第3話 可愛い系

 はあ……、マジでこの前は散々だった。私の人生であそこまで焦ったことない。

 まだ浮気がバレた時の方が心中落ち着いてたわ。浮気っつーか、勝手に彼氏が勘違いしただけだしな。全く、男友達くらい自由に作らせろっての。

 まあ今は男友達なんて腐るほどいるし勘違いもされないけどね! なんってったって“同性”だから!


 ――――と、その時。


「あれ、佐伯先輩どうしたんすか?」

「千秋探してんだけど」


 ……っあぶな! 今まさに教室入ろうとしてたよ。すんでのところで足を止めてすぐさま柱の陰に隠れる。


「多分あいつもう少しで来ますよ?」

「んー俺もこの後授業だしまた後で来るわ」


 すると遠ざかっていく足音。

 いや来なくていいわ! この前のことが気まずすぎて顔会わせられねーわ!


 絶対俺のこと変に思っただろ……天然に見えて妙に鋭い時あるし……。


「ちょっと、」


 ああもうマジで憂鬱……。


「ちょっとってば!」

「……え!?」

「足踏んでる! なんで気付かないわけ!?」


 突如横から聞こえた声にびっくりして思わず飛び跳ねる。


「ちょ、あんま目立った動きしないでよ!」


 さっきから何故か怒った様子の(自分のせいとは思わない)彼は……いや彼女……?え、どっち?

 否、どっちでもいい。どっちだって可愛い!!


「はああ!? なんでいきなり抱きっ!? ……ちょ、苦しっ、から離せよバカ!」


 ダーン! とそれはもう清々しいほどに突き飛ばされたのでそんなに頑丈ではない俺はスッテーンと尻餅をついてしまう。


「え、僕別にそんな力込めてなっ、」

「あ! この声琳門りもんくんじゃない!?こっちから聞こえたよ!」

「……ッ!」


 倒れ込んだ俺に慌てて手を貸そうとしたかわい子ちゃん。

 しかし遠くの方から女の子の声がしたら一気に顔面蒼白になった。……え、もしかして逃げてる? それで俺みたいに柱の陰に隠れてたのか?


「りーもんくん見ーつけた!」


 そうと分かればするべきことは一つだ。

 暫く経たないうちにひょこっと出てきた女の子二人を視界に入れ、緩やかに微笑む。


「って、あれ!? 千秋くん!?」

「うわ、こんな近くで初めて見た……! やば綺麗すぎ!」


 ふぅ、今日帽子被ってて良かったぁ。

 理由はわからないけどかわいこちゃんがこの子達から逃げてる風なのを察した直後、咄嗟に帽子を被せて頭ごと抱き抱えていた。幸いにも身長が俺よりちょっと下くらいなのですっぽりと収まってくれている。

 ここまでしたらそう簡単に気付かれまい。


「……って、ごめん。もしかしてお取込中だった?」


 男女(?)が抱き合ってるんだからどう見てもお取込み中だろ、とは思っても言わないよ? 俺、フェミニストだから。


「ちょっとこの子に辛いことがあって泣いちゃってね……今慰めてるとこなんだ」

「そ、そうなんだ! ごめんね!」

「やっぱり千秋くんって噂通り優しいんだね……!」


 ふっふっふ。同時に俺のイメージアップにも繋がるという寸法よ。これぞまさしく一石二鳥。

 彼女達は全く疑問に思ってないようだし可愛こちゃんも大人しく腕の中に収まっている。

 心なしかぷるっぷる震えているような? ……え、どうしようクソ可愛いんだけど。


「じゃ、じゃあ私達はそろそろ……」

「そうだ千秋くん、琳門くん見てない?」


 琳門、というのはこの子の名前なんだろうな。今俺の前でウサギみたいにちっちゃくなってるのが本人だが、当然それは言えないので笑みを作る。


「追いかけっこでもしてるの?」

「そういうわけじゃないんだけど……」

「いっつも声かけると逃げちゃうんだよね……」


 逃げたくて逃げてんだからわざわざ追いかけるのは違うのでは? え、人間なのに狩猟本能があるのか? 逃げるものは追いかけたくなっちゃう的な?

 この子達の先祖はさぞかし勇敢なハンターだったんだろうな……って、そんなこと考えている場合じゃないな。

 そろそろ可愛こちゃんの震えが震えってレベルじゃなくなってる。震度幾つだよってくらい揺れてらっしゃる。


「あ、そういえばさっきあっちの校舎に入ってくの見たかも」

「ほんと!? ありがとう!」

「今度私達ともゆっくりお話してね!」


 窓の外から見えるでっかい建物を指すと、目を輝かせる彼女達。

 ちゃっかり俺にアピールするという積極性は感心するけどこの子には些か荷が重そうだ。


「大丈夫? 女の子達ならもう行ったよ?」


 さっきまで震えていたのに今は微動だにしない“琳門くん”に心配になって顔を覗き込もうとするも、俺の腰に回した手を離そうとする素振りが微塵もない。

 え、もしかして死んでないよね? まだ死後硬直には早すぎるよね?


「まじで、無理……」


 暫くして呟かれた言葉を聞き逃さんとばかりに耳を澄ます。


 ―――と同時に、教室から教授の声が聞こえた。

 あー授業始まっちゃったか。まあ出席確認は済ませてたしそんな焦らないけど。大して重要な講義でもないから後で女の子からプリント貰えばいいや、と適当な一人にラインを打つ。


 そしていくらか落ち着いた様子の“琳門くん”を近くの椅子に誘導して座らせた。


「これ飲める? 甘いのと苦いのどっちがいい?」


 長椅子の横に自動販売機があったのでミルクティーとコーヒーを買って目の前に差し出す。

 ちなみにその間も俺から離れようとはせずずっと服の端を掴んでいた。……これはあれか。お持ち帰りしていいのか? いいよね?

 あまりの可愛さに目の前がぐらついたお茶目な千秋くんだったが、こっちに向かって伸びてくる白い細腕に意識を取り戻す。

 危なかった。少しだけ性犯罪者の気持ちがわかっちゃったよ。


「……ありがと」


 ぶっきら棒ながらにお礼を言い受け取った方はブラックコーヒー。

 あ、まじかそっちか。思いっきりミルクティーかと思ってたよ。そんなウサギみたいな愛くるしい姿してるから。

 ……あのね、やめようね? その状態でギャップ萌え仕掛けてくるとか萌え殺したいのかな? お兄さんほんとに性犯罪者になっちゃうよ〜。と真顔で問い質したくなるくらいには再度目眩に襲われた。


 色素の薄い栗色の髪、くりりとしたパッチリお目々。庇護欲をそそる表情。まさに“可愛い”を全て詰め込んだかのような風貌だ。

 さっきの女の子達、ちょっと無神経だなとか思っちゃってごめんね? 君達が正しいよ。コレは追いかけたくなっちゃうよ。


「僕……女が怖いんだ」


 ……なんて、たった今心の声が聞こえたらこの可愛こちゃんにボッコボコにされるだろうから変なこと言わないでくれよ俺の口。


 にやけそうになるのを必死に堪えて心配した感じを装う。

 や、やばい表情筋がこれまで生きてきて一番鍛えられてる気がする。油断したら死ぬ。どうにか耐えてくれ……!


「女子って見た目大人しそうなのに僕のこと見るなり発狂するし、追いかけてくるし、それはもう鬼のようで……」

「ぐふ……ッ」


 っぶない! 吹き出すところだったのをすんでのところで己へ腹パンし食い止める。

 だってあんなに可愛く甘えてくる女の子達が鬼って、鬼って……!

 それもこれも全部君がモンスター級に可愛いせいだから! 自覚ないみたいだけど自分のせいだから! 無自覚は罪だぞ!



「ちょ、大丈夫? なに一人で悶えてるの?」

「いや大丈夫だけど……ちょっとお腹が……」


 腹パン強すぎた! 加減ミスった……ッ!

 笑わないように必死すぎて全力でぶち込んじゃったよ。


「あ、そう。よくわかんないけどお大事に。……あと、ありがとう。さっき助けてくれて」


 ぷいっと顔を逸らされながらも告げられた言葉にダブルパンチを食らう。

 なんか僅かに頬がピンクになってない? あのね、だからそれがいけないんだよ?

 この子よくここまで無事に生きてこられたな……。あ、でもこんなに極度の女性恐怖症ってことは過去になんかあったのか? まあ今は聞かない方が良さそうだな……。


 お、可愛こちゃんのおかげかお腹の痛みが治まった。“可愛い”ってすごい。


「お礼はいいよ。困ってる可愛いこちゃんを助けるのは男の役目だからね」

「……は? なんだ可愛いこちゃんって!」

「あ、ごめん名前聞いてなかったから。その前に性別聞いていい? 男なの? 女なの?」

「はあああ!? なんでそこわかんないの!? どう見ても男じゃん!」


 ……いや、悪いけどさ。これでもかって睨んでるところ悪いけどさ。

 その愛くるしい瞳に涙いっぱい溜めてる姿を見て一発で男って判断できる人多分いないと思うよ? 今時ボクっ娘も珍しくないし。

 これなら男女問わず追いかけたくなるだろう。


 ……あれ今更だけど俺、一応生物学上女なんだけど大丈夫なのかな? まあこれだけ近付いてなんの拒否反応も起こさないってことは平気なんだろうけど。

 見た目の問題か? 意識の問題か?

 どっちにしろ勿体無いなぁ〜。女の子めっちゃ可愛いのに。囲まれるだけで幸せなのに。……あ、でもこの子より可愛い子は早々いないか。


「……助けてくれていい奴だと思ったのに」

「あはは、ごめんごめん。ちょっとした冗談だよ。俺は朝比奈千秋。また女の子に追いかけられたら俺のとこにおいで?」

「……ッ! あり、がと……僕はたかむら琳門。よ、よろしく……」


 んー、やっぱクソ可愛い。今すぐにでも抱き締めたいけどさっきの今でやったら怒られそうだしなぁ。

 仕方ない、今日はバイバイするしかないか。また今度会ったらなに言われても構い通してやろう。


 そう思いひらひらと手を振って背を向けた俺に―――、


「っ、自分の方が女みたいな色気出してんの気付いてないの? ……そういえば腰とか異様に細かったような」


 と、琳門が呟いたことには気付かなかった。

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