第6話 全員集合

 グスグスとぐずるポンコツオーナー。

 もうこいつは使い物にならないと判断して先輩には俺が代わりに答えてあげる。


「蘇芳ですよ」

「へーそれじゃあ蘇芳玄都っていうんだ。知れて良かった。ありがとな」


 そう言ってポンと俺の頭に手を乗っける先輩。

 こういうことを自然とやっちゃうからダメなんだよなこの人は。天然タラシってやつだ。別に頭ポンくらいでどうとも思わないけど。


 というかなんでオーナーの苗字なんて知りたがったんだろう。気にする価値ないのに………って、待てよ。


 ―――『蘇芳』?


 蘇芳だと? なんっか聞き覚えあるぞ?

 ……この時ほど自分の優秀な脳を恨んだことはない。せっかく忘れかけてたのになんで思い出しちゃうかな!? 途轍もなく嫌な予感がするんだが……。

 と、嫌な予感ほど当たるという言葉を最初に言った人には、もれなく呪いをプレゼントしてあげようと本気で思った。


 ―――その時、またもや鳴ったチリンチリンという音は死へのカウントダウン。


「おいクソ兄貴、俺のゴムどこに隠しやがった」


 はい死んだ。さようなら千秋くん。

 生まれ変わったら本物の男の子になってるといいね? もし女に生まれてももう『楽しそうだから』って理由だけで男装したらダメだよ?

 だってほら……、


「あ? お前朝比奈千秋?」


 その愚かな選択のせいでこんなことになってるから!!

 悲劇!! まさしく悲劇だよ!!


 あれ、楽しいことは!? 楽しいことどこいった!? 俺さっきから嘆いてしかいない気がするんだけど!?


「やっと来てくれたか! 倭人〜お願いだよ人手不足なんだ。店手伝ってくれよ〜」

「俺の知ったことか。それより早くゴム返せ。上で女待たせてんだよ」

「一言『手伝う』って言ってくれたら返す。五倍でも十倍でも返してやるから!!」

「……百倍」


 百!? どんだけヤるつもりだお前!? 下半身元気過ぎるだろ!!

 なんだ? その見た目からして超絶テクニシャンなのか?


 ―――絶対そうでしょやばいシてみたい。女辞めてからご無沙汰なんだよねぇ。ていうかもう絶対処女膜再生したよ完全復活だよ。

 え、てことはまた痛い思いすんのかな? それは嫌だなぁ……って今男だから!! 何考えてんの俺!? どんだけ欲求不満なんだよ!!

 ……それもこれもこの男のせいだ。この歩くフェロモン量産機がいけないんだ!!


 ―――いやそうじゃないでしょ。意味不明な責任転嫁してる場合じゃないから。


「ひゃ、百倍か……今月の売り上げどんくらいだっけ……」


 とかオーナーがアホなこと抜かしてる間にこの男からできるだけ遠ざからないと!!

 そしてあわよくば俺のことなんて一欠片も残さず忘れてください……。


「……そいつはここでバイトしてんの?」


 ってそんな人生甘くないよね!! 知ってた!!

 高校まではなんだこの勝ちゲーとか思ってたけどそんな自分を全力で呪いたいよ! それその時だけだから! 男になる前だけだから! 男になった途端奈落の底に突き落とされるから!!


 なんて現実逃避してる場合じゃないぞ。まだ道はある。まだ希望を捨てるには時期尚早だ!!


「いや俺は期間限定で今だけ―――」

「千秋ちゃんのこと? そうだよ? ちなみに売り上げナンバーワンな………いってえ!? 何!? 今なにで殴ったの君!?」

「鋼鉄でできたトレーですけど何か?」

「んな!? そんなの俺買った覚えないぞ!?」

「こんなこともあろうかと俺が自費で買いました。今使用したんで経費ください」

「なんて理不尽な!!」


 頭を抱え込み若干涙目で喚くオーナー。否、疫病神。

 むしろこれくらいで済んだと思え!! まじでふざけんなよ!? あんた何言ってくれちゃってんの!?


「……へぇ? ナンバーワン、ね」


 クッソ!! なけなしの希望が木っ端微塵だよ!!

 ―――バアアアン!! ってバズーカ砲で粉々に砕け散った音が聞こえたよ!!


「イッテ!! なんでまた叩くの!?」

「これが壊れるまで叩くつもりです」

「何それ殺人予告!? 怖すぎ!!」

「壊れたら新しいの買ってくださいね。もちろん経費で」

「えええ!? いつからそんなバイオレンスな子になっちゃったの!? そんな娘に育てた覚えはありません!!」


 ……ッ、こんの、言ったそばから!! 本当にこの人脳みそ機能してない!! こんなのもう脳死状態と一緒だよ!!


「……《娘》?」


 ほらね!! この男が聞き逃すわけないじゃん!? マジでどうしてくれるんだ! 末代まで呪ってやろうか!?


「……ッッ、いやほら言葉の綾だよ千秋ちゃん女の子みたいに美人さんじゃん? これは最早俺の娘でしょみたいな?」


 もう一度光り輝く鋼鉄のトレーを、蘇芳倭人に見えないように振りかざしたら、顔を真っ青にして説明しだしたオーナー。

 いや、ていうかそれなんのフォローにもなってない気がすんのは俺だけ?

 しかもなんだ? 最後のは本心か? ……もうこのオーナーほんとやだ。やっぱ辞める。もうこんなとこ辞めてやる。


「……ふーん?」


 ほらめっちゃ意味ありげな笑み浮かべてるよ。すっげえ妖しいよ色気だだ漏れだよ。

 不覚にもそんな超絶妖艶な様に見惚れているとソイツは僅か一歩、長い脚で距離を縮めてきやがった。

 悔しいくらいにかっこいい蘇芳倭人の顔が目の前にある。


「ほんとに女だったりしてな?」

「……ッ!!」


 俺にしか聞こえないように耳元で囁かれた、たっぷり色気が含まれた魅惑的な声に悩殺される!! と思いすぐさま突き飛ばそうとしたのだが、


「……ぐえっ、!?」


 その前に綱引きかってくらい強引な力で後ろに引っ張られカエルが喉を詰まらせた時より醜い声が出た。いや、カエルが喉詰まらすことあるのか知らんけど。

 ってそんなことより誰だよ!? と後ろを振り返ろうとするのだが突如別の方向から抱きつかれあえなく断念。

 一度にいろんなことが起きすぎて目を白黒させていると今度は目の前に高い高い壁が出現した。……否、佐伯先輩だ。佐伯先輩が仁王立ちして俺と蘇芳倭人の間に立ち塞がっている。


 予想するに抱きついてるのは琳門、後ろからプロレス技ばりに首を締めているのは誠至だろう。

 チラリと唯一動く視線を横にずらすとポカン、という言葉がぴったりなほど口を半開きにして静止するアホ面オーナーがいた。


 ……って痛い痛い死ぬ死ぬ死ぬ!! 誠至お前俺を締め殺す気か!? 首もげるわドアホ!!


 つーか何がどうなってんだ!? これはどんな状況だ!? 誰か説明してくれ!!


「……へぇ」


 すると、実際は佐伯先輩のでかい図体で見えないはずなのに――――ニヤリと蘇芳倭人が歪な笑みを浮かべた気がした。

 ……ッ!! なんだこのぞくりとした感覚は。悪寒? 寒気? 

 なんでもいいけど不快なことには変わりない!! 誰でもいいからこのカオスどうにかしてくれ!!


 ――――と、そんな俺の叫びが神様にでも届いたのかピリリリリと初期設定のままの着信音が店内に響き渡った。

 それはどうやら蘇芳倭人のケータイらしく、布の擦れる音から電話に出ようとしているのがわかる。

 よくこんなカオスの中電話できるなと普段なら突っ込んでいただろうが、今は万々歳だ。早くこの空気をなんとかしてさっさと退場してくれ。


『ちょっと蘇芳くん!? いつまで待たせる気!?』

「あーわりい今日ゴム手に入りそうにないわ」

『え!? じゃあ私買ってこようか!? なんならゴム無しでも、』

「言い方変える。今日ヤる気なくなった。もう帰れ」

『は!? ちょ、どういう――』


 そこでブチ、と切れた会話。おそらく蘇芳倭人が一方的に切ったんだろう。女の子の声が馬鹿でかかったおかげで一部始終聞こえたわ。

 ていうか相手の女の子積極的だなおい。俺男の姿でもゴムなんて買えそうにないわ。

 しかもナマって……いやダメだろこの歳でデキたら親泣くよ?絶対コイツ責任とか取らなさそうだし。ちゃんと避妊しようぜ。

 なんて何故か冷静に俺の頭は回る。あれだな、もうこの状況を脳が拒絶してんだな。


 するとバン!! という扉が閉まったような音の後にコッコッコッ、と階段を降りる音がして最後は―――「あのヤリチン男ふざけんなあああ!!」となんとも威勢の良い声が聞こえた。


 ―――そしてまたもやこの場に静寂が訪れる。

 あ〜そういえば前この喫茶店の上に弟と住んでるってオーナー言ってたな〜今頃思い出したよ〜ちょっと遅すぎたかな〜。と脳の弱体化が著しく進行してる感が否めない。


「つーわけでクソ兄貴、制服持ってこい」

「……え?」

「店手伝ってやるっつってんだよ」

「マジか!? お前実はいい奴だったんだな!! 愛してるぞ弟よ!!」

「うぜえ今すぐ視界から消えろ」

「!!? みんなして俺に何か恨みでもあるの!? 俺また泣くよ!?」


 とオーナーが迷惑でしかない喚き声を撒き散らす中、


「執事でもなんでもやってやる。――――朝比奈千秋がいる限りな」


 僅かに生じた隙間からそれはもう……寒気がするくらい妖美な表情を浮かべる蘇芳倭人を見て俺は悟った。


 神はいたのだ。……俺の人生という名のオモチャを弄んだ挙句、捨て去る気満々の破滅の神がな!!





 ――――ちなみに、ハッと我に返ってすっかりほったらかしにしてしまったお嬢様方へと振り返ると……。


 一人残らず大量の鼻血を吹いてぶっ倒れてましたとさ。





 この日は執事喫茶『Shangri-laシャングリラ』にとって色んな意味で伝説になり、『赤の日』と名付けられ人々の記憶に残り続けた。


 事件の後ツイッターでは『#イケメン戦争勃発』『#奇跡の六角関係』『#ちょっと萌え殺されてきた』などのハッシュタグが異常発生したとかしてないとか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る