第26話
26話
次の日、累はやはりすぐに葵音の病院に来てくれた。
前の日も黒葉に会うために遅くまで残ってくれたというのに、面会時間のスタートに合わせて来てくれたのだ。
本当にマメな男だと思いながらも、葵音は彼に感謝していた。
事故に遭った大怪我をした黒葉を見てから、葵音はある考えが頭の中にあった。
それは、黒葉があの日記に何かを残しているのではないかという事だった。
日記にではなくても、他のもので自分の事を葵音に残していると思ったのだ。
日記によれば、相当昔から彼女は葵音の事故に囚われているのだ。
長年の思いが達成されるこの日のために、きっと黒葉は残しているはずだ。
……自分がいなくなるのだから、何かを残したいと思うのは常だろう。
そう思ってから、夜中に何度も病院を抜け出したくなってしまった。抜け出したとしても、自分の家の鍵は累が持っているのだ。無意味だとしても、葵音は落ち着きなく夜を過ごした。
彼女は何を残しているのか。
きっと黒葉は何かを残していると確信していたけれど、それが何なのかを葵音はわからなかった。
早く彼女の考えを知りたい。
そんな事を考えながら、眠れる夜を過ごしたのだった。
「おはよう、葵音。よく眠れたかい?」
「………おまえ、わかってて言ってるだろ?」
「………酷い顔だと思っただけだよ。持ってきたよ、ノートパソコンと、郵便受けに入っていた手紙たちもね。それと、もちろんあの箱も。」
「……悪いな。助かったよ。」
累から大きな紙バックを受け取り、中身を見つめた。彼の気遣いに感謝しながらも、ノートパソコンや郵便物には一切目もくれなかった。
葵音は古びた箱を手に取り、座っていたベットに置いた。
「それ、机の上に置いてあったよ。引きだしには何もなかった。それに………黒葉ちゃんの荷物がひとつの大きなバックに纏められてた。」
「………あいつ………。」
きっと黒葉はあの部屋に帰ってくるつもりはなかったのだろう。
だから、部屋を片付けて荷物も纏めていたのだろうと葵音は彼女の考えを理解した。葵音がすぐに片付けやすいように。いなくなってしまってから、葵音に迷惑をかけたくない。そんなバカみたいな事を思っていたのだろうと知ると、葵音は悲しくなってしまった。
旅行の朝、彼女がなかなか部屋から出てこなかったのは、そのためだと葵音は今さらながらに気づいた。
今、知ったとしても遅いというのに…………。
それに旅行の前の日に知っていたとしても、その理由を葵音がわかるはずもないのだから。
箱にゆっくりと手を添えて開ける。
すると、葵音が1度だけ見てしまった黒葉の日記と免許証が出てきた。
累は椅子に座り、ただじっとその様子を見つめていた。きっと日記を覗き込むような事はしないで、終わるまで見守るつもりなのだろう。
彼の気遣いに感謝しながら、日記に視線を落とした。
葵音は、丁寧に日記を持ちページを捲っていく。
前に見てしまったページより、彼女の言葉は続いて残っていた。
すると、事故にあう前の近い日から「今日も違った。」ではない言葉が沢山書かれていた。
それは、葵音が彼女に買ったワンピースをプレゼントした日から始まっていた。
『葵音さんが白いワンピースをプレゼントしてくれた。とても綺麗なワンピース。それはあの日、私が着ていたものと同じだった。真っ赤な血に染まってしまう、可哀想なワンピース。もうあの日が近い。』
『あのワンピースを来て出掛ける日は、きっと旅行の日だろう。その日にあの事件が起こるのだろうか。……わからない。けれど、せめて葵音さんとの旅行が終わってからがいい。2人の大切な思い出がもっと欲しいな。』
『夜になると不安になる。きっと旅行の日だろうと星が教えてくれているようだ。こんな幸せな時間が終わってしまう。もっと彼と触れていたい。』
『葵音さんと抱き締めあうと、自分がその瞬間消えてしまうのではないかと切なくなる。そして、これは夢だったんだと気づくのだ。夢でもいい………だから、あと少しだけ………葵音さんの傍にいさせてください。』
『彼を守ろうと決めてきたのに、いざその日が近くなると怖くなってしまう。自分が傷付くのももちろん怖い。けれど、何よりも私が失敗して葵音さんが事故に合ってしまうのが何よりも怖い。あの人を失いたくない。………私が守らなければいけない。あの人は、この世には必要な人。みんな、彼からジュエリーを貰って幸せになってるんだから。………私が大切な人の未来を守るんだ。』
『今日が最後の日になるのだろう。葵音さん、私と出会ってくれてありがとう。葵音さんと過ごせた日々が、何よりも幸せだった。葵音さんが大好きです。』
事故の前日で、黒葉の日記は終わっていた。
彼女はやはり見ていたのだろう、未来の事故を。そして、葵音を守ってくれたのだ。
白いワンピースは、事故当日に黒葉が着ていたもの。だから白いワンピースを彼女は嫌がっていたのだ。
そんな事も知らずに、葵音は彼女に贈ってしまった。黒葉が1番欲しくない物だったというのに。
悲しみながらも笑顔を見せて、運命を身に纏おってくれたのだ。
もう少しで、事故に遭うと知って。自分が傷つくと知って、彼女はどれぐらい怖い思いをしたのだろうか。
怖くて仕方がないはずなのに、助けてくれたのだ。
昨日のように泣きそうになるのを堪えながら、葵音は日記を閉じようとした。
けれど、後ろのページが少しだけ曲がっているのに気づいた。
他のページは綺麗なのにどうしてだろうか?
葵音はそのページを何気なく開いた。
すると、『葵音さんへ』と書かれて始まる手紙が長く書かれていたのだ。
それを見た瞬間、呼吸が止まってしまうのではないかというぐらいに、葵音は驚いた。
それを見ていた累も心配そうにしていたが、葵音の顔を見ると、椅子に座ったまま頷いた。彼も何があったのかを悟ったのだろう。
震えてしまいそうな指を何とか抑えて、葵音はそのページをしっかりと見つめた。
窓から入る太陽の優しい光りが、黒葉の手紙をキラキラと照らしているかのように、日記のページの部分に陽の光りが入り込んでいた。
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