第1話 俺様系

 幸い、中高と違って大学では女とバレることが極端に少ない。

 スポーツ系の授業は選択しなければ済む話だし、トイレはまあ……最初はたじろいだけど慣れてしまったらこっちのもの。さすがに毎回個室に入るのを見られるのは嫌だったので人がいない場所を利用するようにしている。

 こんなに構内が広いんじゃ1箇所ぐらい人が寄り付かないところがあるものだ。


 ―――その広い敷地内を空きコマにいつものようにふらふらと徘徊している時、空き教室から女の子の声が聞こえた。


「ねぇ、この大学何気イケメン多くない?」

「あっ、それ私も思った〜!」


 所謂女子トークってヤツだ。すかさず気配を殺して壁の陰に隠れた。

 盗み聞きなんて趣味が悪い? はいその通りです。


「しかもずば抜けて美形な人が4人もいるよね!」

「ねえ、誰が一番タイプかせーので言おうよ!」

「おっいいね! せーの!」

「千秋くん!」

蘇芳すおうくん!」


 自分の名前が聞こえ心の中でガッツポーズを作る。モテる男はつらいねぇ、とか言ってみる。やはり最高に楽しいな。

 欲を言えば俺の名前で綺麗にハモって欲しかったけど……。


 続けて聞き耳を立てていたら聞き捨てならない言葉が聞こえた。


「えっ、千秋くんてあの美人さんだよね?」

「そうそう! 中性的な顔って見てるだけで幸せ。この前一瞬女の人に見えちゃって。美しすぎてため息出るわ〜」


 ……ッ、あっぶな!

 褒められたのは素直に嬉しいけど内心焦る。やっぱりわかるもんなのかな? 顔はしょうがないにしても、仕草とか歩き方とか気をつけてはいるんだけど。


「それはわかる。なんか何処と無くエロさを感じるよね〜。なんていうの、雰囲気?」

「それ! ミステリアスなところがまたイイ! 女の子といるところはよく見かけるけど、特定の彼女とか一切聞かないし。改めて考えると謎に包まれてるのよね〜」


 エロい……それは初めて言われたかも。あ、でも確かに表情は癖で誘ってるように見えちゃうのかな? あまり意識してなかったけど、需要があるならもっと磨いてみよう。

 ミステリアスな部分は仕方ないよね。だって女だし。付き合ってもヤれないし。一緒にいすぎるとバレちゃうし。だから大学終わった後も誰かと遊ぶことは滅多にない。


「確かに千秋くんも麗しいイケメンだけどさ〜、私的にはもっと身長欲しいかなぁって」


 …………へぇ?


「やっぱりイケメンは身長も高くないとね! その点蘇芳くんは――――」

「君達、何の話してるの?」


 丁度盗み聞きにも飽きてきたところだったし、思わず出てきちゃった。扉に背を向けている……多分さっき俺に不平を述べた子の頭に凭れかかる。

 全く、酷いなあ。これでもシークレットブーツ履いて170cmは優に越してるんだけど?


「え……!?」

「ち、千秋くんっ。なんでここに!?」

「次ここで授業」


 嘘だけど。てか今日はもう授業ない。

 ははっ、それにしても面白いくらいの慌てよう。さっき俺のことがタイプだと言っていた子は勿論、もう一人の子も顔は見えないけど耳を真っ赤に染め上げてる。


「ちちち千秋くん。その、手っどけ、どけて、」

「え? 何?」


 よく聞こえなかったフリをして、彼女の正面から覗き込む。すると見るからにボボボ、と茹だったので爆笑しそうになった。

 途端、反対側から刺すような視線が送られる。勿論俺じゃなくて彼女に。

 やだ、嫉妬してるの? 可愛い。女か男かの立場が違うだけで、こんなに気持ち良いものだったなんて。


「……あ。休講になったみたい。じゃあ、俺はもう帰ろうかな」


 もうやることは済んだので、スマホを操作しながらあっけらかんと言い放つ。

 まだ事態を飲み込めてないだろう彼女達を残して、颯爽とその場を去った。


「ちょっとクミ! あんただけずるい! 蘇芳くん推しのくせに!」

「だ、だって! いや、まさか……! はあ……もう美しすぎた。鼻血出そう……」

「羨ましい〜〜!」


 ドアを閉めた後少しだけまた盗み聞いて、ゆっくりと歩き出す。

 ふふっ、良かった。大した喧嘩にならなくて。女の子の嫉妬は可愛いけどいき過ぎると恐ろしいことになるからねぇ。

 過去それなりの場数は踏んできたから今更なんともないけど。

 ほら、俺のせいで女の子が揉めるのは気分悪いじゃん? なんて心の中でイケメンなセリフを言ってみる。


 ――――そんな時。


「アッ、ん……ふぅ」


 微かに、喘ぎ声なるものが聞こえた。

 うーわ、ほんとにいるんだ。学校でそういうことヤッちゃう人。大胆だね。人に見られるとか考えないの?

 あ、そっか。それがイイのか。

 他人の行為中に遭遇したことなんてなかったので、いつもの悪い癖が顔を出す。――――それがいけなかった。


 さっきみたいに気配を殺して聞き耳を立てたのはいいんだけど、


「おい、そこに誰かいんだろ」


 ……初めて見つかった。

 マジかよ。どんだけ鋭い感性してんだ。

 どう転んでも誤魔化せそうになかったので、観念して顔を出す。


「キャッうそ、千秋くん……!?」


 そう叫んで慌てて身体を隠した女の子。

 あ、確か前にガトーショコラ作ってくれた子だ。最近姿を見せないと思ったら……


 こいつ、俺の女横取りしやがったなーーーッ!!


 千秋くんハーレムの大事な一員が……。思わずギロリ、と男を睨む。

 ……クッ。確かにかっこいい。程良い長さの黒髪は毛先を遊ばせており、オニキスの瞳に射抜かれたら腰が砕けそう。肌蹴たシャツから覗く筋肉質な美しい肌は、女が夢中になるには十分過ぎる。

 私もちょっと抱かれてみた……って何考えてんの!? 今は男!!


「っち、違うの! ごめんなさい、千秋くんっ……わたし、」


 女の子が何か言ってたみたいだけど、不思議と頭に入ってこなかった。暫くして、走り去っていく足音が後ろから聞こえる。

 それより今は、目の前で不敵に笑っている男から目が離せない。勿論ムカつく的な意味で。


「良い趣味してんなぁ、お前」

「……勝手にヤッてたあんたが悪い」

「そりゃそうだ。お前の女だったか? それは悪いことしたな」

「彼女ではない」

「……へぇ? まあお前も女に困るようなツラしてねえもんな」


 そう言いながら近寄ってくる男。

 俺より高い身長に、高圧的な態度。こいつがさっき女の子が話していた『蘇芳』なのだと、直感的に思った。


「まさか女共がきゃーきゃー騒いでる千秋サンにこんな形で対面するとはね。ま、さすがこれっぽっちも動揺してないとこ見るとヤり慣れてんだろうけど」


 いや、さすがに誰かがヤってる最中見たのは初めてだわ! ただこんなんで赤面するような可愛い性格持ち合わせてないだけ。こいつと同じヤリチンだと思われちゃ困る。

 てか俺にそんなモノついてねーわ。


「……あんた、名前は?」


 聞いたのは、単に確かめたかったのと、……なんか悔しかったから。


「あ? 知らねーのかよ。蘇芳倭人やまと。お前と同じ学科だろうが」

「ふーん」


 やっぱり合ってた。

 フン、でも残念だったね。―――クミちゃんは俺が貰った!!

 俺があんなに近付いて落ちなかった子はいないからね。こいつに奪われちゃった子も見かけたら声かけないと。なんかワケありそうだったし奪い返せる可能性はある。


 ……って、そういえばこいつ、段々近付いてきてないか? 顔っ、近いんですけど!


「お前、近くで見ると女みてぇな顔してやがんだな」

「!?」


 そりゃ女ですから! なんて死んでも叫べない。

 蘇芳は私の全身に視線を這わせた後、もう一度顔をじっと見て、


「まあ、こんなでっけえ女がいたら嫌だけど」


 と吐き捨てるようにのたまった。

 いや、それはシークレットブーツ履いてるからで! 実際の身長はこれより10cmくらい低いしっ! それでも女子の平均よりはちょい高めだけど……。

 って私はなんで言い訳がましくなってんの! 全部心の中だけども!


 ……ふぅ。とりあえず一呼吸置いて落ち着くことにした。

 こんな男に焦っちゃってバカバカしい。万年発情期みたいな男一人を、この私が堕とせないとでも?


「じゃあ、こんな女は嫌い?」


 舐めるような視線でヤツを見上げ、絡め取るように耳元で囁く。


「……ッ」


 白状します。

 わたくし朝比奈千秋、今は男であることをかんっぺきに忘れてました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る