第4話 クール系

 今日は週に三回あるバイトの日。特に予定がなければ土日も入るようにしている。

 大学に通うため上京してきたので今は一人暮らし。よってこのバイトでもらう給料は貴重な食い扶持だ。


 何をしているかというと……、


「千秋、三番オーダー」

「了解」


 両手いっぱいに料理を抱えているバイト仲間に声を掛けられ、支持されたテーブルへと向かう。目の前に立つと手を体の横に合わせて斜め45度に頭を下げた。


「お帰りなさいませ、お嬢様方」


 そう一字一句丁寧に並べてゆるりと笑みを浮かべる。続けて「ご注文をお伺いします」と言おうとしたのだが、その前に興奮してやまないといった感じの黄色い声に遮られてしまった。


「きゃああああ!! やばい! 千秋くんの執事姿やば過ぎ!!」

「ご、ごめん千秋くん。どうしてもって言われてつい連れてきちゃった……」


 太陽光よりも強いんじゃ、ってくらい目を輝かせている子を見ながらその真向かいに座っている子が申し訳なさそうな声を出す。

 そんな二人に対して俺は計算し尽くされた笑みを一つ。


「全然大丈夫だよ。俺目当てに来てくれたなんて嬉しいな。そんなに俺に会いたかったんだ? ……それならサービス、しないとね?」

「「……ッ!!」」


 少しいたずらっぽく言うと、見事に女の子二人は身悶えた。パクパク口を動かす二人に対しスムーズに注文を聞く。

 ……まあ、すぐに言葉を出せなさそうだったのでオススメでいい? とだけ聞いてさっさと終わらせたんだけど。


「それでは失礼致します。ごゆるりとお過ごしくださいませ」


 コクコクと何回も頷く彼女達に可愛いなあ、とまた笑ってその場を去った。


「や、やば……破壊力やば……」

「ね、だから言ったでしょ。これであんたも常連決定ね」


 そんな言葉達を背に自分の口許が緩むのがわかる。やっぱりこのバイトは天職みたいだ。


 ―――そう、俺は『執事喫茶』なるところで働いている。

 大学からも比較的近いので、たまにこうして知り合いが訪ねてくるのだ。いつもと服装も雰囲気も違う俺に彼女達はさらに興奮し、俺もそんな彼女達を見れて万々歳。

 時給も普通の喫茶店に比べて格段に良いし、こんなに俺にぴったりのバイトはないと思う。


「さすが、《誘惑系》執事様は違うな」


 カウンターに戻るとフン、と鼻で笑う同僚に迎えられた。こいつは俺と同い年で大学一年の時から一緒に働いている。ちなみに偏差値70近くの大学に通う秀才クンだ。


「まあね〜」

「ちょっとは謙遜しろよ。まあ実際すげえモテっぷりだけど。――――女の癖に」


 そして私の正体を知っている数少ない人物でもある。

 名前は有馬誠至せいじ。高校時代の男友達で、私と仲良くなる男の中で唯一恋愛に発展しなかったんじゃ? と、ある意味貴重な存在だ。

 大学は離れてしまった為疎遠になると思いきやこのバイトで再会した時は心底驚いていた。……私のあまりの変わりように。

 あの時の鳩が豆鉄砲食らったような顔は傑作だったな。


「誠至の《クール系》もなかなかだと思うよ?」

「ヤメロ」


 そう言って心底嫌そうに項垂れる誠至が実は人情深いことを知っているので私の中ではネタでしかない。

 しかしこの喫茶店で絶対君主であるオーナーに《クール系執事》と定められたからには従うしかあるまい。


「なんで俺が《クール系》なんだよ……」

「しょうがないじゃん。その見た目なんだから」


 と慰めるがフォローになっていないことは百も承知。

 黒髪ストレートに切れ長の目。繊細さを感じさせる薄い唇はよっぽどのことがないと笑わない。そんな誠至はどっからどう見てもクールにしか見えない。


 実際高校の時もそのクールな見た目に女の子がわんさか寄ってきていた。……私と話すときは普通に笑うし平気で軽口も叩くんだけどね。


「疲れんだよな〜そりゃあガキの頃から散々クールだなんだって言われてきたけど別に意識してやってるわけじゃないし。意識してやろうとしてもわかんないし」


 と、そこで誠至にお嬢様からご指名が入った。

 頬を赤らめるお嬢様に対し注文を聞いて即行帰ってくる誠至。再度私の横に並ぶなり「俺ちゃんとできてんのか?」と言ってきた誠至にはつい爆笑してしまった。


 お嬢様に何を言われても表情一つ動かさず『かしこまりました』としか応えない様は誰もが認めるクールっぷりだ。

 まあ多分本質がそうなんだろうな。私と喋ってる時はちょっと残念になっちゃうけど。


「おい、いい加減笑うのやめろ。……あーそういやお前がいない間に新人入ったんだった」


「おお〜やったじゃん。私と誠至以外みんな今年就職で辞めちゃうから新人確保だ! ってオーナー意気込んでたもんね」

「そうだな。ってかお前一人称《私》になってんぞ」

「あ、やべ。誠至の前だと高校の名残でついつい女モードになっちゃうんだよね〜」

「気をつけろよ。ここは執事喫茶だぞ? ……そんなんで大学大丈夫なのかよ」


 呆れをふんだんに宿した目で見てくる誠至。

 それに対しすぐさま「当たり前じゃん!」って返そうとしたけど思い返してみたらボロ出しまくってるわ私! いや俺!!

 これからはちゃんと気を引き締めないと……。


「私じゃなくて俺。俺、俺……」

「……」

「……よし。それで? 新人くんはイケメンなの?」

「(本当に大丈夫かこいつ)……オーナーのお眼鏡に適ったやつしか面接通過できないだろうが」

「そうだった。それなら俺に釣り合うレベルのイケメンってことか」

「お前は男になっても相変わらずナルシストだな」


 ナルシ言うな。俺は事実を述べてるだけだ。さっき誠至だって俺のモテっぷり認めてただろ。


「ちなみに新人俺らの一個上な」

「へーその人は《何系》なの?」


 この執事喫茶では必ず面接合格時にオーナーである玄都げんとさんから自分の《属性》を言われる。

 俺は《誘惑系》で誠至は《クール系》。俺は普段からそんな感じだし全く抵抗なかったけど誠至はさっきの通りだ。お前は素で接すればいいだけだがな。

 と、指定された属性を嫌がる誠至だけど俺と同じく一人暮らしでお金がいるため割のいいこのバイトを辞める気はないらしい。


「《わんこ系》だとよ。とんだ大型犬だが。もうすぐ休憩終わると思うから紹介してやるよ」

「おーけー。どんな奴か楽しみだな〜」


 ……ん? 待てよ?

 呑気に笑っていた顔が一瞬で真顔になる。

 『俺と釣り合うレベルのイケメン』? 『一個上』? 加えて『わんこ系』だと!?

 そんな奴一人しか……ッ!!


「ちーあきーーー!!」

「……ぐはッ!?」


 頭に思い浮かんだ人物に絶句してると突如背中にあり得ない程の衝撃が。

 この声……このテンション……やっぱりお前か!!


「佐伯先輩!!? なんでここに!?」

「なんでって一昨日からここで働いてんだよ」

「いやだからなんでここで!? なんでよりによってここ!?」

「そりゃあ千秋に会う為だよ〜。最近俺のこと避けてただろ?」


 だから来ちゃった、と笑う先輩。

 いやいやいや、突然インターホンが鳴ってドア開けたら立ってた彼女の可愛い『来ちゃった』とは全然違うからな!? あんたが言っても一ミリも可愛くないからな!? てか彼女でもなんでもないし!! 


 ……いやそれよりも、


「先輩に俺がここで働いてるなんて言いましたっけ……?」

「ん〜? どうだったっけ〜? 言ったんじゃねえの〜?」


 いや言ってねえよ!! なんだよそのわっかりやすい目の逸らし方は!! あんたマジで俺のストーカーだろ!!


「……サークルはいいんですか。バイトと両立できるとでも?」


 ここは土日抜かして最低でも週二回入らなくてはいけない。

 先輩が所属しているフットボールのサークルは案外真面目に活動していて平日はほぼ練習がある為両立はできないはずだ。どやあ!!


「三年からは練習自由参加だから問題ない」


 NOOOOO!!

 マジかよ、そんな決まりがあったのか。頼みの綱が消えちゃったよ。こいつがっつりここで働く気だ……!!


「そんなことより、なんでお前俺のこと避けてたんだ?」

「え……」


 おい待てよ。まさかそれ聞く為だけにここまで来たのか? そんだけのために?? ……この先輩やっぱりおかしい。

 つーかなんだ? この様子だと俺の正体気付いてないっぽくないか?俺を真っ直ぐ見つめる純粋な眼差しは『訳がわからない』と言っているようにしか見えない。


 ……そっか、そうだった。すっかり忘れてたけどこの人ドが付くほどの天然じゃん!!

 よっ! 馬鹿! 駄犬! ストーカー!! ……え、最後は関係ない? でも事実だから良し。いやなんも良くないけど。


 突如パアアと顔を明るくする俺に対して先輩はますます怪訝な表情になる。


「おい千秋―――、」

「お前ら俺の存在忘れてないか?」


 そして再度先輩が口を開こうとした時だった。

 ずっと私達を黙って傍観――注文入った時は全部行ってくれましたマジですいません――していた誠至が遮る。

 あ、ごめん忘れてたと素直に言うことは勿論できないのでとりあえず『当たり前じゃん』という顔をしておいた。


「なんだその顔は。全部わかってんだよこの野郎」

「あは、ごめん」


 と語尾に星マークをくっつけるとすかさず睨まれる。

 その切れ長の目で睨まれるとマジで怖いんでやめてくださいすみませんでした。


「ったく……。それで? お前らは知り合いなんだな?」

「ああ。大学の後輩」

「先輩」

「ふーん……」


 すると誠至が耳元で「お前の正体気付いてんのか?」とコソッと聞いてきたから俺も小声で「多分まだ」と答えておいた。


「そうか、ならいい」


 ……? 一体どうしたのだろうか。


「ほらぼけっとしてないでさっさと仕事しろ。あー佐伯だったか? あんたの教育係は俺だから」

「一応俺年上なんだけど? それと教育係は千秋がいい」

「希望制じゃねーよ。それにここでは俺が先輩だ。文句はないよな?」

「えーやだー」


 なんだこいつら。

 何故か誠至は怒ってる風だし(自分の失礼な態度は遥か遠い記憶の彼方)、先輩はわがまま過ぎんだろ。


 と、年甲斐もなく駄々をこねる先輩だが注文が入り「ほら行ってこい」と誠至が言った途端目付きが変わったもんだから驚いた。


「お嬢様、ご注文をどうぞ!」

「え、えっとじゃあこれと、あとは……」

「あ、それ頼むならこれなんかどっすか?」


 ずずい! とお嬢様に顔を近付ける先輩。その目はキラキラしていて獣耳と尻尾が見える。

 おい顔近すぎだろお嬢様めっちゃビビって……いや顔赤らめてるな。間違いなく照れてるな!!

 そうだこいつも素で《わんこ系》だった……。オーナー見る目あり過ぎるだろ。


 そんな感じでちゃっかりあれから2、3品追加オーダーを取ってきた先輩には俺も誠至も唖然。


「どうだ? 教育係いらないだろ?」

「……チッ」


 天然怖い、と改めて思った。

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