第8話 八方塞がり
先程貰ったフォンダンショコラを呆然と眺める。それをくれた子はいつしか空き教室で蘇芳倭人とお楽しみ中だった子。
そういえば話しかけようとして忘れてたな。
あの時は見るに耐えない悲痛そうな表情だったのに、今しがたスキップしながら去っていった後ろ姿は晴れやかだったような……。
ってそうじゃないだろ!! さっきの子のセリフ思い返しても意味不明なんだけど!? なんだ応援って……何を応援する気だ!?
しかも動画がどうとか言ってたな……。
ッ、もしかしてあの日の動画!? ……え、あの悪夢を録画してた子がいたの!?
ああ確か同じ大学の子が来てたっけ……なんて納得してる場合じゃない。
なんだ? あの子の口ぶりからしてもうかなり出回ってるのか? ……そういえば心なしかすれ違う女の子の視線が生暖かいような……。
っておい!! 嘘だろ!? そんなのただの恥さらしじゃないか。男になって大学生活エンジョイしようとしてたのにこれじゃあ堂々と歩くことすらできないよ!
これはやっぱりバイト先変えるしか道はなくないか? オーナーに泣きつかれることは目に見えてるけどそんなこと気にしてる余裕はない。何事も自分優先だ。
――――と。
「よう。昨日ぶりの千秋クンじゃねえか」
いや、千秋チャンの方がいいか?
なんて底意地の悪い笑みを浮かべる蘇芳倭人に遭遇してしまった。
全てもの元凶はお前な!! お前があんなことしなければあのカオスは免れたのに……ッ。
「俺は男だ。チャン付なんかしたらぶっ飛ばすぞ」
「おおこわ。そんな睨まなくても何もしねえよ。……今はまだ」
そうニヤリと言い放つ蘇芳には警戒マックス。
何をする気だナニを!?
兄弟揃ってとんでもねえな!! 性格真逆だと思ったけど手が早いところはそっくりだよ!!
さすが兄弟、なんて感心してる場合じゃない。これ以上コイツと話すなんて御免だ。すれ違う子達のなんとも言い難いキラキラした目線が恐ろしい。
早く次のバイトも探さないと……。
「それはそうと、まさかあの店辞めようとか思ってねえよな?」
「……ッ」
エスパーかこいつ!? こっわ!! まじ怖!!
呆れた、とでも言いたげな眼差しには最早恐怖しか感じない。ここまで俺に脅威だと思わせる男は20年生きてきて初めてじゃなかろうか。
「思いっきり図星って顔してんじゃねえよ。そんなことしたらどうなるかわかってんだろうな?」
「どうって、何を……」
「犯す」
「!?」
コイツ一体何言ってんだ!?
こんな公の場で平然と言ってのける変態男にはこっちの方が呆れ返るわ。
「お前何言ってんの? 俺男なんだけど」
「別に男だろうが女だろうが関係ねえよ。犯すっつったら犯す」
「……ッ」
「男犯すってのも一興かもしれないしな?」
ま、ほんとに男ならだけど。
そう耳元で言ってくる蘇芳には思わず身体が仰け反る。
なにやっぱコイツ俺の正体気付いてんの!? 本気にも冗談にも聞こえるから全然わかんない!!
ってか性別関係なく犯すとかコイツまじでヤバ過ぎる。
あーあー普通に女の姿のまま出会ってたらどうなってたんだろうなー。少し勿体無い気も……って今は男だから!! そんなこと考えても何の意味もないから!!
「んで? 辞めねえよな? それとも犯され―――」
「辞めません今日も誠心誠意働きたいと思います」
――――奴の勝ち誇った顔をぶん殴りたくなったのは言うまでもないだろう。
蘇芳が去った後も暫くその場から動けないでいると、
「琳門くーん待ってよ〜」
「今日こそはこれ被ってもらうんだから!」
といつぞやの光景が飛び込んでくる。
ん? その手に持ってんのは……カツラ?
綺麗なブロンドのくるくるしたウィッグは間違いなく女物。
なるほど……それを被ってもらいたいが為に追いかけてんのか。
大学になんちゅーもん持ってきてんだ。ここは学問を学ぶ場だぞ。なんて正論を振りかざす気は毛頭ない。
だってそれ絶対似合うよ!! フランス人形ばりに美しい美少女の出来上がりだよ!!
何それ俺も見たい……女の子達頑張れ! と琳門にとっては裏切りでしかないことを思っていると。
「千秋……ッ助けてっ、」
あと少しで捕まりそうな琳門と視線が合い悲痛そうな声で助けを求められる。
思いっきりフランス人形の琳門を想像していた俺はそこで漸く我に返りニタニタ顔を打ち払った。
危ない危ない。琳門見てるといつの間にか理性が行方不明になるんだよな。
「ごめんちょっといい?」
琳門に向かって手を伸ばしていた女の子の前に立ち琳門を背中にしまう。
思わず掴んでしまった女の子の手をパッと離すと申し訳なさそうな顔を作った。
「ち、千秋く……!?」
「琳門にちょっと用があるんだ。少し借りてもいい?」
「え……!?」
「ごめんね、君達の気持ちもわかるけど今は、」
「告白するの!?」
「……は?」
いやアホ面になっちゃうのも無理ないだろ。今この子なんて言った?
「じゃあ千秋くんは琳門くんを選んだのね!!」
「え」
「きゃーー!! お似合いカップル〜」
「いや」
「美人さんと美少女か〜絵になるわぁ〜」
「ちょ、」
聞けよ。なんださっきから。
フォンダンショコラくれた子もそうだったけど人の話聞かなさすぎだろ!
しかもなんで全部ソッチ方向に持ってくの!? やっぱりその『動画』とやらががっつり広まってんじゃねーか!!
ガン、と項垂れる俺に対して女の子達は止まらない。誰か止める方法を教えてくれ。
「そういうことならうちらお邪魔だよね!」
「今日は諦めるよ! それじゃあごゆっくり〜」
ニヤニヤした笑みを残して嵐のように去っていく彼女達。走りざまに、
「ねえどっちが攻めだと思う!?」
「そりゃ千秋くんでしょ〜」
「やっぱり!? でも琳門くんだったら萌え死ぬわ〜」
「何それやばい」
なんて言っていたことは聞かなかったことにしよう。俺は断じて聞いてないからな!!
「千秋……ありがと」
ちょん、と服の裾を持って背後からひょっこり顔を出した琳門。
ギュン!! と普通だったら絶対鳴らないような音が心臓から聞こえた気がした。
「琳門も大変だね」
どうにか性犯罪者のような顔つきは隠せたようだ。これで俺まで警戒されたら意味ないからな。
――――と。
「ほんと女って怖すぎ……」
「それは琳門が可愛すぎるせいだよ。悪いこと言わないから一回あのカツラ被ってみようね?」
「……」
琳門のドン引いた顔を元に戻すのに苦労しました。
「ゴホン。……それで? バイトはどうすんの?」
「僕お前のこと信じていいんだよね? いいんだよね?」
「アタリマエジャナイカ」
「……」
あ、つい片言になってしまった。その猜疑心たっぷりの視線が痛い。
「……どうするも何も、僕こんなんだし」
「思ったんだけどさ、ずっとそのままって結構キツイんじゃないの?」
「っ、だからってどうしようも……!」
「うん、だからさ……」
「……?」
そこで一旦言葉を切った。
不思議そうな顔をする琳門に俺は努めて優しい表情をする。……断じて変態野郎の顔じゃないからな? そこら辺肝に命じておけよ?
「リハビリ、してみない?」
「……!!」
面食らったように目をパチパチさせる琳門は控えめに言っても鬼可愛くて、つい手を出しそうになるのを我慢するのが大変だった。
そして暫く考え込んだ末、小さな口が告げた言葉に。
「千秋がいるなら……頑張ってみる……」
「〜〜ッ!!」
悶絶して芋虫みたいに転がる俺を絶対零度の眼差しで琳門が見てきたが、それでさえもご褒美だったので全く気にならなかった。
◆◇◆
やっぱり今日も超絶可愛かったな〜と講義なぞほっぽってニヤける。
ところどころ俺に引いてる様子だったけど拒絶しないってことは友達認定されているのだろうか? ……そうだったら嬉しい。
バイトもやるって言ってくれたし、これからはいっぱい関われそうだ。……お客さんほぼ女の子だからかなり心配だけど。
「――――ハッ!!」
とそこであることに気付く。
あれ、思いっ切りスルーしちゃったけど琳門『俺がいるならやる』って言ってたよね? ……ん?? これってもしかしなくても俺バイト続けるの確定じゃん??
蘇芳の脅しとは比べ物にならないキュートな懇願に絆されてあっさり引き受けちゃったよ。
まあこの姿で犯されたくはないから元々辞めれないことは覚悟してたけど……。(この姿じゃなかったらいいのか? というツッコミはなしで)
自分からリハビリなんて提案した手前『やっぱ辞める』なんて言えないし……。
なんだこの墓穴をドリルで掘りまくってる感じは。いい加減掘るのやめたいのに勢いが強すぎて止めれないよ。このドリルとんだ困ったちゃんだ。
はあーあ、と深い溜息を吐いたところで、講義室に嫌気がさすほど明るい声が響いた。
「ちーあき! バイト行くぞ〜」
「げっ」
あーもう姿見なくたってわかるよ。このわんこみたいな声は間違いなく佐伯先輩だ。
てかいつの間に授業終わってたんだ。やばい何も聞いてない。また女の子にノート写させてもらうしかないか……なんてきょろりと辺りを見渡した時だった。
「千秋! 無視すんなよな!」
ガシ! と頭に手を置かれ思いっ切り体重をかけられる。……って痛い痛い首もげるわボケェ!!!
クソ野郎が、ととてもじゃないが女の子には見せられない顔で目の前の男を睨む。
「なんなんですかあんたは。なんでいつもいつも俺のとこ来るんすか」
「そんなの千秋のことが好きだからに決まってんだろー?」
「んなっ、」
先輩がにっこりと爽やかな笑みを浮かべたところで「きゃあああああ!!!」と案の定女子の声が響き渡る。
クッソまた墓穴掘ったよ……。もう俺何も喋んない方がいいのでは?
つーかなんだよ好きって。普通男に向かってそんな無邪気な目で言うことか? やっぱりコイツも気付いてんの? 俺の正体わかった上でそんなこと言うの??
……そこまで考えて思考をシャットアウトする。まあこの人の場合男とか女とか何も気にしないで言いそうだしな。考えるだけ無駄だ。俺にこの天然破壊兵器を完全に理解するなんて到底無理な話だろう。
―――その後、完全に口を閉ざした俺にわんわん言っていた先輩だが、諦めたのか嫌がる俺を引きずるようにしてバイト先まで向かったのだった。
道中の女子の視線が痛かったのは言うまでもない。
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