第14話
14話
「忠告、ありがとうな。でも、もうしばらく様子を見るよ。」
「………葵音ならそういうと思ったよ。」
累は呆れた顔を見せながら、テーブルに肘をついて、顎を乗せながら葵音をまじまじと見た。
「今日会った時から思ってたけど、葵音変わったよね。」
「………何も変わってないだろう。」
「変わったよ。顔が穏やかになったし、性格も丸くなった。女の子をとっかえひっかえだった頃とは大違いだね。」
「まー、その頃とは違うかな。」
「否定しないところが、葵音らしいよね。」
クスクスと笑う累を葵音は「おまえもだろ。」と突っ込みを入れながら、昔を思い出した。
学生の頃。累も葵音は、ルックスや高身長に恵まれていたので、2人で歩いていれば必ず女性に声を掛けられた。
彼女もいたし、女遊びもしていた。
今思えば「何をしてたんだろうか。」と、恥ずかしくなるような事や、相手の女性に申し訳なるなる事もしていた。
それを考えれば、穏やかに1人の女性と過ごすなど、久しぶりだと言えた。
けれど、葵音も30歳になったので、落ち着くのも当たり前といえば、当たり前なのかもしれない。
累はまだ落ち着いてないようだったけれど。
「前みたいな事にはならないようにするよ。」
「………命がかかってるんだ。前より酷いことになるかもしれないんだからね。」
「黒葉といると、そうなるなんて思えないんだよ。」
「未来は想像できない形でやってくるって、葵音はわかってるはずだよね?」
「…………黒葉といると、安心出来るんだ。確かに出会いも、そして彼女自身も不思議なところはあるけど。今は一緒にいたいんだ。」
累に向けと自分の気持ちを伝えたことで、葵音は自分の本音がやっと聞けたような気がした。
一緒に居たい。
その気持ちが1番大きな願いだとわかったのだ。
黒葉の目的や、占いの結果なんて、どうでもよかった。
黒葉の傍にいたかった。
切ない笑顔しか見せてくれないとしても、微笑んだ顔を見ていたかった。
どうしてここまでの気持ちになったのか、葵音はわかっていた。
黒葉は、ただ葵音を大切にしてくれていた。
自分を見てくれているのが伝わってくるのだ。
今まで付き合ったどの彼女とも違う。
黒葉は特別だったのだ。
「恋人でもないのに?」
「恋人になったら離れないと言うならすぐにでも恋人になるさ。」
「………俺は危険になったら止めるからな。」
「感謝してるよ、累。」
葵音の意思は堅いとわかったのか、累は説得力を諦めた。
葵音が決めたことは曲げないというのを親友の彼はわかっているのだった。
「チーズタルト買ってきました。」
話が終わったタイミングで、紙袋を抱えた黒葉が葵音たちの元へ戻ってきた。
彼女の買ってきた袋からは、甘くて香ばしい匂いがしており、累は「ありがとう!さっそく、みんなで食べよう。」と、満面の笑みでチーズタルトを受け取った。
焼きたてのチーズタルトを3人で食べていると、黒葉が遠慮しながらも、「あの……。」と話を切り出した。
「葵音さんも、累さんに占ってもらったんですか?」
心配そうに聞く黒葉に、累は隠すつもりもないのか、「そうだよ。………結果が気になるのかな?」と、ニヤリとした少し悪い笑みを浮かべながら返事をした。
「はい。累さんの占いは当たるので……気になります。」
「うん。素直な子は好きだよ。」
「………累、調子に乗るなよ。」
葵音は、「余計なことを言うなよ。」と、言う意味で言ったが、累は理解しているのか、していないのか、「わかってるよー。」と、軽い調子で返した。
「葵音はね…………これからも、苦労するみたいだからさ。黒葉ちゃん、支えてあげてね。」
葵音はため息をついてしまったけれど、黒葉はその言葉を聞いて、力強く頷いてた。
「任せてください!私は、そのためにいるので!」
と、真剣な表情で返したので、累は満足そうに微笑んで「ありがとう。黒葉ちゃんも、気を付けるんだよ。」と、優しく言葉を返したのだった。
累と別れる頃には、もう夕日が沈む時間になっていた。
空いていたショッピングモールも、学生や仕事帰りの人々で溢れかえっていた。そんな、雑踏を夕日は赤く照らし、その普段の光景さえも鮮やかで綺麗に見せてくれていた。
「今日は悪かったな。俺の友達が途中から一緒になってしまって。」
「いえ、とっても楽しかったです。累さんは、やはり葵音さんと雰囲気が似てますね。」
「そうか?初めて言われたな。」
ショッピングモールを歩き、車に乗りながら葵音は苦笑した。
昔は口も悪かったし、女遊びもしていた。累の言うように、今の葵音は変わったのかもしれない。
そして、優しい男にやろうとすれば、いい見本は累だったのかもしれないな、と葵音は思った。
「優しいところとか、ふんわりと笑うところが似ています。あ、でも………葵音さんの鋭い視線の時は、男の人!って感じがするので、あんまり似てないかもしれないです。」
黒葉の言葉を聞いて、葵音は自分の事をよく見ているんだなと思い、心の中で笑ってしまった。
「あ、そういえば。水族館で、ぬいぐるみを買った時に何か貰ったんだ。それも黒葉にあげるよ。」
「え………なんだろう?」
黒葉は大切に持っていたぬいぐるみの入っている袋に手を入れて、目的の物を探していた。
「ありました!………お揃いのストラップ!しかも、イルカです。」
「よかったな。黒葉のスマホには何もついていなかったし、付ければいいんじゃないか?」
「はい!」
葵音は車を運転しながら、横目で黒葉を見ると、ピンクのイルカのストラップを選んで着けていた。
そして、付け終わったスマホを自分の目線まで持っていくと、車のライトが当たりキラキラと光るストラップを、とても嬉しそうに眺めていた。
「可愛いです……!」
「よかったな。」
「はい…………あの……。」
「ん?」
黒葉が話し掛けてきた時、調度信号で車を止めていた。
葵音は、黒葉の方を向きながら、彼女の問い掛けに返事をすると、少し恥ずかしそうにしながら、まだ使っていないストラップを葵音に差し出したのだ。
「葵音さんも、スマホのストラップ、何も付けてなかったですよね?」
「あぁ、そうだったな。」
「………この水色のイルカ、付けてみませんか?」
真っ赤になりながらそう言う彼女を見て、葵音は「自分からキスをするぐらいなのに、こういうのはまだ恥ずかしいんだな。」と、思いながら微笑ましく感じた。
「お揃い、にしたいのか?」
「っっ!!……お揃いにしたいです。」
敢えて「お揃い」という言葉を強調すると、黒葉は更に頬を真っ赤にさせながらも、はっきりとそう言った。
葵音はジャケットのポケットから自分のスマホを取り出すと、黒葉に向けてそれを差し出した。
「これ。」
「………はい。」
差し出されたスマホを黒葉が受け取ると童子に、目の前の信号が青に変わった。
葵音はハンドルを持ち、前を向いて運転を始める。
「俺のスマホに、それを付けてくれないか?」
「………え、はい!」
黒葉の表情が見えなかったのは残念だったけれど、葵音には彼女の顔を見なくても、どんな顔をしているのか容易に想像出来た。
花が綻ぶような柔らかな微笑みだと。
黒葉は、しばらくの間暗闇でストラップを付けるのを苦労していたようだったが、2人分を着け終わると、両手で2つのストラップも持ち、ゆらゆらと揺れる2匹のイルカを嬉しそうに見つめていた。
黒葉が持つ2匹のイルカは、揃って光る夜空を楽しそうに泳いでいるようだった。
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