第15話






   15話





 「わぁー……綺麗ですね。これは貝殻をイメージしてるんですか?」



 リビングでノートパソコンを開き、ネックレスのデザインを描いていると、黒葉はそれを覗き見て感嘆の声をあげた。



 「あぁ。次のお客さんの要望なんだ。海が好きな人にプレゼントするからと、貝殻がモチーフのデザインにして欲しいんだそうだ。」

 「すごく綺麗ですね……こうやって、いろんな貝殻を集めていたのは、そのためだったんですねー。」

 「まぁ、雑貨屋で買ってみたけど、ネットの方がいろいろ見られてよかったけど。……感触は、実際に触らないとわからないからな。」

 「そんな所までこだわっているなんて、葵音さんさすがですね。」

 「褒めても何も出ないからな。」



 葵音は、苦笑しながらも黒葉の褒め言葉が内心では嬉しかった。 


 細かな所に気を配っても、買ったお客さんがどんな風に思うか、気づいてくれるかはわからない。気づいてくれたければ、やる必要はないとは思っていないし、所詮は自己満足のためなのかもしれない。

 けれど、こだわったところに共感してくれて、喜んでもらえた時は、とても嬉しいものなのだ。

 自分のデザインを選んで買ってくれる人が、少しでも喜んでくれたら嬉しい。

 ただ、それだけのために、こだわりを持ってデザインし作り上げていた。


 だからこそ、作っている時に褒めてもらえるのは嬉しかった。

 一人で作業している時はそんな事はなかったし、自信がつく。



 「貝殻に触ってみてもいいですか?」

 「あぁ………。貝殻珍しいか?」

 「そうですね。私の住んでいた所は山ばかりだったので。海はほとんど見たことがありません。ここに来る途中に電車のなかから見ただけです。」

 「おまえが住んでいた所は、そういう所なんだな。」

 「………はい。」



 黒葉が初めて故郷の事を話してくれた。

 話をしてくれた事が嬉しかった。けれど、同時に自分は彼女の事を本当に何も知らないのだと気づいた。



 「じゃあ、今度海に行ってみるか。」



 そんな言葉を掛けたのは、彼女の共に暮らし初めて2ヶ月が過ぎた頃だった。








 きっかけは続くものだった。

 黒葉の事を知りたい、と改めて思い始めた数日後。



 「葵音さん、買い出しに行ってきますね。」



 作業場を覗いた黒葉は葵音に声を掛けた。


 エプロンを外しながらそう言い、黒葉は出掛けていった。スーパーや薬局などに行くというので、時間はかかりそうだった。



 葵音は、それがきっかけで集中力が切れたので、コーヒーを淹れようと作業場から出た。


 リビングを歩いている時だった。

 彼女は慌てていたのか、黒葉の部屋のドアが大きく空いていた。

 中の様子が丸見えになっており、「プライベートも何もないな。」と、葵音は思った。


 それなのに、その部屋に誘われるように葵音はゆっくりと黒葉の部屋に入ってしまった。


 他人の部屋に勝手に入るなどルール違反だと分かっている。

 けれども、心の中では「黒葉の事が何かわかるかもしれない。」と思ってしまい、その足を止めることは出来なかった。



 寝室と同じ広さの部屋には、ほとんど物がなかった。布団はしっかりと畳んであるし、机にはほとんど物が置いてなかった。

 服も数少ないはずで、閉まっているクローゼットの中に入っているのだろう。

 机の上には、水族館のパンフレットや葵音があげたアクセサリーの本が置いてあった。

 

 そんな殺風景の部屋だったけれど、机の一番上の引き出しが少し開いており、そこには箱が入っていた。

 葵音は恐る恐るその引き出しを引いて、箱を取り出した。

 そこには、ノートが1冊と免許証が入っていた。


 葵音は心の中で「黒葉、ごめん。」と謝りながら、まずは免許証を手に取った。

 そこには「平星黒葉」と書いてあり、ここより北の地方の住所が書いてあった。葵音はそこには行ったことがなかったので、どんなところかはわからなかったけれど、そんな所から来ていたのだと驚いた。

 そして、何より安心したのは黒葉が偽名を使ってなかった事だった。

 秘密が多い彼女だ。もしかしたら、嘘をついているのかもしれないと思っていたのだ。

 名前や年齢も、葵音に話した通りだった。


 彼女が名前など嘘をついていたとしても、葵音は別に気にはしなかっただろう。

 彼女は彼女なのだ。

 けれども、黒葉に嘘をつかれていなかったとわかった事が何より嬉しかった。





 ホッとしながら、免許証を箱に戻し、使い込んである、立派で分厚い表紙のノートを手に取った。

 これは免許証よりも見てはいけない物だと、葵音にはわかっていた。 

 けれど、自分が安心したいがためにそのノートを捲った。


 そこには、葵音が思っていた通りの事が書かれていた。そのノートは、黒葉の日記だった。

 けれど、日記はとても簡単に書かれていた。



 月日が手書きで書かれ、その横には「今日も違った。」とだけ書かれていた。

 けれど、所々は「今日も同じだった。そして、違った。」とも書かれている。

 

 ほとんど、書かれている「今日も違った。」というのは、どういう事なのだろうか。

 葵音は、その意味が知りたくて、日記のページを捲りつづけた。

 しばらく、同じような言葉だけが続いていた。


 けれど、他の文字が見えてきて、葵音は捲っていた手を止めた。



 「これは、俺と会った日………。」



 「今日も違った。」ではない文章が書かれていたのは、葵音と黒葉が初めて会った日の物だった。

 

 そこには、「やっと出会えた。これでいつでも大丈夫。間に合ってよかった。今日も違った。」と書かれていた。



 いつでも大丈夫とは何なのだろうか?

 何に間に合った?

 

 何が違うんだ?



 日記を見つめても答える出るはずもなかった。




 その後も、「今日も違った。」が続いていたけれど、今日に近づくにつれて「今日も違ったけれど、近い気がする。」、「もう少しかもしれない。」と続いていたのだ。



 「………黒葉、どういう事なんだ?」



 日記を持っている手や、額には暑くもないのに汗をかいていた。それが冷や汗だとわかると、葵音は、身を震わせた。


 黒葉ら何を待っているのか。

 どうして葵音の元に来たのか。

 謎は深まるばかりだった。



 日記を持ったまましばらく呆然としてしまった。けれど、そろそろ彼女が帰ってくる頃だと思い、日記を元の場所に戻し、葵音は黒葉の部屋を後にした。


 その後、作業場に戻っても仕事がはかどらなかったのは言うまでもなかった。





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