男装ヒロインの失敗

藍原

プロローグ

千秋ちあきくんっ、やっと見つけた!」


 後ろから歓喜に満ちた高い声が聞こえ振り向く。

 うん、可愛い。すっかり慣れた光景に、自然と口が吊り上がった。


「もう、講義室で待っててって言ったのに」

「ごめんごめん。でもこうして君が探してくれるのわかってたから、つい意地悪してみたくなっちゃって」

「っ!」


 目を狐みたいに細めて、唇は緩いカーブを描く。君、俺のこのカオ好きだろう……?


「ち、千秋くんってば! ほんと意地悪なんだから! そ、そこがいいんだけど……っ」


 うん、知ってる。君の照れた顔可愛くて好きだからコレは君専用のカオ。

 まあ本当は待つの嫌いだから適当に散歩してただけなんだけどね。だってただ待つだけなんて、つまらない。


「これっ、渡したくて……!」

「マフィン? 君が作ったの?」

「うん。私お菓子作りが好きで……その、作りすぎちゃったからお裾分けっ」

「……へぇ。ありがとう、とても美味しそうだよ」


 貰ったからにはちゃんと返さないとね。ほら、君が大好きな……とはまた違う、とびっきりの笑顔。


「……っ! えと、じゃあそういうことだから! 恥ずかしいから1人で食べてね! 感想とかもいらないからっ」


 何かに焦ったように捲し立てて、パタパタと駆けていく彼女。


 彼女は一つ、嘘をついた。ドロッドロに甘い嘘。

 “お菓子作りが好き”……? 誰もが認める不器用な彼女が? 家では全く料理しないと女友達に言っていた彼女が?


 ――――この前俺がマフィン好きって言ったの覚えてたんでしょ。

 学科の男達で彼女に貰うなら何がいい? って話してた時、近くにいたもんねぇ。

 俺に喜んで欲しくて頑張っちゃったわけだ。


 ふふっ、女の子って、なんて可愛いんだろう。ドロドロに甘くて、綺麗で。


 ――――ああ、これだからヤメラレナイ。《男》って、なんて楽しいの。




 《私》は元々、自他共に認める美少女だった。小さい頃から蝶よ花よと持て囃され、人生モテ街道まっしぐら。

 歳を重ねるにつれ美に磨きがかかって、高校生なんかは毎日のように告白されたっけ。

 でも、ある時ふと思ったのだ。私は死ぬまでこのままなのかと。


 ――――それってなんか、つまらなくない?


 もう男には十分モテた。女であることに満足してしまった。

 それなら、今までとは違う人生を歩んでみるのはどうだろうか。――――《性別》を変える、とか。


 過去最高に面白い私の思いつきだ。

 いやぁ、何が一番面白いかって、女の子の反応だよね。《女》の私には常に嫉妬の篭った眼差しで睨みつけてたクセに、カツラを被って口調を変えた途端わらわらと砂糖に群がるアリみたいになっちゃって。


 イケメン達は常にこんなドロドロなハーレム状態を楽しんでたってわけね。あーあ、もっと早く気づけば良かったなぁ。

 男に囲まれるのとはまた違う楽しさがあるよね。だってほら、男だったら手作りのマフィンとかくれないだろうし。

 何と言っても、むさ苦しい男共より良い匂いがして柔らかい女の子の方が気持ちいい。あれ、もしかして私ってソッチの気色があったり……?


 まあいーや。それはそれで面白そうだし。やっぱり人生楽しんでなんぼよね?




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