第16話
16話
黒葉の日記を見てしまってからというもの、葵音は考え事をすることが多くなっていた。
それため、彼女に「最近ぼーっとしてる事多いですが、体調悪いんじゃないですか?」と、心配されてしまっていた。
黒葉の日記を葵音なりに考えていると、どうしても悪い事しか浮かんでこなかった。
黒葉は、何かの日時までのカウントダウンをしているように思えるのだ。
それはどうしてか?
彼女に何かが待ち受けているという事だ。
それを彼女が知ることが出来るもの。
単純に考えれば、黒葉がどこかに帰らなければいけないという事だ。
けれど、それだと「間に合った。」という言葉の意味がよくわからない。
葵音と会う事で、何に間に合ったのか。
それをずっと考えていて思いついたのは、彼女自身にタイムリミットがあるという事だ。
黒葉は何かがあり、葵音に会えなくなる。
それを考えると、いろんな事を想像して始う。
仕事や実家の都合で海外などの遠くに行ってしまう。
結婚をしてしまう。
そして、病気などで生きる時間が決まっている。
それらを考えて思うのは、いつか彼女と会えなくなるのではないかという事だ。
葵音が考えたいずれかでも、葵音の目の前から彼女がいなくなってしまうのだ。
それが耐えられなくなるほど、葵音は辛かった。
彼女の姿を見るだけで切なくて、顔をしかめてしまうのだ。
はぁーとため息をついて、リビングのソファーに座ってた葵音は後ろに倒れた。
目を瞑ると、笑顔の黒葉がどんどん遠くなっていってしまう様子が写し出された。小さくなる彼女は、葵音の手の届かない所に行ってしまいそうで、想像の中でも葵音は強く目を瞑りその幻像さえも拒否した。
「葵音さん?」
「っっ!!………黒葉……驚いたぞ。」
「何回か声を掛けたんですよ?」
「悪い……考え事をしていた。」
葵音の隣に黒葉が座っていた事にも気づかないぐらいに物思いにふけっていたのだ。
はぁーとため息をつきながら、体を起こす。
すると、黒葉は葵音の頭を撫で始めた。
その顔は何だか嬉しそうだった。
「どうしたんだ?人の頭撫でながら笑うなんて。」
「……私、葵音さんに頭撫でられると安心して嬉しい気持ちになるから、葵音さんにしてあげたいなって思ってたんですけど……撫でてるのが私なのに、なんだか私が嬉しくなりました。」
「………変なやつだな。」
葵音は幸せそうに笑う黒葉を見ていると、先程までの悩みが薄れていくようで、口元がほころんでしまった。
きっと考えすぎだ。
彼女は自分の隣でこんなにも笑顔で過ごしてくれているのだ。
時間が経てば、秘密にしていることだって話してくれるだろう。
そんな気がしてしてしまうのは、彼女の表情がとても幸せそうだからだろう。
「葵音さん、気分転換に買い物に付き合ってくれませんか?今日は重たいものをたくさん買いたいので………もし時間があればでいいんですけど。」
葵音の顔色を伺うように、黒葉はそう尋ねてきた。きっと、葵音がいつもと様子が違うのが気になって心配しているのだろう。
彼女の気配りに感謝しながら、今度は葵音が彼女の頭を撫でた。
「そうだな。久しぶりに外で昼食を食べるのもいいだろう。付き合ってくれないか?」
「はい!……あの、オムライスが食べたいです!チーズたっぷりの!」
「わかった。探しておくから、出掛ける準備してきてくれ。」
一気に元気になった黒葉を見て、葵音も思わず笑ってしまう。
そこではたと気づいた。
………自分も元気になっているという事に。
やはり彼女といると、安心できるのだと葵音は改めて思った。
そして、いつまでも隣にいて欲しいと。
葵音と黒葉は、昼食を食べた後に近くのスーパーや薬局へと向かった。
洗剤や柔軟剤、シャンプーや飲み物など、たしかに重いものが多く、今まで黒葉がこれを1人で買いに行っていたのかと思うと、任せきりにしていたのが申し訳なくなってしまった。
仕事とは言え、かなりの重労働だろう。
「すみません、葵音さん。重いですよね。まとめて買ってしまって……。」
「これぐらいは大丈夫だよ。それより、今度から荷物が増えそうな時は呼んでくれれば行くから。」
「いえ!葵音さんはお仕事がありますし。これは私の仕事です。今回はお願いしちゃいましたけど………。」
「気分転換に外にでたい時もあるからな。無理な時は断るし。まぁ、時々聞いてくれればいいいから。」
「わかりました。ありがとうございます。」
黒葉は、困りながらも嬉しそうに笑っていた。きっと空いている片方の手を繋いでいるからだろう。そう思った。
「あぁ、それと次のジュエリー作りだけど…………あっ……。」
「雨ですね。」
「本降りになる前に走るか。家まで少しだ。」
「はい!」
葵音と黒は手を繋いだまま小走りで走った。
途中から彼女を引っ張るようになっていたけれど、何度か振り向くと黒葉は楽しそうに笑っており、葵音もつられて微笑んでしまった。
雨に降られても楽しいと思えるなんて、何年ぶりだろうか。
そんな事を思っていると、雨はどんどん強くなってきた。
「やばいな………。あと少し走れるか?」
「私は大丈夫です。」
「よし!じゃあ、頑張ってくれ。」
そうやって、2人は雨足が強くなった道をどんどんと走った。
服はびしょびしょに濡れて肌に張り付き気持ちが悪いし、春の雨で少し寒さも感じる。持っている荷物も重くなり、走っている事で呼吸も辛い。
それなのに楽しくなってしまう。
まるで青春映画みたいだな、なんてバカらしくて葵音は笑ってしまいそうになるけれど、繋いだ手から感じるぬくもりを感じているだけで、幸せで口元が緩んでしまうのだ。
「はぁー………結構濡れたな。」
「そうですね……一瞬であんなに降るなんてビックリしました。」
息を切らせながら自宅に駆け込み、荷物を玄関に置いた。
「黒葉……大丈夫か?…………。」
「…………はい。濡れましたけど着替えれば大丈夫です。」
黒葉は顔に張り付いてしまった黒々とした髪を避けながら、微笑みながらそう言った。
けれど、その時、葵音は黒葉に釘付けになっていた。
濡れた髪に、頬を赤く染め、服は肌に張り付いて、肌の色が透けていた。
色っぽい彼女の姿に本来ならば、欲情してしまう所なのかもしれない。
けれど、葵音は違った。
隣にいる彼女がその時何故かとても小さく見えたのだ。彼女が少し冷たそうに体を縮めていたからなのか、髪も服も張り付いていたからなのかはわからない。
彼女はこのまま水に溶けていなくなってしまうのではないか……そんなありえない事を思ってしまった。
そして、気づくと彼女に手を伸ばし強く抱き締めていた。
彼女の肌がとても冷たい。
それを温めるように、強く強く抱きしめた。
「あ、葵音さん………どうしたんですか?」
「黒葉………キスしてもいいか?」
「………え…………っっ!!」
返事を待つことも出来ず、葵音は彼女に強く口づけをした。
突然の事で、黒葉は驚いていたようだったけれど、葵音は自分の気持ちと行動を止めることが出来なくなっていた。
彼女がいなくなってしまう。
ただ、それが怖くて抱きしめてキスをしていた。
深く長いキスをした後も、気持ちの高まりは収まることもなく葵音を襲った。
それを我慢する事なく、今度は黒葉の首筋を舐めて、そのまま顔を下ろしいき、今度は鎖骨部分にキスを落とした。
すると、感じたことのない感覚だったのか、黒葉の体が小さく震えた。
「葵音さん………。」
その声を聞いてしまうと、また体に熱を感じてしまう。
彼女はどうすればいなくならないのか?
1つの考えが浮かんで、葵音は衝動的に黒葉の体を強く吸っていた。「あっ……。」という彼女の聞いたことのない声が耳元で聞こえる。けれども、それさえも無視して同じ場所を何度も吸い付くと、彼女の白い肌に赤い跡が付いた。
それを見た瞬間に、ハッとなり葵音は黒葉から離れた。
「悪い………。俺はタオルで体拭けばいいから。おまえは風呂入って体を温めた方がいい。」
「あ…………はい。ありがとうございます。」
葵音は彼女に背を向けたままそう言うと、躊躇いと恥じらいの声が聞こえ、そのまま小走りで風呂場に駆け込む彼女の足音が聞こえた。
「はぁー………何やってんだ。こんなに耐え性もない独占欲の固まりの男だったのか、俺は………。恋人でもないのに………。」
濡れた髪を乱暴にかき上げながら、独り呟く。
葵音は今の自分の行動をすぐに後悔し、大きくため息をついたのだった。
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