第9話 初接客

「んで? 結局全員ここで働くのか?」

「うむ……非常に残念だがそうらしい」


 ポカリ。顎に手を当て渋い顔を作ってると「バカ野郎」と誠至に頭を叩かれた。


「なんで叩く!? 俺悪くなくない!?」

「じゃあなんでコイツらはここにいるんだ?」

「俺がいるからです……」


 がくりと項垂れる俺に向かってほれ見ろとばかりに一瞥を投げる誠至。

 でもやっぱり俺は悪くないと思う!! だって俺何もしてないよね!? 俺の意志とは無関係だよね!?

 琳門はともかく他二人に関しては全力で関わりたくないのに!!


「はぁ……コイツは女の時から周りに男湧いてたけどなんで今も……? じっくりいこうとしてたのにそんな訳にもいかなくなったじゃねぇか……」


 と、急に誠至がぶつぶつと言い出すからビビった。え、普通に怖い。そう若干引いた目で見てるといきなり視線を合わせてきたからさらにビビる。


「せ、誠至? さっきからどうし――」

「お前はもっと、警戒心を持て」

「は?」

「いくら男のフリをしたところで、内から漏れる色気を隠せてねぇんだよ」

「は? いや、何言ってんの?」


 なんだその真顔は。何を言い出すかと思えばくだらない。なんで男の俺が警戒する必要あるんだよ。何に対し? ……って言わずもがなアイツらか。


「大丈夫だよ、今はまだバレてなさそうだし」

「なんだ『今はまだ』って」

「いや、若干一名核心をつくことしか言わない奴が……」

「はぁあああ」


 溜息深いなおい。

 そりゃあ俺だって溜息吐きたいよ。アイツの前だといつボロ出るかわかったもんじゃない。


 ―――チラ、と初接客中のヤツに目を向ける。


「あ、あのッお名前なんて言うんですか!?」

「あ? 見てわかんねぇのか。ヤマトって書いてあるだろ」

「……っ! ヤマト様、とお呼びしてもッ?」

「好きにしろ」


 いや、敬語使えよ。何が『好きにしろ(ドヤア)』だ。お前が好きにしすぎだ。そんなヤツに女の子身悶えてるし。

 ほんとにここ執事喫茶だよね? こんな偉そうな執事見たことないよ? 完璧上から目線のそれはどう見ても王様だ。


「あ、あのっ」

「んだよ、まだなんかあんのか」

「えっと、その……アキくんとはどんな関係なのかなって」


 はあああ!? なんだその質問は!! その照れっ照れした顔やめよう!?


「ああ? そりゃ勿論――――」


 おい!! 蘇芳もなんだその妖しい笑みは!?

 一瞬俺の方を見てニヤァと、それはもう寒気がする程妖艶な笑みを浮かべた後女の子に耳打ちする蘇芳。するとすかさず「きゃああああ!!」と叫び声が上がる。


 じゃねえよ!! なんて言ったんだ!? ……いややっぱ聞きたくない。知らない方が幸せなことだってあるよね。


「だからお前ら、邪魔すんじゃねえよ?」


 最後にこれまたドヤ顔で言い放って席を離れる蘇芳に女の子全員わなわなと震えている。

 ……嗚呼、その震えが身勝手な執事に対する怒りだったら良かったのに。

 

しかし蘇芳が去った後きゃっきゃとはしゃぐ黄色い声にそれはないなと嫌でも理解させられる。

 おいおい。ここは執事喫茶だぞ? キングダムでもなければBL喫茶でもないからな? 若干客層が変わってしまった気がするのは思い過ごしか……。その期待の篭った目で俺らを見るのは困るんだけど?


「ちゃんと敬語使え」

「あ? んなの俺の勝手だろうが」


 初接客を見事(?)終わらせた蘇芳がこちらへやって来て、誠至が先輩らしく注意する。

 いいぞ誠至! 正論だ!! そのまま畳み掛けて隙あらば辞めさせろ!!


「お前みたいな野蛮な言葉遣いをする執事がいるとでも?」

「ああ? クソ兄貴には《俺様系》って言われたぜ? 敬語使う俺様がどこにいんだよ」

「……ちっ」


 おい誠至! 負けてんなよ! 何か言い返せ! 舌打ちして黙り込んじゃダメでしょーが!!


 てかオーナーやっぱ天才だな。適材適所に役を振り分けるのが上手すぎる。まあコイツの場合俺様じゃなくても敬語とか使わなさそうだけど。

 つーか俺様系執事ってなんだよ。そんなの執事じゃないよ。ただの偉そうな男だよ。なんてツッコミはするだけ無駄なの? え?


 はあ、と脱力していると蘇芳が俺を舐めるように眺めているのがわかった。……またもや気持ち悪い笑みをはっつけて。


「見んなあっち行けついでに今すぐ辞めろ」

「つれないねぇ。俺が辞めたらクソ兄貴が泣くんじゃねえの?」

「心配するな。お前の代わりなんていくらでもいる」


 実際は蘇芳が入ることになってオーナー感激してたけどな。『これでやっと人員揃ったあああ!!』って。

 んで新しく入った三人が三人共俺がいることを条件にしたせいで身動きできないこの現状。

 ……本当に勘弁してくれ。俺はただハーレムを楽しみたかっただけなのに。逆ハーはお呼びじゃないんですけど。


「ふーん、そりゃ残念」


 すると、何の脈絡もなく蘇芳が近づいてきた。そして流れるような動作で俺の髪を一束掬って……


「いやさせねえよ!? セリフと行動が矛盾してるんですけど!?」


 なにそのまま口付けようとしてんだ! この男ほんとにおかしい!!

 お嬢様方もきゃーきゃーしてるんじゃないよ。だからここはBL喫茶じゃないってば!!


「ちっ、イケると思ったのにな」

「何もイケねえよ。一人でやってろ」

「お前なかなか鬼畜だな。一人より二人の方が気持ちいいぜ?」

「はあ!? どういう意味だコラ!!」


 もうやだこの人。

 クックックと笑う蘇芳は本当に様になってて、お嬢様方が興奮するのも頷ける。

 でもその笑みの原因が俺をからかって楽しんでることなら全力でぶん殴りたい!! てか確実楽しんでるよね!?

 よしその喧嘩買ってやると握り拳を作っていると……


「ぼ、僕に近付くなぁッ……いや、近付かないで、ください……」


 あ、そうだそういえばあの子も初接客中だった……。予想通りといえば予想通りだけど……奥の方から聞こえてきたのは今にも泣き出してしまいそうな声。

 そちらを向くとぷるっぷる震えている琳門がお嬢様を避けるようにして立っている。なんとか口調だけは丁寧に直したようだけど身から溢れ出るのは紛れも無い嫌悪感。

 あーあ、お嬢様困ってるし。


 ―――しょうがない、ここは《誘惑系執事》千秋クンの出番ですかね。


「失礼します。お嬢様、大変申し訳ありません。この子今日入ったばかりでまだ不慣れなものでして……」

「あっ、いえ! 私は平気なんですけど……大丈夫ですか?」


 チラリ、とお嬢様のようにそっちを向くとガクガクと未だ震えが治まっていない様子の琳門。どうやら俺が来たことにも気付いていないようなので喋りかける。


「琳門、大丈夫?」

「ッ! ……え、あ……千秋?」

「よしよし、とりあえず落ち着こうね」

「千秋……っ、僕……!」


 刹那、ガバア! と抱き着いてきた琳門チャン。

 え、積極的な琳門とかやばい。何これ萌える。と身悶える俺に対し琳門の身体は恐怖で震えていて。

 ……琳門をここに招き入れたのはやはり酷だったな、と反省する。


 だけどもう働き始めちゃったものは仕方ない。お客様ありきの接客業なんだから、最後までやり抜いてもらわないと困る。

 だから俺は涙を飲む思いで喝を入れた。先に言っとくけど虐めじゃないからね?


「琳門、今自分が何したかわかってる?」

「……ッ」

「琳門が失礼な態度取ったせいでお客様困ってるよ」

「ぼ、僕……! だって、」

「言い訳はいらない」

「……ッ」

「琳門」

「うぅ……、」

「―――あ、アキくん! いいの! その、私も悪かったと思うし……」

「お嬢様……」


 ふう、助かった。やっと割って入ってくれた。

 こうして敢えて厳しくした方がお嬢様の同情心を煽れる。そして結果琳門にとってプラスになるよう仕向けたかったんだけど……、

 あと少しで琳門泣くとこだったよ。ああ危なかった。

 ポロポロ涙を流す琳門も超絶可愛いことに変わりはないだろうけど、こんな幼気いたいけな少女を泣かした日にゃあ罪悪感で俺が死ぬ。


 しかしそれもお嬢様が女神のようなフォローをしてくれたおかげで安泰だ。あとはただレールに沿えばいいだけ。


「ほら琳門、お嬢様もああ言ってくれてることだし、わかってるよね?」

「……ごめ、」

「俺にじゃないでしょ。ちゃんとお嬢様の方向いて。俺も一緒だから」

「……ご、ごめんなさい……」

「ッ!!」


 俺の服をちょこんと摘んで上目遣いで呟いた琳門に鼻を押さえたのはお嬢様か、俺か。

 そんなのはどっちでもいい。どっちでもいいけど……ギャン可愛いいいい!!!

 なんだこの生き物は!? 可愛すぎるだろ!? そんな叱られた後の子供みたいな無垢な表情でまっすぐ見つめられたら……見つめれたら!!


「……ぐはっ」


 はい、お嬢様堕ちました。

 ですよねー、そうなりますよね。俺は残念ながら横顔しか見られないが、……横顔で良かった。

 お嬢様机の上で撃沈してるし。―――それくらい、琳門には底知れない破壊力があるのだ。……当の本人は気付いてないけど。


「え? この人どうしちゃったの? ……僕また何かした?」

「うーん琳門のせいといえばそうだけど、大丈夫だよ〜。このお嬢様は幸せを噛み締めてるだけだから」

「……幸せ?」

「そー。絶賛悶え中。まあ琳門は気にしなくていいよ。お辞儀してこっちおいで」

「う、うん」


 よし、なんとか解決したぞ。若干一名ダウンしてしまったが……まあそれは仕方ないことだろう。

 「失礼します…?」と戸惑いながらもぺこりと頭を下げた琳門。そしてちょこちょこと俺の後を追いかけてくる。うん、クソ可愛い。


「よく頑張ったね。偉い偉い」

「……ッ」


 とりあえず欲望のまま琳門の頭へと手を伸ばしわしゃわしゃ髪をかき混ぜる。


 ―――その時の表情を見た琳門とお嬢様方がさっきみたいに顔を覆ったようだが、俺は気付かず先を歩いた。


「女嫌いっつーのも大変だな。性欲とかどうしてんの?」

「……蘇芳、倭人」


 戻るや否や一部始終を見ていたらしい蘇芳が話しかけてくる。

 てか琳門になんてこと聞いてんだボケ。琳門をお前みたいな性欲モンスターと一緒にするな!!

 それに対し琳門はまた俺の服を摘みさっと背中へと隠れた。


「すげえ警戒されてんな」

「思いっきり蘇芳嫌われてるじゃん、ウケる」

「……おい、名前で呼べ」

「は?」

「だから、蘇芳じゃなくて倭人」

「誰が呼ぶか」


 何こいつ。超キモいんですけど。男相手に名前呼び強制とかイカれてんの? 生粋のホモとか?


「あっそう。呼ばねえならこの前の続きするか?」

「はあ?」


 なんだこの前の続きってなんかしたっけ? ……って考える方がおかしな話だな。どうせそう揺さぶって無理矢理言わせようって魂胆だろう。

 誰がお前なんかの思い通りになるか――と、その時。突如下腹部に感じた違和感。


「り、琳門? どうしたいきなり……ぐえっ」

「……」

「ちょ、ちょっと!? お腹、それ以上押すと吐くッ」


 服を掴んでいるだけだと思っていた琳門の手がいつの間にやら腰に回ってきていて……心なしかどんどん力を込められている!!

 マジでそれ以上はお昼に食べたカツ丼が出てきそうなんですけど!?


「おい千秋、名前呼べ」

「千秋嫌がってるだろ。諦めろ」

「あ? お前調子乗んなよ」

「っ琳門、琳門琳門。いい加減、はな、せ……」


 く、苦しい……。もう無理。

 懇願するように琳門を見ると……え、なんでそんな嬉しそうな顔してんの? しかも蘇芳に勝ち誇った笑み晒してるし。

 ちょっと!? 早く離せよ!! たかが名前くらいで俺を殺す気か!?


 てか誠至はなにしてんだ!! こんな時こそお前の出番だろうが!!

 必死な思いで辺りを見回すと丁度お嬢様の相手をしている誠至がぎょっとした顔でこちらを見ていた。

 そこにいたのか! よし今すぐ助けてくれ。あ、でももうだめだ意識掠れてきたさようなら俺の青春ライフ……


「はい、そこまでー」

「!?」


 意識を失うかカツ丼が飛び出るかの瀬戸際、急にお腹への圧迫が消え去った。―――と同時に聞こえてきたゆるい声に振り向けば、やれやれといった感じに佇むオーナーの姿が。


「邪魔すんじゃねえよクソ兄貴」

「ねえ酷くない? いい加減兄貴の前にクソ付けるのやめよう? なんならお兄ちゃんって――」

「死ね」


 どかりと脛を蹴られたオーナーがその場に蹲って小刻みに身体を揺らす。

 ほんと馬鹿だなこのオーナー。まあ助かったのは事実だけど。感謝してあげなくもない。


 後ろを見ると琳門が手首を押さえていたのでどうやらオーナーに叩かれたらしい。


「ほんと酷いなお前!! お前達のせいで千秋ちゃん困ってたから助けてあげただけなのに!! 千秋ちゃんもそう思うよね!?」

「なに琳門の繊細な手傷付けてるんですか。最低ですオーナー」

「えええ!? 千秋ちゃん!? さすがに理不尽過ぎない!? 俺助けない方が良かったの!!?」

「琳門大丈夫? ごめんね、オーナーの馬鹿力のせいで」

「……ううん。僕こそごめん……ついカッとなっちゃって……」

「ッ!! い、いいんだよ、琳門は可愛いから何をしても許される!!」

「ねえなんで? なんで無視された上ピンクオーラ漂わせてんの? 俺泣いていい?」


「……おい」


 必死に超絶可愛い琳門に手を出さないように堪えていると、後ろから肩を掴まれ振り返らされた。頭上から聞こえた地を這うような低い声は間違いなく蘇芳のもの。


「な、なんだよ」


 いやビビってないよ? 殺気かと見まごうオーラを放つ蘇芳にビビってるわけじゃないからね!? 断じてその人を射殺せんばかりの目付きに怖がってるわけでは……!!


「なんだよじゃねえ。俺がして欲しいことは一つだ」

「はい?」

「わかんねえなら身体に教え込むまでだな」

「んなっ、」


 先程の鋭利な眼差しを緩め、今度はえっろいオーラを撒き散らしながら迫ってくる蘇芳に狼狽える。


「みんなして俺を無視するんだ……もういいよ俺休憩してくる……呼び止めても無駄だからね……無駄だからね!!」


 なんて遠ざかっていくオーナーの声が聞こえた気もするが今はそんなことに構っている場合ではない。

 いやあああそれ以上近付いてこないでえええ!!! と必死に抵抗する俺を嘲笑うように一瞥した蘇芳は耳に唇を寄せて一言、


「な ま え を よ べ」


 妙にしっとりとした声をたっぷりと注がれ思わずフリーズ。―――次の瞬間、意思とは裏腹にボボボ! と赤くなる顔はもう隠しようがない。

 ふっざけんな!! 結局それかよ!!? てっきりキスされると思ったじゃねーか!

 いや別に期待してたわけじゃないからね!? 断じて!!





「女の子達、顔抑えて俯いてるけどどうした?」


 ……と、休憩終わりの佐伯先輩の声で長いようで短かったコメディ劇場は幕を下ろした。

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