第29話






   29話






 その日の夜。

 葵音は病室をこっそり抜け出して、黒葉の元に居た。もちろん、まだ彼女の傍にいることは出来ない。ガラス越しから見守るだけだった。

 けれど、あの日記を見た後はどうしても彼女に会いたかったのだ。


 ガラス越しにみる彼女は何も変わらずに、静かに寝ているだけ。動いているのは、繋がれている機械だけのように感じてしまった。



 「黒葉。おまえの日記見たよ。………昔から、俺の事を見ていてくれたんだな。よくネックレスと交差点だけで俺を見つけてくれたよな………。あれが、もし旅行の時だったり、俺が初めて訪れる場所だったらどうするつもりだったんだよ。」



 黒葉に届くこともない言葉をポツポツと吐き出す。

 話せずにはいられない。

 あんな手紙を残されたら。

 怒らずに、感謝せずに、そして……抱きしめずにはいられないだろう。



 「そんな事、わかってても黒葉は動いてくれたんだよな………ありがとう。本当におまえに会えてよかったよ。」



 もちろん返事もなければ、彼女の表情もわからない。いつも笑顔で話を聞いてくれていた彼女はいないのだ。

 それでも、黒葉は聞いてくれているように感じしまうから不思議だ。



 「黒葉の事、俺は何も知らないんだな。だから、おまえが目覚めたときに少しでもお前の昔とか育った場所とか、星詠みの力とか、少しでも黒葉を知っていられるように、少し出掛けてくるよ。………すぐに戻ってくるから。だから、次に来たときはお前の声を聞かせてくれよ?」



 寂しさを堪えながらそう彼女に言葉を残して、黒葉を少しの間見つめると、葵音は来たときと同じようにこっそりと病室を出た。







 黒葉の生まれ故郷に向かうのは、葵音の体調がいい日にしようという事で決めた。

 リハビリも始まり、疲れて寝込んでしまう事もあったので、累は慎重すぎるほどに心配しながら、日程を決めた。

 そして、それは日記にあった黒葉の手紙を読んでたから5日後になった。



 黒葉の故郷は、葵音たちが住んでいる所から車で五時間ぐらいだった。

 夜中に病院を抜け出して、朝方には到着するという計画だった。数日滞在したかったけれど、葵音の体調も考えてると、その日のうちに戻ってきたいと累は考えているようだった。



 累が運転している間、葵音は寝かせてもらい体力を温存させていた。



 黒葉の故郷に到着する頃には真っ黒だった空も、明るくなってくる。

 あいにくの空模様でどんよりとしており、今でも雨が降ってきそうなぐらいだった。




 彼女が言っていた通りに、そこは山に囲まれた場所だった。蝉たちやカエル鳴き声が聞こえたり、畑仕事をする人、車の少ない道など、葵音が住んでいる所とは全く違っていた。

 時がゆったりと進むようなその場所は、葵音にとっては新鮮で心地よく感じてしまった。


 けれど、彼女はどんな気持ちで過ごしていたのだろうか?

 そんな風に考えると、風景が違って見えてしまう気がした。




 「葵音………これは、一雨きそうかもしれないぞ。……ほら、向こうの空が真っ黒だ。」



 運転しながらそういう累の視線の先を追うと、そこには大きな雨雲が葵音たちを待ち構えていた。



 累の言葉から数分後、辺りが見えにくくなるほどの大雨に見まわれた。

 


 「累……ライトもつけても危ないんじゃないか?」

 「確かにそうかもな………あぁ、あそこに地朝なカフェがあるみたいだ。ここで少し休もうか。」



 累はずっと運転をし続けていたので丁度いいなと思い、葵音も賛成をした。

 累の車に置きっぱなしになっていたビニール傘をさして急いで店の中に入った。


 コテージのような木造の店内は、ぬくもりある可愛らしい店だった。いたるところに、ドライフラワーが飾っており、女性客が喜びそうだなと葵音は思った。



 「いらっしゃいませ。」



 ショートカットの中年の女性は、葵音たちを驚いた顔で見つめた。

 それが何故なのか分からず、2人は顔を見合せてしまう。けれど、その理由はすぐに解決される事になるのだ。






 「お待ちしてました。平星さんがお待ちですよ。」




 店員の言葉に、葵音と累は絶句してしまったのだった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る