第13話 秘密
その後『やっぱ僕一人で行くから』と俺と一切目を合わせずにスタスタ歩いていく琳門をなんとか追いかけてバイト先に到着しました。
「ほんと千秋ってさ、僕のことなんだと思ってるの?」
「そ、そりゃあ唯一無二の親友だよ!」
「ッ! ほ、ほんと? ……僕の目見て言える?」
「ももも勿論!!」
「……ふーん」
やっべえすごい吃っちゃったよ。さっきの今で『萌え対象』とか『愛玩動物』なんて言ったらどうなるかは火を見るより明らかだもんね。
琳門が目をじっと見てきた時はまた飛びつきそうになっちゃったけど……なんとか耐えたぞ。偉い俺。
それより琳門が心なしか嬉しそうにしてるんだけど。手で覆ってるけど口元ニマニマしてないか? 思い出し笑いかな……まあいっか。琳門が嬉しいなら俺も嬉しい。
「ねえ何二人してニヤついてんの? いやらしいな〜俺も混ぜてよ」
「……」
「あれ? 聞こえなかった? おかしいな〜。ねえ! 二人して! なに―――」
「勿論わざとシカトしました。ついでに言うと『あーあ、オーナーのせいで琳門との幸せな時間がぶち壊されちゃった』と考えていました」
難聴でもあるまいし聞こえてないわけがないのに、ボリュームを上げてまた同じことを言おうとするオーナー。
これ以上琳門の耳を汚してはいけないとすかさず割って入ったけど、……オーナーが膝を抱えてダンゴムシになってしまった。ねえどうでもいいけど邪魔。そこ通らないと更衣室行けないんですけど。
「うう……なんでみんなしてさ、俺を無視するのかな? 俺病み上がりなのにこの仕打ちは酷くない? それにわざわざ思ってること言わなくたっていいじゃん……俺だって傷付くんだよ?もう俺いない方がいいのかな……、……っうぎゃあ!?」
「あ、オーナーいたんすか。すんません」
ほっといたらキノコが生えてきそうな程どんよりオーラを纏ったオーナーから突如気持ち悪い声が聞こえたと思ったら、更衣室から出てきた佐伯先輩がどうやら蹴っ飛ばしたらしい。
心と身体にダブルアタックを食らい泣きべそをかいてるオーナーに「大丈夫っすか?」なんて呑気に声をかける先輩はもう流石としか言いようがない。
まさしくトドメの一撃って感じだな。グッジョブとだけ言っておこう。
「よお〜千秋一昨日ぶりだな」
「あ、佐伯先輩こんにちは。あのこと秘密にしてくれてありがとうございます」
「ああ、そんなのお安い御用だ」
ニカ! と爽やかに笑う先輩。……うん、思ったよりバカじゃないようで良かったよ。首の皮一枚繋がった。
―――と、安心したのも束の間。
「ねえ千秋……あのことって何?」
「……ッ」
くいっと服を引っ張られ控えめな声が聞こえた。
その愛らしい声は紛れもなく琳門のもので……ってそうじゃん琳門いたこと忘れてた!! そりゃ目の前で『秘密』がどうたらとか話してたら気にならないわけないよね!!
「えっと、それは……」
「なに? 僕には言えないこと?」
「うぐっ、」
んんん! なんだこの浮気を問い詰められてるような罪悪感は!
俺何も悪いことしてないよ!? いや性別偽ってる時点で悪いことか!! でもさすがに『女装趣味がある』なんて言えんわ!!
俺これ以上琳門に引かれたくない。
「ごめん……いくら琳門でもこればっかりは……」
「……僕達唯一無二の親友じゃなかったの?」
ひいいいい!! やめてそんな悲しそうな顔で言わないで〜!!
親友だよ!! 間違いなく親友!!
……ああもうこんな風に言われちゃあ隠せないよ。琳門の破壊力マジやばい。そのうち自分から女であることまでバラしちゃいそうだ。
ってそれ言ったらおしまいだな。引かれるどころか絶交だよ。ただでさえ女性恐怖症なのに嘘ついてるなんて知られたら……うん、これは全力で隠そう。
「実は……」
「人間隠したいことの一つや二つあるだろ? 無理に詮索するもんじゃないぞ」
女であることをバラすのに比べれば女装趣味なんて大したことないか、と急にハードルが下がったので正直に言おうとすれば、佐伯先輩に遮られた。
え、いやタイミングな。今思いっきり言うとこだったじゃん? 何故そこで遮った??
「……あんたは知ってるじゃん」
「俺は千秋から特別に教えてもらったからいいんだよ。二人だけの秘密だ」
「ッ、」
はあ!? 何が『二人だけの秘密』だ!? てか誠至だって知ってるんですけど!?
お前それ言いたかっただけだろ!! めっちゃ勝ち誇った顔してるし!!
それに対し琳門は悔しそうに唇を噛みしめている。
ああそんな強く噛んだらぷっくりキュートなお口から血が出ちゃうよ……。そんなことは俺がさせない……!
「あああ! もう勤務時間だ!! 早く着替えないと!!」
「……」
「琳門は先着替えてきて?? 俺はちょっとお手洗い行ってくるから!!」
「……わかった」
滅茶苦茶不服そうだったが、なんとか言うことを聞いてくれた。去り際に先輩をひと睨みする琳門もまた可愛かったな。
琳門の背中を見送った後、くるりと振り返る。
「佐伯先輩、誤解を招くような発言は控えてください」
「えーだってアレは千秋にとって不都合なことだろ? なら誰彼構わず言うべきじゃない」
「まあそうですけど……」
声のトーンを低くして先輩を注意したが、見事な正論でカウンターを食らい言い淀む。
確かにメリットがあるわけでもないしな。流れでつい言いそうになってしまったけど、隠しておけるならそうしたい。
……でもこのまま引き下がるのは先輩の思い通りになってるみたいで気に食わない!
「今後は発言に気をつけて―――」
「なあ、秘密は守るけどその代わりいい加減名前で呼んでくれ」
「は? 別に構いませんけどそれより―――」
「よし言ったな! 約束だからな!! ほら千秋も出すもん出して着替えてこーい」
ぐいぐいっと俺をトイレの方へ押しやって丁度入ってきたお客様へ接客しにいく先輩。……ってどんだけ俺のセリフ遮るんだよ!! 駄犬のくせに!!
なんか前より扱いづらくなってないか?先輩こんなだったっけ? ……いやこんなんだったか。今までの会話思い返しても先輩ワールド全開だった。
てかお前も名前如きに何こだわってんだよ。
蘇芳倭人のこと名前で呼び始めてから(呼ばなきゃ犯されるからね)なんか視線感じるなぁとは思ってたけど。ここぞとばかりに交換条件出してきたな。
まあ蘇芳倭人の時よりは抵抗ないからいいけどさ。というかこれはもう諦めだな。素直に従った方が色々と身の為だ。……と最近ようやく理解しました。はい。
―――パタン、とトイレの扉を閉める。
入ったはいいけど佐伯――改め礎先輩の言うように出すもんがあるわけじゃないんだよな。ただ琳門と着替えのタイミングずらしたかっただけで。
勿論更衣室は従業員全員同じ場所を使ってるから、こうやって無理矢理着替え時間をずらさないといけない。
でもさすがにずっとこのままじゃ誰かから疑問持たれても不思議じゃないな。
もういっそ学校で制服に着替えるか? ……いやどんな羞恥プレイだよ。さすがに執事姿で街歩く勇気ないわ。
休日だったら少し早めにここへ着けばいい話なんだけど、学校がある日はどうしても今日みたいに誰かと一緒に来る展開を避けられない。
これは早いうちに対策を考えねば……。
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