第12話 成長

 あのショッピングモール事件以来、俺は初めて大学に来ていた。


 あの時はかなり焦っていていち早く先輩から離れることに全神経集中していたけど、話はそれで終わりじゃない。

 つまり……肝心なのは佐伯先輩がちゃんと“あのこと”を秘密にしてくれているかどうか。ぶっちゃけ不安でしかない。


 なんてったって先輩天然だからな〜。もしかすると知らずのうちにバラしてしまうかもしれない。俺が実は女装趣味だってこと……いやまあそれが本当の姿なんだけどね!!

 なんにしろ女の子達に女装が趣味だと思われるのは恥ずかしすぎる……。


 ん? でも待てよ? そういえば琳門には無理矢理女装させようとしていたな……。もしかしてそれはそれで需要あったり?

 ……いや、それは他人がやるからいいのか。誰だって自分からノリノリで女装してたら引くよね。

 それに似合いすぎて(真の姿なので当然だが)実は女なんじゃ? という疑いを向けられるのも怖い。


 はあ……どうかバレていませんように……。

 そんな恐々とした面持ちで大学へ向かったのだが、拍子抜けするほどいつも通りだった。


「ねえ千秋くん〜オーナーさんの具合はどう?」

「え? あ、ああ。もうすっかり良くなってるよ」

「良かったぁ! じゃあこれでShangri-laは通常運転ね!」

「うん。いつでも遊びにおいで」


 内心警戒しながらも、それをおくびにも出さず完璧な笑みで応えると、彼女は頬を赤らめながら去っていく。

 よ、よし。今の反応から察するに、特に変な情報は仕入れていないようだな。

 先輩、ちゃんと黙ってくれているみたい。


 これで一先ず安心だなぁ。でも今回のことでいかに女姿が危険かわかった。

 たまにならいいかとも思ったけど場所が悪かったな。大学から離れたところならまだしも、あそこらへんは知り合いが多いという懸念事項を忘れていた。これは重大なミスとしてインプットしておこう……。


「あっ、千秋だ!」


 教室に向かっている途中、やけに弾んだ声で名前を呼ばれ、反射的に振り向く。

 この可愛らしい声は……間違いない!!


「琳門〜! なんだか久しぶりだね」

「うん。休日挟んだし、オーナーのせいでバイトは休みだったしね」

「ねぇ〜まさかあのオーナーが風邪引くとは」

「馬鹿でも風邪引くんだなって思ったよ。まあ日頃の行いだよね」


 うん、俺も全く同じこと思った。

 にしてもキュートな顔で毒舌を吐く琳門超萌える〜。

 出会った当時から思ってたけど外見に似合わず思ったことすぐ口にするよね。オブラート? なにそれ美味しいの? とばかりに。

 まあそこもいいんだけど。可愛いと何しても許されるのだ。可愛いは最強。


「あ、のさ……今日良かったら一緒に――」

「あ、琳門くん。やっと見つけた」


 琳門がもじもじと何かの言葉を紡ごうとしたところで誰かに遮られた。

 なんだ今の顔は。なんだ? 今の顔は?

 目を伏せたことで何センチあんだってくらいの長い睫毛が主張され、泳ぐ視線に赤くなる頬。

 人が来て良かった。本当に良かった。切実に――(エンドレス)。


「これ、社会学の先生が渡してほしいって」

「あ、ありがと」

「いいえー。じゃあまたね〜」


 ひらりと手を振る女の子を、貰ったプリントを手に見送る琳門。

 一部始終を見ていた俺は―――ぷるぷると肩を震わせた。


「り、琳門……今……」

「え? あ、それより今日――」

「今ちゃんと女の子に対して喋れてたね!!」


 ガシ! と琳門の腕を掴んで感動に打ちひしがれる。

 なんだそんなこと、と思うかもしれないがこれは素晴らしい一歩なのだ。

 今までだったら女の子が近寄ってきた途端びくりと肩を跳ねさせ瞬時に俺の背中へと隠れる。そこからかろうじて会話をすることは可能だが――まあ誰が見てもまともな会話じゃないわな。


 ―――しかしどうだ。

 たった今琳門は女の子に近寄られても臆することなく(若干肩は跳ねていたが)向き合って言葉を交わしていた。

 あの琳門が成長した!! 素晴らしい!! 今宵は祝杯じゃーーー!!


「ちょ! 千秋……痛いから離せ!」

「あ、ごめんつい」


 ああまたやってしまったか。

 許せ琳門よ。それもこれも全てお前が可愛いのがいけない。


「だってさ、女の子を見るだけで逃げ出してた琳門が一応はちゃんと自分だけで会話できたんだよ? 喜ばずにはいられないでしょ」

「そ、そんな見るだけで逃げ出してなんか―――」


 ない、とは言い切れないのだろう。次に続く言葉を見失って気まずそうに口をもごもごする琳門。

 はあ……何この小動物。可愛すぎてしんどい。


「琳門も成長を喜びなよ! あのバイト頑張った甲斐あったね……! お兄ちゃん嬉しい!!」

「誰が弟だ!」


 とりあえずそれっぽいことを言って欲望のまま琳門を抱き締める。

 もう最近は言動全て琳門への欲を上手く隠すためのカモフラージュになってる気がする。え? 隠しきれてないって? まあ細かいことは気にすんなってことで。


 それはもう力一杯胸に抱いたせいで琳門がさっきからずっと苦しそうなのも二の次だ。もう少しこの感触を味わわせてくれ。


「ああもう! 千秋はもっと他人のことを思いやれ! そんなに強くしたら痛いだろ……って、……痛くない?」

「ッ!!」


 その瞬間、シュバ! と目にも留まらぬ速さで琳門を解放した。

 冷や汗だらだらの俺には目もくれず、先程まで自身の顔に押し当てられていたモノの感触に首を傾げる琳門。


 ―――まずい。かんっぺきやらかした。


 あまりの琳門の可愛さに男性ホルモンが活性化し過ぎて(謎)自分が女の身体してるってこと忘れてた。

 ああそのまま男になれたらどんなに良かったか……。

 しかしそんなのは夢のまた夢。

 いくら頑張ってもアレは生えないし胸だって萎まない。


 思ったより柔らかかったな……と琳門が呟いている原因は間違いなくサラシじゃ誤魔化しきれなかった《私》の胸。


「ねえ千秋の胸―――」

「ゴホン! ゲホゴホゲホッ、」

「ちょ、大丈夫?」

「うん!! それよりさっき言いかけたことあったよね!? 何かな!?」


 この必死すぎる誤魔化し方にも心配してくれる琳門は神か。……ん? 女神の方が合ってるか?


 琳門は少し腑に落ちないような顔をしながらも思い出したのか「ああ、」と言葉を続けた。

 ふぅーー危なかった。さっき何言われるところだったんだろう。考えるだけで怖い。

 どうかバレていませんように―――って最近の俺こんなんばっかりだな。己のことながらもっと危機感持った方がいいぞ。


「今日バイト被ってるでしょ? だから一緒に行きたいなって……ダメ?」

「ぐはっ!!」


 はい、ただ今千秋クンが盛大に萌え殺されました。見事なまでの瞬殺でした。

 ねえそれほんと狙ってやってないの?

 『……ダメ?』って……そんな顔でそんなこと言われたら……ッ。


 いや、大丈夫ですよ? さすがにもう耐性ついてますから。こんな公共の場で襲うなんてこと……。


「ち、千秋? 大丈夫? 保健室行く?」

「保健室よりもっと楽しめるところ行こうか」


 あは、やっぱりこうなるよね!

 悶える俺にそんな至近距離で上目遣いかました琳門が悪い。

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