈千秋“チャン”」


 そう、不敵に笑った男から目が離せない。






『千秋クン、終了のお知らせ―――』


 そんなアナウンスが脳内で響き渡った。

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