第2話 わんこ系
「ちーあきっ」
「っ、」
考え事をしていたら、体に衝撃が走って動きを止めた。この遠慮のない行動、甘えた口調……さては!
「佐伯先輩!」
「おう! お前難しい顔してたぞ? どうした?」
どうしたって……それは……。
先日の蘇芳倭人のことについて考えていた。
あの時――――全く男であることを意識していなかった。表情から仕草、声まで女のソレだったと思う。勘の鋭いあいつのことだからバレていそうで気が気じゃない。
あれから何の接触もないことが唯一の救いなんだろうけど……。このじわりじわりと蝕まれていく感じ、生きた心地がしない。死刑宣告を待つかのようだ。
「って、ちょっと! どこ触ってるんですか!」
「えー? だって千秋の身体柔らかくて触り心地いいんだもん。女みてぇ」
「!」
その前に、この人! この人をなんとかしないと!
このやたら馴れ馴れしい人は、佐伯
……結局俺は断ったのに、何故か会う度話しかけられる。
なんていうか、不思議な人。
「なぁ〜、いい加減サークルに入らない?」
「入りません。汗掻きたくないので。ていうか離してください」
脂肪のない腕を抓りながら引き剥がすと、不満そうな声を上げる。こんな抓りにくい腕は初めてだ。どんだけ筋トレすればこんなカッチコチになるんだか。
「つれないねぇ。お前は汗掻いても可愛いと思うぞ?」
「そういう問題じゃありません。それと可愛いって言うのやめてください。俺は男ですよ」
「可愛いものに可愛いって言って何が悪い」
……時たま、この人は俺の正体に気付いてるんじゃないかと思う。気付いてる上で、こうして揶揄ってきてるのではないかと。
この人畜無害そうな笑みの下では何を思っているのか……。まぁ、俺に害がないならどうでもいいけどね。核心をつくようなことは言われないし。
ようやく離れてくれた先輩の顔を下から見上げる。
でかい図体のせいで怖い印象を持たれがちだけど、それを遥かに上回る人懐っこい態度とワンコみたいな目が特徴。明るい髪色も相俟ってゴールデンレトリバーのようだ。
スポーツもできて、みんなの人気者。爽やかって言葉はこの人のためにあると言っても過言ではない。
「礎せんぱぁい! 今日の練習なくなったらしいですよ〜」
「えっマジか!」
女の子数人が集まってきた。きっとフットボールサークルの人達だろう。
少し下がったところからちらりと盗み見れば何人かは頬を染めていて、先輩のモテ具合が確認できる。
「なんだ〜折角テスト明けのなまった身体動かせると思ったのにな」
「あの、だからこの後あたし達と遊びに行きませんか!?」
「他の先輩たちもいるんで!」
「テストお疲れ会みたいな!」
わーお、みんな必死だな〜。そんな頑張らなくても先輩のことだから快く承諾して――――。
「んー、ごめん! 今日はこいつと約束あるから!」
「は!?」
急に引っ張ってこられて思わず声をあげてしまった。何言ってんのこの人!?
「……え?」
「きゃーー! 千秋くんじゃん!」
「わ! いつからそこに!? っていうか二人って仲良かったの!?」
あーあ。見つかっちゃった。絶対こうなるだろうと思ってそっぽ向いてたのに。
「じゃ、じゃあっ、千秋くんも一緒においでよ!」
「千秋くんならみんな大歓迎だよ!」
えー俺完全部外者だよね? 人様のテリトリーに踏み込むほど神経図太くないです。
「だーめー! 俺は千秋と二人で遊びたいの! 誰にも邪魔されたくありません!」
んな!?
「えーっ先輩だけずるーい!」
「私達も千秋くんと仲良くなりたいのに〜」
「あっ……先輩もしかして、」
「え? なになに?」
「――――ああ! なるほど〜」
「えーやだー」
ちょ、ちょ、ちょ。
何ですかお嬢さん方その意味深な眼差しは。そんなニヤニヤされるとさすがに居心地悪いんだけど?
「そういうことなら、仕方ないですね」
「礎先輩、千秋くんとのデート楽しんでくださーい」
「またサークルで会いましょうね〜」
「千秋くんバイバーイ」
嵐のように去っていった女子大生すなわちJD達。現代っ子ならではのくるくる展開する会話劇に呆然とするしかなかった。……女の子、恐るべし。
彼女達を見届けた先輩は、くるりとこちらに振り返って輝かしい笑みを向ける。……くっ、この笑顔……目に悪い!
「いや〜それにしてもすごい人気だったなぁ。千秋を視界に入れた途端あいつらの声ワントーン上がってたぞ」
「先輩も人のこと言えないでしょうが……ていうか! 先輩が変な言い方するから誤解されたじゃないですか!」
「え? 誤解? なにを?」
……っ、だからこの人は嫌なんだ……。
「そもそも! 俺約束なんてした覚えありませんし!」
「ああ。そうだったな。だから俺と遊んでくれ」
「っ!」
ああもうっ、どうしてこう、この人は……。
佐伯先輩と一緒にいるとペース乱されっぱなしだ。こんなの俺が楽しめないから嫌なんだけど!
「残念ですが、生憎今日は予定があります」
「え? バイトは月木金だろ? それに人と深く関わろうとしないお前が何の予定入れたんだよ」
「……っ、あんたは俺のストーカーか!」
バイトの曜日なんて教えた記憶ないんだけど!?
てか何気に今貶したよね! ……とんでもないぞ、この先輩。
確かに予定はないけども……。もっと他の用事があるとか考えないのかね。
でもまあどう誤魔化そうとも通用しない気がする。こういう人にははっきり言うのが一番だ。
「予定はないですけど、先輩と遊ぶのは嫌です」
「なんで?」
なんでって……聞くか普通!? なんなのこの人、バカなの!?
「なんでもです。先輩と遊びたくない事実は変わりません」
「千秋、俺のこと嫌いなの?」
さすが先輩、そう来たか。俺が嫌いと言わないとタカをくくっているな?
確かに嫌いではないけど……思うツボになってたまるか!
「っき、嫌いです」
「え……、」
ッ、ちょ! 自分で聞いといて勝手に凹まないでよ! ほんとなんなの!
その垂れ下がった耳と尻尾をどうにかしてよ! そんな子犬のような愛くるしい瞳で見つめても、ダメ、なん……だ、から……。
「ああもう! 嫌いじゃないです! どこに行きたいんですか!?」
「わぁーい。千秋やっさしー」
もうやだ、この人。
◆◇◆
「ちょっ、何あの2人! 他とオーラが違うんですけど!」
「や、やばいほどカッコ良くない!?」
「背高い方も爽やかでいいけど隣にいる人なんて綺麗すぎて……」
「どうする? 声かける?」
「え!? マジ? あんなレベル高いのにいく自信……」
「お、お兄さん達〜、良かったら私達とお茶しません!?」
「あ! 先越されちゃったじゃん!!」
な、なんだこの騒がれようは……。
ただ街を歩いているだけなのにいつもの比じゃないんだけど。しかも女の人達みんなおどおどしてるし。
「ごめん、今日はコイツとだけって決めてるんだ。また今度誘って?」
先輩の力、恐るべし……。
「あ、そうなんですか! わかりましたッ」
「そ、それならまた今度……」
「――ねえっもしかして2人ってソッチ系!?」
「じゃない!? 2人だけの空気できてるし……っ美形カップル萌えるわ〜」
うん、それから勘違いの数も尋常じゃないね。それもこれも先輩がさっきからベタベタベッタベタするせいだ。
今だって肩を組まれて歩きにくいことこの上ない。まあ手を繋がれないだけマシだけど。
抵抗するとその分一層密着してくるから諦めた。学習することは大切なのだ。
「っていうか、どこ向かってるんですか?」
「んー? 着いてからのお楽しみ〜」
はぁ……ほんとに目的地なんてあるのだろうか。それすらも疑わしい。
この先輩の考えてることはイマイチよくわからない。子犬みたいな顔して平気で騙してくるからな。
しかしそんなことは杞憂とばかりに、目的地にはすぐ着いた。
「ここって……」
「楽しそうだろ? 最近ご無沙汰でさ〜」
いやっ、あの! ここどう見てもカップル達の巣窟、ラブホテルなんですけど!?
全然杞憂じゃなかったよ! 何考えてんのこの人!?
やっぱり私のことバレてる? からかってんの? ちょっとパニクり過ぎて頭回らない!
「おい、何立ち止まってんだ? こっちだぞ?」
……はい、ただの建物違いでした。
◆◇◆
そこはよくあるスポーツアトラクション施設だった。ボウリングからバッティングセンター、その他球技にスケートまであらゆるジャンルのスポーツを楽しむことができる。
なんて佐伯先輩らしい……ってどんだけ紛らわしい場所に建ってるんだ! ここホテル街の中心なんですけど!?
「なあ千秋、最初はテニスでいいか?」
「あ、はい……」
なんだ、てっきりサッカーやるのかと思ってたら、まさかのラケットスポーツ。
ガットが緩めに張られた、少しちゃっちい感じのラケットを渡されそれぞれ反対側のコートに立つ。
サーブの構えをする先輩は、それこそテニスの王◯様に出てきそうなほど様になってた。
「そーれっ」
「はっ」
「お! 千秋やるなぁ〜。それならこれはどうだっ」
そう言って鋭いスライスショットを打ってくる先輩。
ちょ、先輩のくせに大人気ない! ていうかそんな技どこで学んだんだ!?
―――と、いっても別にこれくらいじゃ動揺しないけど。
スコーン! と先輩の打ってきた球にさらに回転をかけて打ち返す。
へっへーん。なんてったって高校まではテニス部だったんだよね。テニスの勝負を持ちかけられた時は思わずニヤけそうになっちゃったよ。
「……!」
先輩は全く反応できずにバウンドするボールをただ見つめるだけ。
よし、今日で一番イイ顔を見ることができた。
この人といるとずっとペース乱されっぱなしだから丁度いいわ。そうちょっと得意気で踏ん反り返っていると。
「……面白い。見かけによらず運動神経いいんだな。これはかなり楽しめそうだ。勿論勝負はこれからだよな?」
……すっかり熱血スイッチの入った先輩が緩く笑みを浮かべて構えていた。
っておい! 嘘だろ!? めっちゃやる気じゃん!
怖!? 俺腕には自信あるけど体力そんなないよ!
「そーれっ」
って少し待てーーーい!!
◆◇◆
「はあっ、はあっ、」
「ま、だまだ……っ」
「いい加減、諦めてくださいよ……っ」
あれからどれくらい経っただろうか。少なくとも長い針は二周してる気がする。
休憩なしでこんだけ体動かすのなんて現役時代ですらなかったよ。つまりもう体はボロボロ。汗はダラダラ。いつ呼吸困難になってもおかしくない状況。
なんでこの俺がかきたくもない汗を青春漫画よろしく垂れ流して必死にやっているのかというと、『敗者が勝者の言うことをなんでも聞く』なんてありがちなセリフを先輩がほざいたからだ。
しかもその直後に『ちなみに俺が勝ったら毎週俺と遊ぶ時間を作れ』とのたまうのだ。こんなスリル満点の遊びをしてる俺からすれば、誰かと長時間一緒にいることは致命的。
言うまでもなくそんな事態は避けねばならないので、全力で勝ちにいく必要がある。
一気に本気モードになった俺に先輩は嬉しそうに(たまに落ち込んでた)、向かってきた。
はっきり言って、総合力は五分五分。俺がどんな難しい技を打っても、先輩は持ち前の反射神経とパワーであっさり返してくるのだ。
したがってもう長い間ラリーが終わらない。心なしかギャラリーが大勢いるような……。
俺か先輩が打ち返す度にあがる歓声。普段だったら喜んでお応えしたいところだけど今は勿論そんな余裕は持ち合わせていない。
こんなこと続けてたらマジで明日一歩も動けなくなる……っ。
―――と、思ったその刹那。
「しまった……!」
先輩の焦ったような声に、ポーンと軽やかにボールが飛ぶ音。
見上げれば、汗で滑ったらしい先輩が打ち損ねていい感じのロブになったテニスボールが天高く泳いでいた。
なんという絶好球。このチャンスを逃す手はない。
「これで……終わりだ!」
くたばれ先輩いいいいい!!
なんて親の仇かと思うくらいのパワーを乗せてスマッシュを打った。
打ったぞ! よっしゃああ! ……と、勝利を確信したその時。
――――ブチブチブチ!
「はあああ!!?」
強烈な一撃をかましたその瞬間、胸に途轍もない違和感を感じた。すんげえ嫌な予感がするんだが。
おい嘘だろ、誰か嘘だと言ってくれ……。
―――サラシの感覚が全くないんですけど!!?
「は!? えっ、嘘だろ……!?」
「お、おい千秋。どうした?」
勝負には俺が勝ったのに、いきなり奇声をあげる俺を心配して先輩が駆け寄ってくる。
しかしそんなことに構ってる余裕はなく、とりあえず今凄いことになってる胸を隠そうと前屈みになってうずくまる。
さっきのエグい音絶対サラシ破れたね! 最悪かよ!? サラシって破れんの!? 聞いたことねーわ!
スーパーサイ◯人じゃないんだからちょっとパワー込めたくらいで簡単に粉々になってんじゃねーよ!
「千秋ッ、お腹痛いのか!? 俺なんかできることあるか!?」
キャンキャンと吠える先輩のせいで野次馬集まってきてるじゃねーか。ここでバレたらマジでシャレにならない。
「じゃあ、今すぐ帰ってください……っ」
「はあ!? 何言ってんだよ! こんな状態のお前を置いて帰れるわけ、」
「勝負は俺が勝ちましたよねッ? だから、早く……!」
「〜〜ッッ」
言いたいことはわかる。先輩の性格の良さはお墨付きだしいかにもヤバイ状態の俺を残せるわけがない。
でも、マジで。今だけは……! さっさと帰れよこの駄犬がああああ!!
……はい。そんな俺の切なる願いが届いたのか大人しく帰ってくれましたとさ。
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