第24話
24話
葵音が目が覚めると、目の前には白のワンピースを着ている黒葉が微笑みながら立っていた。
葵音は、ふらふらと彼女に近寄って行く。
あと少しで彼女に触れられそうだという時に、黒葉の顔が歪んでしまう。
そして泣きそうな顔になったと思ったら、今度は葵音を強く睨み付けていた。
彼女のそんな顔は見たこともない。
葵音が黒葉に触れるのを躊躇った瞬間に、黒葉が葵音を強く突き飛ばしたんだ。
そして、睨み付けながら「大嫌いです。」と言い去って行ってしまう。
倒れたまま去っていく彼女を見つめ、葵音は呆然としてしまう。
待ってくれ。
今までの事は全部嘘だったのか?
どうして突き飛ばしてしまうんだ………?
好きだと言ってくれたのに。
「黒葉っ!」
そう大きく叫んだ瞬間。
葵音はパチリと目を開いた。
そこは真っ暗な部屋だった。
目を開けた瞬間、頭や体に鋭い痛みを感じ、上手く体が動かせなかった。
視線だけで周りを確認する。
夜なのか真っ暗闇だったけれど、真っ白な天井に真っ白なカーテン、そして体からはいろんなコードが繋がれており、それが怪しく光る機械へと続いていた。
ここは病院なんだと理解した途端に、葵音は意識を失う前の出来事を思い出した。
葵音と黒葉は2人でデートをするはずだった。彼女が楽しみにしていたプラネタリウムと夜の海へ行くはずだったのだ。
駅へと向かう途中に、黒葉の様子がおかしくなった。別れの言葉のような事を話始め、葵音は彼女を心配して触れようとした。
けれど、それは叶わず彼女に体を強く押されて、車道へ倒れ込んでしまったのだ。
そこにバイクが向かってきたのだ。
きっと葵音はそのバイクにひかれるか、飛ばされるかされたのだろう。
事故にあって病院に運ばれてしまったのは、葵音にもわかった。
痛さを堪えて首を横にするが、個室なのか隣には誰もいなかった。反対側は窓があり、濡れているのがわかる。
雨が降っているようだ。
今夜は星空が見えないから、あいつは寂しがっているだろうな。
そう思った瞬間に、瞳から涙が流れ落ちた。
どうして、彼女に押されたのだろうか。
彼女がずっと黙って自分のところに居たのは、このためだったのか。
何故、葵音を事故に合わせたかったのか。
それを考えてもわかるはずもなかった。
けれど、わかるのは彼女が強く葵音を押して、事故に遭わせたという事だ。
けれど、どうしても葵音は彼女を責められなかった。何か理由があったに違いないと……。
女々しい考えかもしれない。
女にあんな命の危険がある事をされても、彼女を信じようとしてしまうなんて馬鹿げているのだろう。
今は朦朧とした意識だからこんな事を考えるているのかもしれない。
「黒葉………今、おまえはどこにいるんだ。」
葵音は彼女が傍にいない事の方が辛く、寂しかった。
彼女に会いたい。手だけでもいいから触れて彼女の熱を感じたいのだ。
いろんな事を、考えてしまったからだろうか。葵音の弱った体は、すぐに眠気を感じ始めてしまった。
もしかしたら、黒葉が来てくれるかもしれない。そのために起きていたい。
強く手を握りしめたところで、また葵音の意識は闇の中へと落ちてしまったのだった。
「葵音っ……心配したんだからなー!」
「……………なんで、おまえがいるんだ?」
「占いで悪い予感がしたから葵音に電話したんだよ。そしたら、病院から折り返しの電話があったんだ。おまえ、親族いないだろ。」
「あぁ………そうだったな。いろいろ悪かったな。」
次の日、目が覚めると病室には影浦累が泣きそうな顔で葵音を見つめていた。
男の泣き顔は久しぶりに見たな、と苦笑しながら彼を見た。
昨日より体は動くようで、累にベットを少し起こして貰い、彼と話をした。
「記憶が曖昧なんだが、俺は事故に遭ったんだろ?」
「あぁ……原付きのバイクに跳ねられたんだ。幸い、大怪我にはならなかったからとりあえずは大丈夫だよ。」
「それで……黒葉は?」
「…………それは。」
累は言葉を濁し、視線をずらした。
言いにくいのだろう、累はしばらく何かを考えるよう黙った。
「やっぱり、黒葉が俺を押して事故を起こしたのか?」
「それは違う!」
「………違う?」
「………はぁー………葵音、落ち着いて聞けよ。」
黒葉が葵音を押してバイクにはねられたのではない。
それがわかっただけで、葵音は少しほっとしてしまった。
彼女は自分を、傷つけようとしなかった。それだけでも安心した。
彼女を信じてよかった、と思った。
「黒葉がどうしたんだ?」
「………おまえを助けたんだよ。」
「え、助けただって?」
どういう事だろうか。
実際、葵音は怪我をしているのだ。彼女が自分を助けた、というのがわからなかった。
累は、一度自分を落ち着けようと小さく深呼吸をする。
そして、ゆっくりと話を始めた。
彼女のとった行動の意味を。
「黒葉ちゃんがおまえを押した直後に、暴走した車が車道に突っ込んできたんだ。ギリギリのところで、君はその車に跳ねられるのを回避出来た。」
「お、おぃ………待てよ、それじゃあ………黒葉は……。」
「おまえを突き飛ばして、猛スピードで突っ込んでくるおまえを助けたんだよ。」
「待ってくれ………じゃあ、あいつは………黒葉はどうなったんだ……。」
声が震える。
累の話していることは本当なのだろうか?本当だとしたら、どんだ悪夢だ。
目と口は渇き、体は燃えるように熱い。
これは怒りなのか悲しみのせいなのかはわからない。
けれど、累が話した事はそれぐらい葵音に衝撃を与えたのだ。
「黒葉ちゃんは、車にはねられたよ。今、同じ病院で治療している。………意識不明の重体だ。」
頭に殴られたような衝撃が走った。
驚きと、戸惑いで声が出ない。
累がはなしている言葉がどんどん小さくなっていく。
俺を助けるために、押したというのか?
何でそんな事を………それに、どうして暴走する車がこちらに突っ込んでくるとわかったのか。
葵音は気づかなかっただけで、彼女はその瞬間を見ていたのだろうか。確かに、葵音は車道側を背にしていたのでわからなくても仕方がないかもしれない。
けれど、そんな事がわかるものなのだろうか?
黙り込んでしまったのだ葵音を心配そうに見つめながら累は話しを続けた。
「命の危険は回避出来たから、何事もなければ大丈夫らしい。けど、意識が戻らなければ、ずっと寝たきりのまま目覚めないかもしれないそうだ。」
「……………そう、なのか。俺を助けたから、なんだろ………。なんでだよ……。」
「事件ってことで、警察も動いてるから葵音にも事情を聞きにくると思う。けど、そんな話しをしていたよ。」
「………?」
「警察は、黒葉ちゃんの行動は車が来るのをわかっていないと出来ない奇跡的な行動だろうって。大切な人を守ろうとした奇跡だって。」
「……………黒葉が大怪我してるのに奇跡か……。俺にとっては最悪の事故だよ。」
「…………葵音。」
何が奇跡だ。
大切な恋人に守られた男なんて最低だ。
自分が守ってやれなかった。
あんなに切ない顔で自分を見ていた彼女を………。葵音は自分が情けなくて仕方がなかった。
けれど、気になることも沢山ある。
確か、あの交差点に近づいた辺りから、黒葉の様子がおかしくなったはずだ。
デートを楽しみにしていたのに、あんなにも急に悲しみの表情を見せるものだろうか?
まるで、交差点で何かあるとわかっていたようだ。
それに、彼女は葵音と出会う前にあの交差点を見張るようにコーヒーショップに居座っていたのだ。
あの交差点で事故にあうのをわかっていた………?
では、何故葵音の元にやってきたのか。
ある思いが葵音の頭によぎった。
すると、自然と涙がポロポロと流れてきた。
あぁ……そういう事だったのか。
俺は何て馬鹿なのだろう。
思い付いた考えは、ありえないような事。けれど、それしか考えられなかった。
もし当たっているならば、黒葉はずっとずっと葵音を守ろうとしていたという事だった。
「おまえ、何やってんだよ………。」
気だるい腕を必死にあげて、片手で顔を覆う。累は心配そうに、「大丈夫か?」と声を掛けてくれるが、今はそれどころではなかった。
黒葉に会いたい。
そして、思い切り怒ってから、優しく抱きしめてあげたい。
止めることが出来ないまま、葵音は涙をながし続けた。
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