第5話 チャラ男
―――それから暫くは三人でホールを回していた。
先輩は隙あらば俺にひっついてこようとするし、誠至はそんな俺たちを見て舌打ちのオンパレードだし。そんなことばっかやってるとお嬢様達が引いちゃうでしょうが……と思うけど意外とそうでもないんだなこれが。
まず飛び抜けて人懐っこい先輩にお嬢様方はメロメロだし、そんな先輩が俺に絡もうとしてくる度熱視線を注がれる。そして終始イチャついてる(ように見える)俺達を見て腹立たしげに誠至が舌を打つとなんと歓声が上がるのだ。
「ねえっ、絶対モトくんアキくんのこと好きよね!?」
「ね! ほんと可愛いよね!!」
「でそれを見てヤキモチ焼くセージ様が堪らないいいい!!」
「イケメン達の三角関係萌えるわぁ」
……いや、どこから突っ込んでいいの!? マジでこの先輩のせいで勘違いの数異常なんだってば!!
それに誠至はヤキモチとかじゃないし!! 真面目に仕事しない俺達に(俺はしたいのに!)キレてるだけだし!!
ていうかお嬢様方みんな腐女子だったの!? これ明らかに俺達のことホモだと思い込んでるよね!?
まあ俺の正体女だから普通に考えればありきたりな構図なんだけども。
でも今は男だから! そんな目で見るなあああ!!
――――と、何これ帰りたい状態が続いていた時だった。
チリンチリン、と来客を知らせるベルの音が。
慌てて顔に笑みを貼っつけドアに目を向けると……入ってきたのはお嬢様ではなくいつになくハイテンションのオーナーだった。
「みんな喜べ!! 新人連れてきたぞーー!!」
「はあああ!? さっきあそこですれ違った瞬間僕のこと担いで攫ってきたんでしょ!?」
「え、何それ犯罪じゃん」
と誠至の冷静なツッコミが入る。
全くその通りだと思うがなんだろう。オーナーが俵担ぎしてるその子の後ろ姿と声はすごい見覚え聞き覚えがあるぞ?
「だってビビっときたんだよ。こんな美少女初めて見た。後でいくらでもお金あげるからとりあえず一回制服着てみよ?」
「はあああ!? ていうか僕男だし!!」
「……あ、お嬢様方お騒がしてすみません。お願いですからまだ警察に通報はしないでくださいね? とりあえず一発殴ってくるんで」
そう言うなりオーナーに駆け寄って有言実行した。
マジで犯罪だろそれ。この人の場合発言がっていうより存在が法に触れてると思う。
「っ、いってえー。何すんのよ千秋ちゃん」
「ちゃん付やめてくださいって言ってますよね? 俺は男ですよ」
「いやいや何言ってんの千秋ちゃんは正真正銘――――いて!!」
こいつまじで脳みそゆるっゆるだな。と雇い先のオーナーに向かって悪態を吐く。
……当然だが面接の際履歴書には“本当のこと”を書いているので俺が女だということは知っているオーナー。
だからってなに平気な顔でバラそうとしてくれてんだ。マジで全細胞死滅してんじゃないの?
「オーナー場所を考えてください。場所を、考えてください」
「ねえ〜いつも言ってるよね? オーナーじゃなくて『玄都さん(ハート)』って呼んで? ……いてっ」
あれ、俺なんでここで働いてるんだっけ? と、時給も仕事内容も文句無しのこの店に対してそう思うのはとんでもなく頭が緩いチャラ男―――もといオーナーと話すときくらいだ。
面接で『女ですけどいいですか?』って聞いた時『面白そうだからオッケーオッケー。あ、ついでに付き合っとく?』って言われた瞬間即座に引き返せば良かった。
……そういえば辞める理由今日新たに追加されたな。ストーカーもどきのせいで。……え、マジで辞めようかな。
「……っ、いい加減、下ろせよッ!!」
新しいバイト先探すのクソ怠いな……と思っていると頭上から女とも男とも取れるそれはもう可愛い声が聞こえた。
多分この場にいる全員が『あ、ごめん忘れてた』と思ったであろう。彼に向ける誠至の心底同情したような視線がなんとも胸に沁みる。
「わりいわりい。それで? ここで働いてくれる気になったか?」
「なるわけないだろ!! あんたマジで一回病院行った方が……、」
と全力で頭を縦に振りたくなるような正論を紡ぐ途中、壊れたロボットみたいに動かなくなった“かわいこちゃん”。
その可愛らしいまん丸お目目は間違いなく俺を捉えていて……。
「……え、千秋?」
「久しぶりだね、琳門」
あ、なんだ名前覚えててくれたんだ。オーナーが無駄に呼んでたのに気付いてなさそうだったから忘れられてるのかと思った。
俺は顔から始まり、名前、声、シルエットまで全て覚えてたのに!!
「相変わらず可愛いね。食べてもいい?」
「欲望がナチュラルに口から出てるよ? 俺と思考回路変わんないからね?? 君も犯罪者の仲間入りだからね??」
「煩いです目が汚れるんでちょっとあっち行っててもらえませんか」
「え……、なんで千秋ちゃんそんなに冷たいの!? 俺なんかした!? いやまだ何もしてないよこれからだもん!! ……痛ッテエエ!!?」
今回叩いたのは俺ではない。誠至だ。……しかもおそらく俺の何倍もの力で。
オーナーが今までとは違い目に涙をいっぱい溜めてしゃがみこむ。
それを見て手に持っていたアイスピックをそっと元の場所に戻した。
―――良かった、誠至のおかげで殺人犯にならなくて済んだ。
「あんたら忘れてるかもしんないけどここ店内。お嬢様方いるからな」
「あ、私達のことは気にせずどうぞ〜」
「イケメン達が言い争ってるとこなんて眼福でしかないんで〜」
「でもゲンさんはアキくんに手ぇ出さないでくださいね〜三角関係が丁度いいんで」
いやお嬢様方神すぎるだろ。どんだけ心広いんだよ。
最後の一言はいらないけどね!? 誰だよ言ったのその子! 腐女子MVPだよ!!
「……お嬢様方がそう言ってくださるなら。オーナーがポンコツだから代わりに聞くけど二人知り合いなの?」
「おいポンコツってなんだ!? こんなに素晴らしい超ド級のイケメンオーナー他にいないからな!?」
「で? どうなの?」
「え、無視ですか?」
「知り合いだよ〜。ね、琳門」
「あ、うん……一回しか会ったことないけど」
「え、なんでみんな無視するの? 俺一応ここのオーナーなんだけど? 泣いていい?」
「あの、すんません……」
「ハッ! 新人くん!! 君は俺の味方だったか!! ちょっと大きすぎるけど歓迎するよ。君は今日から俺の唯一の理解者――――」
「オーナー苗字なんでしたっけ?」
はい、オーナーは泣きました。
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