第25話
25話
事故に遭ったほんとうの理由を知った葵音は、いろんな事を考え、泣き、気持ちが深く沈み込んでしまった。
今すぐにでも彼女の元へと行きたかったけれど、体が上手く動かない。
医者に頼んで車椅子でもいいから彼女の部屋へと連れていって欲しいと頼み込んだけれど、今日はダメだと言われ許されなかった。
そんな事があり、葵音は体も心も疲れきってしまったのか、午後にまた深い眠りについた。
夢の中では、デートをして楽しそうに笑う彼女に会えた。けれど途中で事故にあい倒れてしまうのだ。
そして、目覚めてはぐったりとして、また眠るの繰り返しだった。
次の日になると、体が軽くなって、ゆっくりだが歩けそうになっていた。もちろん、部屋から出るのは許されてなかったけれど、それでも動けるようになるのは嬉しかった。
事故に遭い入院してからもう3日が経っていた。この間、累は毎日のように見舞いに来てくれていた。
そして、この日も累は昼過ぎから病室に顔を出していた。
その時に、昨日自分が考え付いた事を彼に話した。
すると、彼は思いの外、その話を信じてくれたのだった。
「なるほどね。黒葉ちゃんは、葵音が事故にあうのをなんらかの理由で知っていたって事か。」
累を真剣な視線で見つめながら、葵音は深く頷いた。
葵音の考えはこうだった。
黒葉は何らかの力や能力があり、未来を見れる。それで、ここで事故があるのを知っていたのだ。
そのため、ここでの事故を回避するために自分が犠牲になったのだ。葵音を助けるために。
そして、少し前に葵音に会いに来たのは、事故がそれ以外で起こらないか監視するためなのか、スムーズに助けるために近づいたのかはわからない。
けれどどちらの理由も葵音の傍にいて黒葉が自身が犠牲になって助けるというものだった。
他に方法はなかったのか。
それはわからない。
葵音自信も考え、口に出すとばかげた事のように思ってしまう。
けれども、いくら考えても黒葉の行動や言動を考えるとこんな事しか考えつかなかったのだ。
累の反応が怖かった。
バカにされたり、怪我をして頭でも打ったのかと言われてしまいそうだと思った。
「そういうの、あるかもしれないな。黒葉ちゃんは何も言ってなかったのか?」
「………あ、あぁ………。」
「ん?どうした?」
呆然としている葵音を見て、累はあっけらかんとした態度で葵音を見つめていた。
「いや、信じてくれるのは思ってなくて……。」
「おまえなー、これでもおまえの親友だと思ってたんだけど?それに、俺は占い師だ。こういう事を信じなくてどうする?」
「……確かに、そうだな。」
そうだった。
累はこういう奴だった。
クサイぐらいに純粋で、自分の価値観を持っているけれど、信用した人を信じすぎるぐらいに信じる。
そんな男だった。
そんな彼だからこそ、親友になれたし、こうやって信じてもらえないような話をしたのだ。
少し感動して泣きそうになってしまいそうな顔を隠しながら、葵音は笑った。
「それで、黒葉ちゃんの事を知る手がかりになるようなものとかないのか?」
「前にこっそり部屋を覗いた時に、免許証と日記があったんだよ。日記は………ほとんど「今日も違った。」ばかりだったけどな。」
「なるほどね………事故前に何てかいてあるのか気になるな。それに彼女の住所も。」
「住所?」
「あぁ………なんか引っ掛かるんだ。」
そう言って考え込む累を横目に、葵音は事故のせいで汚れてしまった鞄から、鍵を取り出した。
「明日でいいから、黒葉の部屋から日記と免許証を持ってきてくれないか?」
「それはいいけど……。勝手に入っていいのか?」
「親友なんだろ?預けるよ。黒葉の部屋は空き部屋だったところだ。机の引き出しに箱があるから、それごと持ってきてくれないか?」
「わかったよ。他には?」
「ノートパソコン。」
「………わかったよ。」
呆れた顔を見せる累だけれど、きっと明日の朝一で持ってきてくれるのだろうと、葵音にはわかっていた。
仕事の依頼のメールやジュエリーの制作が遅れることを連絡しなければいけないのだ。
1人で仕事をしていると、休んでいる暇もないなと思いながらも、少しずつ日常を感じられてホッしてしまう。
けれど、今元気になって家に帰っても、黒葉はいないのだ。
それが日常になってしまうのが、とても恐ろしかった。
累が帰ってしまう前に、彼にひとつだけお願いをした。
「ここが黒葉ちゃんの部屋なんだね?」
「あぁ……近くに行けないけどガラス越しなら見てもいいと言われてるんだ。」
「そうか……久しぶりの対面なんだ。一人で行ってきなよ。」
「…………悪いな、後で呼ぶ。」
累に頼んだのは、黒葉の部屋までの付き添いだった。
やっと集中治療室から出てこれた黒葉に面会の許可がおりたのだ。
けれども、ガラス越しに見るだけで、彼女に触れることすら出来ないのだ。
けれども、彼女に一目でも会えるのは嬉しかった。
出会った日から毎日会い、そして触れていた。そんな彼女と数日ぶりに会うのだ。
事故にあった彼女を見るのが怖くないといったら嘘になる。
彼女に守られて、こうやって歩いてこられるようにまでなった自分が情けなくて、彼女に会って良いのだろうかとも思った。
けれど、フラフラの体で累に支えられながら歩いてでも彼女に会いたかった。
それが、葵音の本心なのだろうと葵音自信感じていた。
ドアに、触れる手が震える。
それが事故によるものなのか、緊張なのか、どちらかなのかは葵音自身がよくわかっていた。
ゆっくりとドアを開けて部屋に入ると、薄いカーテンから入る光を浴びて、浅く呼吸を繰り返す黒葉がそこにいた。
顔にはほとんど傷がなかったようで、いつも葵音の隣で寝ている時のような安らかな寝顔だった。
けれども、彼女の口には呼吸の補助だろうか、大きいマスクのようなものがあり、機械に繋がっている。他にも至るところから機械に繋がる線が伸びており、黒葉が必死に生きようとしているのがわかる。
そして、布団から見える腕や足には包帯が巻かれている。
きっと事故で怪我をしたのだろう。痛々しくて、葵音は目を逸らしたくなった。
けれど、自分を助けてくれた彼女がどんなってしまったのか。
それをしっかりと見届ける義務があると、葵音は思った。
「黒葉………。やっと会えたな。会いに来るのが遅くなって悪かった。」
届くはずもない声。
けれど、彼女と話をしたかった。
彼女に触れるように優しくガラスに触れると、とても冷たかった。きっと、今の彼女の体もそうなのだろうと思うと、胸が締め付けらる思いがした。
「おまえさ、急に俺の事押すからビックリしたよ。しかも、バイクにはねられるし………。そして、お前は目の前からいなくなるし。」
目の奥が熱くなる。
恋人の前で泣くなんて、男失格なのかもしれない。
けれど、今は眠っているなら………彼女は許してくれるだろうか。
いや、きっと起きていたとしても黒葉は自分を抱きしめて慰めてくれるはずだ。
そんな事を思ったら、我慢していた涙が次々に溢れてきた。
なんで、俺なんかを守ったんだ。
どうして相談してくれなかったんだ。
そんな思いが頭の中に浮かんでくる。
けれど、そんな事は黒葉が起きたときにしっかりと聞いて、そして起こってやればいいんだ。
今、黒葉に伝えたい事はひとつだけだった。
「黒葉………俺を守ってくれて、ありがとう。」
ボロボロと涙を流しながら、ガラスを引っ掻くようにしながら手を強く握る。
泣いていても、目を閉じずに黒葉を見ていたかった。
「次は、俺が黒葉を守るから………だから、早く目をさましてくれ。」
吐き出すように嗚咽混じりの言葉は小さくなっていった。
葵音の言葉が彼女には届いたのか。
それは、黒葉にしかわからない事だった。
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